鉄腸野郎Z-SQUAD!!!!!

映画痴れ者/ライター済藤鉄腸のブログ。日本では全く観ることができない未公開映画について書いてます。お仕事の依頼は 0910gregarious@gmail.com へ

Samir Karahoda&"Pe vand"/コソボ、生きられている建築

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コソボ映画界がアツいというのは毎度のことこの鉄腸マガジンで言ってきているだろう。が、色々とコソボの最新映画を紹介してきたが、実を言えば私がコソボ映画に嵌ったキッカケの人物を紹介していなかった。そんな中、彼が新作映画を作った訳で、とうとう紹介するべき時が来たと思う。ということで今回はコソボ映画界の新鋭Samir Karahoda サミール・カラホダと彼の新作ドキュメンタリー"Pe vand"を紹介していきたい。

今作の主人公はとある中年男性2人である。彼らはとある卓球クラブに所属しているのだが、ここには問題があった。活動の拠点となる場所がないのだ。なので毎回練習場を変えて活動を行う必要があったのだが、そういう訳でブッキングした会場に毎回卓球台などの運動用具を持っていくのが、この2人の役目だったのだ。

彼らは小型のトラックに卓球台を載せて、コソボの街並みを行く。彼らがめぐるのは台がギリギリで入るほどの家屋、打ち捨てられた廃墟の工場、他の利用者も多くいる公民館など、利用できる場所がどこでもといった風だ。そして彼らが台を設置した後には子供たちが卓球の練習を始める。その目つきは真剣そのもので、もたらされた機会と時間を出来る限り有効に活用しようとする熱意が感じられる。ひたすらにボールを打っていき、その響きが空間に小気味よく、鮮烈に響き渡っていくのだ。

こうして男性たちや子供たちの日常風景が描かれる一方、今作はある種の建築映画としてより際立っていく。卓球台の置かれた家屋は常に影に満たされており、その空間の翳る重みというものが網膜に迫ってくる。公民館などの広々とした空間では卓球台や子供たちが犇めいても余裕があり、その空間に在る余裕を真摯な熱気というものが満たす様を私たちは目撃する。ここにおいて建築こそが映画の主人公ともなるのだ。

振り返れば私が惚れこんだKambaroの初短編"Në mes"も建築にまつわる映画だった。90年代のコソボ紛争によって多くのコソボ人が国外移住を余儀なくされた。一方でコソボに残ることを選んだ人々は、彼らが戻ってきた際に住むことのできる家屋を建て、再会の時を待ち望む。こういった動機で建てられた建築とコソボの人々の関係性を描きだしたドキュメンタリーがこの"Në mes"だった。しかしこの作品が建築のファサード、そして外部に広がる空間を映し出していたのに対し、この"Pe vand"はむしろ建築の内部空間にこそ着目する。

私が今作を観ながら思いだしたのは、アメリカの建築家であるRobert McCarter ロバート・マッカーターの著作"The Space Within"(邦題「名建築は体験が9割」……いやナメとんのか)だ。この"The Space Within"とは彼が近代建築における偉人フランク・ロイド・ライトの建築群を論じる際、使われる言葉だ。彼の建築は外部でなく内部にこそ注意が払われ、それはつまりここで人々が生きることをまず最初に考えている。人々に生きられ、互いに作用しあい、特別な意味を宿す空間をThe Space Withinと呼称する訳である。

この意味で正に今作はThe Space Withinの映画なのである。ここに現れる空間は家屋や公民館、廃墟など何の変哲もない建築の数々である。しかしここに子供たちがやってきて、練習に明け暮れることで、空間が生きられていく。こうして空間が特別な意味を得ていく様が、今作では鮮やかに捉えられていく訳である。だが子供たち以上にこの意味の核となるのが、あの中年男性たちだ。彼らが空間に卓球台を据えることでこそ、空間は、世界は精彩を獲得する。この過程を見据える監督の眼差しは、観察的で明晰でありながら、同時にあたたかいものでもあるのだ。

"Pe vand"は建築という観点からコソボの現在を見据える1作なのだ。たった15分の短い作品だが、これを観ている間、私たちはコソボの人々とともに生きるような感慨を味わうことになるだろう。

そして極個人的に好きな場面があった。男性2人が運転している際、カーステレオから音楽が流れてくるのだが、それがShpat Deda シュパット・デダ"S'ka kurgjo"だったのだ。このSSWはコソボでもかなり人気な人物なのだが、去年のアルバム"Rrugë"は私も聞いていて、その清らかさに思わず2020年のアルバムベストに入れてしまった。それほど好きなアルバムの曲が、映画を観ていたら唐突に流れてくる。いや感動したね、これは。ということでこういう意味でも今作は忘れられない1作になった。

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