世界の映画を観るにあたって最もハードルが高いのは、実はコメディ映画に思える。笑いのセンスくらい各国で異なるものはないし、それが更に地域ごとに細分化していくなかで凄まじく複雑なものになっていく。ゆえに普遍性と地域性のバランスを取るのが一番難しいのがコメディだと私は確信している。そんな中で私の琴線に触れるコメディの数々を生み出している国がどこかと言えば、実はモンテネグロなのである。ということで今回はこの国の新たな才能Zvonimir Grujić ズヴォニミル・グルイチによる短編コメディ“Pomoz bog”を紹介していきたいと思う。
主人公である中年男性ペタル(Stefan Vuković ステファン・ヴコヴィチ)は神父として神に仕える人物なのであるが、勤務の合間にスポーツ賭博にかまけるような不信心人間でもあったりする。ある日、彼は上司から仕事を命じられ家庭訪問を行う。ここでは敬虔に牧師としての職務を全うするのだが、成り行きでこの家族から“チップ”を渡されると、彼はスポーツ賭博に直行、勢いでその全てを浪費してしまう。
今作の笑いの源は間というべき時間感覚の面白さと言える。カメラ担当Blažo Tatar ブラジョ・タタルの撮影は固定かつ長回しであり、時の流れ、そして登場人物たちの行動の流れを丹念に、間断なく撮しだしていく。この撮影とそれに伴うゆったりとした雰囲気はジム・ジャームッシュ諸作を彷彿とさせるものであり、爆発的な笑いでなく、思わず唇が動いてしまうような、そこはかとない笑いを観客にもたらしていく。
とはいえその複雑微妙な間一辺倒で終わることもない。ペタルが家庭訪問をする際は一転、撮影がまるでホームビデオのような手振れや荒さを伴うことになる。プロフェッショナルとしての職務全う、妙に噛み合わない交流、そして現れるお金の誘惑。こうして異なる撮影様式が交わることで、映画に笑いのリズムや緩急が生まれることになるのだ。
今作の脚本が笑いの射程に入れるのはモンテネグロにおける宗教的な価値観である(国教はキリスト教正教)敬虔を気取りながらも、心中では金のことしか考えていない。そして信者から受け取ったお布施はギャンブルにブチこんで、無闇に浪費するのを繰り返す。そんな主人公の行動からその拝金主義を笑いのめす訳である。そして今作のように、正教信仰を題材とした言わば宗教コメディがモンテネグロ映画においては際立っているのだ。以前、私はIvan Marinović イヴァン・マリノヴィチ監督作である長編コメディ“Igla ispod plaga”を鉄腸マガジンで紹介したのだが、今作は敬虔ながら少し頭の固い1人の神父が土地売買の騒動に巻きこまれ暴走していくという作品だった。今作のように正教批判という類の作品ではないが、信仰が生み出す悲喜交々を描いた面白いコメディ映画だった。
そして今作の笑いを背負うのが主演俳優であるStefan Vukovićである。うだつのあがらないオッサン神父がスポーツ賭博に溺れていく間抜けぶりを、彼は何とも苦笑を催すような惨めさで体現していくのだ。その風貌は2000-2010年代のアメリカン・コメディによく出てきたダメダメ中年男たち、例えばセス・ローゲンなどの雰囲気によく似ている(個人的にはルーマニアのBogdan Dumitrache ボグダン・ドゥミトラケという俳優に似ているなとも)何だかアメリカのコメディばかり話題に挙げており、それは私が結構好きだからなのだが、モンテネグロのコメディはもっとダークで、皮肉な作風が濃いとも言えるかもしれない。
といった感じで“Pomoz bog”は最近でも特に印象に残ったコメディ映画だった。モンテネグロ映画界の躍進を示す作品として評価したいし、監督であるZvonimir Grujicの動向には今後とも注目していきたいところである。
私の好きな監督・俳優シリーズ
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その422 Desiree Akhavan&"The Bisexual"/バイセクシャルととして生きるということ
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その424 Horvát Lili&"Felkészülés meghatározatlan ideig tartó együttlétre"/一目見たことの激情と残酷
その425 Ameen Nayfeh&"200 Meters"/パレスチナ、200mという大いなる隔たり
その426 Esther Rots&"Retrospekt"/女と女、運命的な相互不理解
その427 Pavol Pekarčík&"Hluché dni"/スロヴァキア、ロマたちの日々
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