鉄腸野郎Z-SQUAD!!!!!

映画痴れ者/ライター済藤鉄腸のブログ。日本では全く観ることができない未公開映画について書いてます。お仕事の依頼は 0910gregarious@gmail.com へ

Laurynas Bareiša&“Piligrimai”/巡礼者たち、亡霊たち

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さてリトアニア映画界である。2010年代後半、リトアニア映画史の巨人であるシャルナス・バルタスセクシャルハラスメントで訴えられ、世界に衝撃が走った。現在もその真偽は有耶無耶のままであり、微妙な状況が続いている。だが例え巨星が堕ちようとも、新たな才能は次々と現れていく。例えば2019年にはJurgis Matulevičius ユルギス・マトゥレヴィチユスという新人作家が“Izaokas”というデビュー長編を完成させたが、この作品がリトアニアの現代史を抉る凄まじい傑作だったのは記憶に新しい。そこのところは私のレビュー記事と、長編プレミア前に行ったインタビューを読んでほしい。今年は、以前から注目していた新鋭Romas Zabarauskas ロマス・ザバラウスカスが新作“Advokatas”を製作したが、私にとっては今年1,2を争うほど忘れがたい作品だった。まだ記事を書いていないのだが、気になる方はTwitterの激賞ツイートを読んでほしい。そして今日、また新たな力強いリトアニア映画と私は出会ってしまったのだ。ということで今回はリトアニア屈指の才覚Laurynas Bareiša ラウリナス・バレイシャと彼のデビュー長編“Piligrimai”を紹介していこう。

今作の主人公はインドレとパウリス(Gabija Bargailaitė ガビヤ・バルガイライテ&Giedrius Kiela ギエドリウス・キエラ)という若い男女だ。彼らは幼馴染みだそうだが、映画の冒頭時点で久しぶりの再会を果たす。旧交を暖めたのも束の間に、2人は車に乗ってどこかへと向かう。彼らが辿りついたのは空港のある小さな町だった。目的は観客に明かされないままに、2人は町のあちこちを巡ることとなる。

序盤、私たちはインドレとパウリスが町を探索する様を見続けることになる。空港沿いの道路で何か喋っていたかと思うと、喫茶店へと赴いてここで何者かが口論していたという事実を確認する。その後にはフェンスに囲まれた空き地へと向かうのだが、彼らの口からここで何らかな血腥い行為が行われたという過去が明かされる。こうして歩くような早さで物語は展開していき、2人が心に秘めている目的も明らかになる。

彼らの目的というのは、この町でインドレの恋人とパウリスの弟が何者かに誘拐され、殺害された事件の真相を探ることだ。町をめぐるというのは、つまり警察が殺害現場を検証するというのと同義だ。彼らは1人の女性に接触し、とある邸宅を散策することになる。敷地の隅には長い間放置されたような倉庫があり、躊躇う女性を説得して、この中へと入っていく。そこでパウリスが見るのは、自身の携帯に保存されていた写真だ。

今作の撮影を担当するNarvydas Naujalis ナルヴィダス・ナウヤリスは、底冷えするような静けさを伴いながら2人の動向を観察し続ける。基本的には息の長い長回しが駆使されていく一方、カメラは一点に立脚すると同時に、2人の動きに合わせて首を動かしていき、緩やかなパン撮影を行っていく。その視線はまるで誰にも気づかれないまま不動を保ち、主人公たちを見つめる亡霊のようだ。

Naujalisの撮影はどこまでも即物的な感触を持っている。心理ではなく行動のみを禁欲的に見据えることで作品に生まれるのは、息詰まるほどに不穏な空気感だ。この気が滅入るような雰囲気のなかで、観客は常に暴力が激発するのではないかという予感に苛まれることになる。そして亡霊の視線はむしろそれを願っているのではないかとすら思われるのだ。これはBareišaとNaujalisが持つ、空間への鋭敏な意識をも象徴しているかもしれない。例えば喋る、歩く、掴むといった主人公たちの行動が、常に空間もしくは建築に作用し、逆に影響を受けるような場面も存在する。この2つにおける相互作用こそが作品に目覚ましいまでの緊迫感を与えるのだ。監督が撮影中に空間や場所を意識していたというのはプロダクション・ノートからも伺える。

“妻と私は2人とも映画作家です。空き時間にはヴィルニュスの郊外にある森へと散策に行き、今後の作品に使えそうな、興味深いロケーションに関する情報を集めるんです。4年前のある日、小さな道路に行き当たったんですが、そこで思い出したのが、車の炎上事故が起こった後、トランクから少女の死体が発見されたという新聞記事でした。この事件を詳しく調べた後、1作の短編を製作しました。当然実際の事件現場に行った訳ではないと分かっていますが、悲劇が起こった正にその場所に、被害者に近しい人が立っているのを思い浮かべると、涙が込みあげました。妻は何故私が動揺したのか分からなかったようですが、私はこの感情を基にして映画を作ろうと決意したんでした”

大切な人を殺害されたインドレとパウリスは町をめぐり続ける。その姿にはいつしか聖地をめぐる巡礼者たちが持つ悲壮なる、崇高なる聖性すらも宿り始めるのだ。この大きな核となるのは2人を演じるGabija BargailaiteGiedrius Kielaの存在に他ならないだろう。Kielaは全身から燻った憤怒の匂が漂う危ういパウリスを、Bargailaiteは理性で怒りを抑えながらも喪失の痛みを隠しきれないインドレをその行動の数々によって静かに体現していく。彼らがどこへ辿りつくのか、私たち観客には予想ができない。そして巡礼の道には常に暴力の気配が立ちこめ、亡霊はそこに現れる光景をただただ観察するのみだ。

“Piligrimai”はそんな巡礼者たちの彷徨を描きだす不穏なる1作だ。そして彼らもまた亡霊と化していき、闇と雨へと溶けていくことになる。ゆえに現れる悲しみと怒りの狭間の、筆舌に尽くしがたき余韻は忘れるには重すぎるものだ。

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