鉄腸野郎Z-SQUAD!!!!!

映画痴れ者/ライター済藤鉄腸のブログ。日本では全く観ることができない未公開映画について書いてます。お仕事の依頼は 0910gregarious@gmail.com へ

Marija Stonytė&"Gentle Soldiers"/リトアニア、女性兵士たちが見据える未来

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ウクライナ・クリミア侵攻をきっかけとして、旧ソ連諸国においてロシアへの危機感が再燃している。その中の1国であるリトアニアは脅威に備えて徴兵制を設置、若い男性たちに兵役を課している。そして義務ではないが、少数の女性たちが志願兵として兵役を行っているという現実もある。そんな普段は注目されない女性たちの選択を描きだしたドキュメンタリー作品がMarija Stonytė マリヤ・ストニテー監督のデビュー長編"Gentle Soldiers"だ。

今作の主人公は兵役に志願した3人の女性である。彼女たちは20代になったばかりであるが兵士となることを選び、9ヵ月の訓練を受けることになる。そのなかで身体や精神を厳しく鍛錬され、男性兵士や同じ境遇の女性兵士たちと寝食を共に過ごしながら、リトアニアの現状や自身の人生について思索を重ねていくこととなる。

まず目にとまるのが女性兵士たちの体躯の小ささだ。髪を刈りあげた男性兵士たちが濃緑の軍服を身に纏い整列するなかに彼女たちも紛れこんでいるのだが、彼らに比べるとその身体は小さく脆いものに見えてならない。その中の1人ががらんどうになった廊下を歩く場面があるのだが、またそのちっぽけさが際立つ。それは彼女たちの心細さも現しているのかもしれない。

そして訓練が開始される。例えば銃器などの重装備を身に纏いながら広野を動きまわったり、泥の溝に身体を埋めて匍匐前進で前へ前へと進んでいく。この過酷な訓練の数々が連なる毎日を、兵士たちは過ごさなくてはならない。並大抵の精神では太刀打ちできないだろうと思わされる。痛みと汗がここには刻まれている。

撮影監督Vytautas Plukas ヴィタウタス・プルカスのカメラは3人の女性兵士に静かに寄り沿っていく。訓練を受ける、輸送トラックに座り仲間たちと談笑する、同じ女性兵士たちと親密な時間を過ごす。そういった風景に現れる彼女たちの表情を見据えていくのだ。そこに何か個人的な思考や解釈は介在することがない。観客はそれぞれにこの表情の数々を見つめ、それぞれに考えを深めていくことになるだろう。

そして時折、カメラは兵士の1人1人と対面して、彼女たちの言葉に耳を傾ける。彼女たちは現状への苦悩や人生にまつわる想いを語っていく。その胸中には様々な感情が去来しているのが、彼女たちの言葉からは推し量られるだろう。彼女たちを取り巻く風景と言葉、これがありのまま示されることで私たちを思考へ誘うのだ。

訓練が繰り広げられるにつれて、兵士たちの絆は密なものになっていく。女性たちも同僚たちとともに兵士の勇猛さ雄々しさを湛えるような歌を響かせることになる。それは軍隊というマチズモの機構へと彼女が取りこまれていっているようで、モヤモヤした微妙な思いが込みあげてくるのもまた事実だ。こういった側面も作品には現れる。

そのなかで今も私の心に強く残っているのは映画の冒頭だ。1人の女性兵士が自分の身体ほど大きい銃器を構えながら、叢のなかで標的を伺っている。その強く引き締められた視線や横顔は、しかし未だ幼いもののように思われる。これと同時にカメラは銃身を這っている1匹の小さな小さなテントウムシを捉える。彼女の緊張など露知らずに、ただ平和にテントウムシは銃の上を歩いている。これが、何か世界の残酷を何より豊かに、壮絶に語っているのではないかと思われて、今でも私の心から離れないのだ。

"Gentle Soldiers"リトアニアの危うい現状を女性兵士たちの視点から描きだしていく意欲作だ。そして9ヵ月の訓練が終ったとしても、それは何かの始まりや終りを意味する訳ではない、人生は続いていく。女性たちはそれぞれの日常に戻りスーパーマーケットで働いたり、束の間の休みを過ごすことになる。その一方でロシアという脅威も未だに存在し続け、脅威への不安もまた消えることがない。ここで描かれた出来事が現在進行形であることを観客は終盤においてまざまざと見せつけられることになるのだ。

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