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映画痴れ者/ライター済藤鉄腸のブログ。日本では全く観ることができない未公開映画について書いてます。お仕事の依頼は 0910gregarious@gmail.com へ

Adrian Panek&"Wilkołak"/ポーランド、過去に蟠るナチスの傷痕

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ホラーという映画ジャンルは、他のジャンルよりも多くかつ意識的に、この世に存在する恐怖を隠喩的に描いてきた。最近の映画でいえばクワイエット・プレイスドナルド・トランプに代表される不寛容が台頭する世の中で親として子供を育てることの恐怖を描いていたし、フランス産ホラー「RAW 少女のめざめ」は思春期の少女が経験する肉体的・精神的変化という恐怖を描いていた。さてそんな中で今回は、ヨーロッパにおいて過去に蟠り続けるナチスという恐怖を描き出した、Adrian Panek監督によるポーランド映画“Wilkołak”を紹介していこう。

1945年、少年ワデク(Kamil Polnisiak)は仲間の子供たちと共に強制収容所で辛い日々を送り続けていた。しかしその果てに、ソ連軍による解放の時はやってきたのである。そして収容所から救い出された後、彼らはヤドウィガ(Danuta Stenka)という女性が運営している、森の奥深くにある孤児院にしばらく滞在することなるのだったが……

ナチスによる占領や戦争が終わった後にも恐怖の時は終わることがない。ワデクたちは飢えや渇きを凌ぎながら、日々を何とか生き延び続ける。しかしある日皆で森を散策していた際、ヤドウィガが何者かに殺害されるという凄惨な事件に遭遇する。彼女を殺したのは犬たちだ。収容所を守っていた凶悪な番犬たちもまた野に放たれ、森に潜んでいたのだ。

今作はそんな極限状態を生きざるを得ない子供たちの姿を追ったホラー作品だ。子供たちだけで団結して生き延びなければならない事態で問題が立て続けに起こっていく。食料や水の圧倒的な不足に、血に飢えた猛犬たちの存在。そういった危険は子供たちを、まるで蝿の王を彷彿とさせる生存闘争に追いたてる。

ポーランド産ホラーとして最近話題になったものでゆれる人魚という作品がある。人肉を喰らう人魚姉妹を描いた極彩色のミュージカルホラーという奇妙な一作であったが、同じくポーランド産ホラーである今作はまた別の興趣を持っている。こちらはハリウッド産ホラーからの影響が伺える作品だ。洋館を禍々しく魅せるDominik Danilczykによる端正な撮影、すこぶる手の込んだグロテスク描写、鼓膜に不気味に響き渡る音の数々など、ハリウッド産ホラーの記憶が散りばめられた演出で以て、監督は恐怖を高めていく。

そして物語は子供たちの心理模様へとフォーカスし始める。ワデクはアンカ(Sonia Mietielica)という年長の少女に恋心を抱いているのだが、気弱な性格が災いして彼女を遠くから見ていることしかできない。一方で“ドイツ野郎”と蔑まれる少年アニス(Nicolas Przygoda)は猛犬たちに対して勇敢な姿を見せて、仲間たちの信頼を勝ち取っていく。そして自然とアンカとの距離も近づいていく。

ここにおいて最も恐ろしいものとして描かれていくのは、やはり人間の心だ。ワデクはアニスとアンカの仲に嫉妬を抱き始める。そんな中でドイツ軍人の身振りと言葉を完璧に模倣すれば、猛犬を手懐けられることの気づくことになる。彼は良心の呵責に苛まれながらも、それを利用してアニスを陥れようと策を練り始める。そしてワデクの、人間の醜悪な部分が顔を見せることになるのだ。

このワデクの姿にはポーランドにおけるナチスの傷跡に繋がる。収容所での忌まわしい記憶はワデク自身をナチスのような恐ろしい存在へ変えようとする。今作の鍵はそんな恐怖といかに対面しなければならないのかということだ。ワデクは記憶に呑み込まれてしまうのか、それとも記憶を乗り越えるのか。そんな過去の恐怖に対する洞察を、ホラー映画として描き出した作品がこの“Wilkołak”なのである。

Adrian Panekは1975年ポーランドに生まれた。ヴロツワフ科学技術大学で建築学について学んだ後、シレジア大学とワイダ・スクールで映画製作についても学ぶ。短編を製作すると共に多くのコマーシャルやMVを監督し、そして2011年には初の長編作品である"Daas"を完成させる。18世紀のヨーロッパを舞台にポーランドに現れた救世主の謎を追う歴史絵巻で、ポーランド国内で高く評価される。そして刑事ドラマ"Komisja morderstw"のエピソード監督を経て、2018年には第2長編"Wilkolak"を完成させた。タリン・ブラックナイツ映画祭で観客賞を獲得するなど世界で広く評価される。ということで監督の今後に期待。

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