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映画痴れ者/ライター済藤鉄腸のブログ。日本では全く観ることができない未公開映画について書いてます。お仕事の依頼は 0910gregarious@gmail.com へ

Hlynur Palmason&"Vinterbrødre"/男としての誇りは崩れ去れるのみ

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芸術において男性性とは雄大な自然と結びつけられていくことが多い。例えば蒼窮へと向かって聳えたつ山々、地中深くに根を張りその葉を繁らせる大樹。しかし人間というものはちっぽけなものだ。実際に剥き出しにされたちっぽけな男性性は大自然に投げ出されたとしたら一体どんな結果が待っているのだろうか。アイスランド人作家Hlynur Palmasonによる初長編“Vinterbrødre”(英題:"Winter Brothers")は、その行く末を描き出した作品だ。

エミール(Elliott Crosset Hove)は兄であるヨハン(Simon Sears)と共に、鉱山で鉱石採掘を行いながら生計を立てている青年だ。デンマークの冬はとても厳しいものであり、エミールの日常もそれを反映したかのように寒々しいものだった。しかしどこにも逃げ場などないままに、彼らは鉱山で働き続けるしかない。

鉱山での生活は重々しく、そして閉鎖的なものだ。黒々しい闇にはヘッドライトがかぼそく瞬いていく。その明かりの中に真っ白い埃にまみれた作業員たちの姿が浮かんでは消えていく。彼らの表情は揃って陰鬱なものだ。そして鉱石を採掘する際には鈍重な音が禍々しく響き渡り、作業員たちを苛む。その陰鬱さには終わりが存在しない。

それでいてエミールたちの日常には奇妙な熱にも満ちている。彼らはアルコール中毒と性的な欲求不満を抱えながら悶えている。ゆえにエミールたちは工場から化学薬品を盗み出して酒を密造、同僚たちに売り捌いていく。そして勤務中には仕事場で立ちションをしたり、片想い中であるアンナ(Victoria Carmen Sonne)という女性の着替える姿を窓から盗み見たりする。この風景には奇妙な生命力が宿っているのだ。

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撮影監督であるMaria von Hausswolffはそんなエミールたちの日常をゾッとするような崇高さを伴う映像美で以て描き出していく。鉱山の中の無限の絶望が続くような黒、雪景色の中の果てしない孤独が反映されたかのような白。そういったモノトーンの大自然を、彼は粒子深いフィルムを最大限駆使しながら、端正にかつ印象的に描き出しているのだ。

そしてエミールも鬱屈は徐々に加速していく。彼はアルコールの密造がバレて鉱山での仕事をクビになりかけてしまう(エミールの上司としてマッツ・ミケルセンの兄であるラース・ミケルセンが出演)。更にアンナへの思いはいつになれども成就することはなく、溢れる性欲から彼は家から下着を盗んでその匂いを嗅ぎまくるという醜態を見せることになる。

ここに表れているのは男性性の崩壊というべき代物だ。仕事でも際立った活躍はできないままにクビの危険に晒される。恋人もできないまま欲求不満だけが残酷なまでに疼く。彼には男性としての誇りを支えるべきものがどこにも存在していないのだ。彼の欲望が満たされる場所は夢の中にしかない。それゆえに彼の鬱屈はどんどん醜く膨らんでいく。この崩壊において印象的な要素はToke Brorson Odinが手掛ける音楽だ。インダストリアルな金属の不穏なる震えは、全編通じて観客の耳元で鳴り続けており、不気味な音響設計も相まって、際立ってザラついた感触を与える。そしてその震えはエミールの心に生じる不安定な震えと重なりあうことで、彼の崩壊を観客の心へとより肉薄させていく。

こうして私たちはエミールと共に暴力へと導かれていく。彼は近くに住む老人から古いライフル銃を譲り受ける。使い方を教える教則ビデオを観ながら、エミールは全裸で銃を構え続ける。銃への執着心は人生が傾いていくと共に膨張していき、彼の姿は異様さを増していく。そして必然的に、激発の時は近づいていく。

主人公を演じるのはデンマーク注目の若手俳優Elliott Crosset Hove、彼の姿は青年エミールの震えに濃厚な説得力を与えている。繊細で神経質そうな顔つきはあの勇大な大自然においては悲しいほどちっぽけに映ることとなる。それが今作において深い意味を持ってくるのである。彼が今作で幾つもの賞を獲得したのは全く納得の結果だろう。“Vinterbrødre”大自然の中で、男性性というものが脆くも崩れ去っていく様を丹念に描き出したドラマ作品だ。そして孤独のような白と絶望のような黒の中へと、全ては埋もれていくのだ。

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