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映画痴れ者/ライター済東鉄腸のブログ。日本では全く観ることができない未公開映画について書いてます。お仕事の依頼は 0910gregarious@gmail.com へ

Alen Drljević&"Muškarci ne plaču"/今に残るユーゴ紛争の傷

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ユーゴスラビア紛争から20年もの時が既に過ぎた。大地は銃弾によって穿たれていき、その陥孔の間を血の河が流れていった。数えきれないほど多くの命が失われて、何とか生き残った人々の体や心には深い傷が刻まれることになった。この傷は20年を経て癒えたのかと言えば全くだろう。それらは未だに残り続けている。さて、今回紹介する映画はそんなユーゴ紛争の余波を描き出した作品、Alen Drljević監督作“Muškarci ne plaču”だ。

ボスニアの人里離れた山奥にあるホテル、ここに紛争を戦った元兵士たちが集まりイヴァンというセラピストの元でグループセラピーを行っている。最初は滞りなく会は続いていくが、徐々に彼らは敵意を剥き出しにして波乱を巻き起こし始める。セルビア人は全員クソッタレだ!ボスニアって国は俺たちに何もしちゃくれない!ムスリム野郎なんかと同じ空気が吸えるか!そうして一触即発の緊張感が部屋には満ちていく。

そんな中で男たちはそれぞれの過去を振り返らざるを得なくなる。ある1人の男は戦時中の忌まわしい出来事を語り始める仲間の兵士がセルビア人兵士によって包囲された末に、恐怖から自殺を遂げたことだ。イヴァンはその光景を再演しようと提案する。仲間が基地に残ることを拒否した際、怒鳴りつけてその訴えを退けたことを男は覚えている。それを自分で再演し、更に他の人々に再演させる中で、彼は忌まわしい過去が再び迫りくるような恐怖に晒される。この恐ろしい感覚は、映画全体に漲っていると言ってもいいだろう。

そして舞台はボスニアでありながらも、ここに集った男たちには様々な背景がある。例えばムスリムの男はイマームにもらったお守りを大切にする信心深い男であったり、ボスニア人に混じるセルビア人は自身の素性を仲間に隠し続けようとしているし、紛争で下半身不随となり車椅子に乗っている男は不誠実な態度を取り続け場を掻き乱していく。こうして立場は様々なものであり、故に彼らの抱える傷も様々な物であると示唆される。

監督はそんな傷ついた彼らを暖かな眼差しで以て描き出していく。夜に酒を酌み交わしながらカラオケで盛り上がる彼らの和気藹々とした空気感、常に張り詰める緊張の奥底からふとこみあげてくる臆面もないユーモア感覚。監督はシリアスな舞台設定の中にもこういった親しげに弛緩する瞬間が存在するのを見逃さない。そして彼はそこに和解の仄かな可能性を見出だしてもいるのだ。

しかし物事はそう単純なものではない。セラピーの最中、1人の男が懊悩の末に自分の経験について語り始める。極限状態の末にセルビア兵たちをライフルで殺戮したという経験についてだ。それを再演するうち、仲間たちは“これは仕方がなかった、もしそうしなかったら自分が殺されていたかもしれない”と共感する素振りを見せる。だがこの仲間の中に実は殺される立場にあったかもしれない者がいたとするなら……

ユーゴスラビア紛争によって刻まれた傷は余りにも複雑であり、特に部外者の日本人である私たちには理解しがたいもののように思われる。それでも監督はそれぞれの立場にいる人々が互いに歩み寄れるかもしれない可能性について、この映画によって常に探り続けている。戦争においては家族や友人すらも理解しあうことの不可能な状況で、同じような傷を抱える人々と経験を共有することによって、彼らは安らぎや希望を見出だすことになる。そして監督は、その共感の行き着く先には確かに希望が存在しているとも力強く語るのだ。

Alen Drljevićボスニアサラエボに生まれた。サラエボ舞台芸術学校で映画製作を学ぶ。ベルリン国際映画祭金熊賞を獲得したヤスミラ・ジュバニッチサラエボの花サラエボ、希望の街角」などで助監督を務めていた。2005年には卒業制作の短編"Prva plata"サラエボ映画祭短編部門の作品賞を受賞、2007年には長編ドキュメンタリー"Karneval"を製作、1990年代におけるモンテネグロからのボスニア難民を襲った苦難を描く今作はアムステルダム国際ドキュメンタリー映画祭(IDFA)やヨーテボリ国際映画祭で上映され好評を博した。そして幾つかの短編を監督した後、2017年には"Muškarci ne plaču"を完成させ、カルロヴィ・ヴァリ国際映画祭でプレミア上映される。ということで監督の今後に期待。

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