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映画痴れ者/ライター済藤鉄腸のブログ。日本では全く観ることができない未公開映画について書いてます。お仕事の依頼は 0910gregarious@gmail.com へ

Csuja László&"Virágvölgy"/無邪気さから、いま羽ばたく時

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子供の頃、私たちはただただ無邪気さの中に浸っていることができる。しかしいつかは、その生温くも心地よい無邪気さを捨て去って、世界へと羽ばたく必要があるだろう。その過程がどんなに辛くとも、どんなに奇妙なものだとしても。Csuja László監督のデビュー長編であるハンガリー映画“Virágvölgy”はそんな若さの彷徨を独特の形で描き出した作品だ。

ラチ(Réti László)は家具店で働く真面目な青年だ。両親はおらず、しかも発達障害を抱えながらも、彼は何とか独りで生きていっている。ある日彼はクリーニング店でビアンカ(Berényi Bianka)という少女と出会う。赤ちゃんを連れた彼女は、自分たちはホームレスで住む場所を探しているとラチに助けを求めてくる。なので彼は自分の部屋に招き入れて、しばらくの間一緒に住むこととなる。

が、このビアンカという少女がなかなかに破天荒な曲者だった。気の赴くままにバーで踊り狂うかと思えば男たちの元に押しかけて迷惑をかけまくる。誰もいない住居に侵入して、全裸でプールに勝手に入り込む。挙句の果てには、母親から満足に世話されてないように見える赤ちゃんを拉致してしまう。そしてオムツを変えるため近くにあったクリーニング店に駆け込んだ訳だが、そこで出会ったのがラチだったのである。

そうして2人の生活が幕を開ける。お人好しのラチはどこか妙な雰囲気を湛えるビアンカを見捨てられず、彼女のために色々と奔走する。彼女が欲しいと言うのでトレーラー車を盗んだり、金を稼ぐために慣れない大工仕事をしたり。その合間には妖精のように移り気なビアンカの性格に振り回されていく。それでもラチは彼女と共に生活し続ける。

今作は奇妙な味つけの青春映画だ。アメリカなどだったらビアンカの自由な性格を反映したようにテンション高めなコメディ映画になりそうな所である。しかしこの作品はハンガリーという東欧に属する国の冷たい空気感、シビアな現実を反映したかのような素っ気なさがある。それによって独特のリズムがここからは響き渡っているのだ。

その一因はVass Gergelyが担当する撮影の力もあるだろう。その撮影は手振れカメラを主体とした生々しいものだ。ダルデンヌ兄弟的な社会的リアリズムに特化した様式だとも形容できる。それ故にハンガリーブダペストの猥雑な地下道、閑散とした団地、埃臭いな工事現場、郊外に広がる緑豊かな野原など、そこに満ちる空気が私たちの瞳に迫ってくるのだ。

そしてラチたちは借金取りから逃げるためブダペストを出ていき、キャンプ場に流れ着いてここで生活することになる。2人で頑張って赤ちゃんを育てていく姿は若い夫婦のようだ。しかしそんな幸福な時間は長くは続くはずがないのである。

“Virágvölgy”は若さがあてどなくフラフラとさまよう姿を描き出した青春映画だ。様々な事情から大人になりきれないラチは、大人になるため様々に奇妙な道筋を歩んでいく。その果てには今まで親しんできたものを捨て去らなくてはならない哀しみが存在している。しかし悪いことばかりではない。その哀しみに触れる時、ラチは確かに前へ進んでいるのである。

Csuja László1984年2月にハンガリーデブレツェンに生まれた。ブダペストの演劇映画芸術大学とプラハ芸術アカデミー映像学部(FAMU)で映画について学び、様々な映画祭のワークショップに参加していた。"Foszfor"(2009)や"A dugulas"(2013)など2005年から短編作品を精力的に製作した後、2018年には初の長編作品となる"Virágvölgy"を完成させる。カルロヴィ・ヴァリ国際映画祭で審査員特別賞を、セルビアのパリッチ映画祭では作品賞を獲得するなど話題になる。ということで監督の今後に期待。

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