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Ivan Marinović&"Igla ispod plaga"/響くモンテネグロ奇想曲

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映画を観ることの愉しみの1つとして、全く知らない国について知ることができる点が挙げられる。例えばグアテマラチュニジアラオス……そういった国々についてはニュースで流れることもなく、普通に生きているだけでは名前すら聞くことがないかもしれない。そんな中で映画はこういった国々の文化についてどんな芸術よりも豊かで鮮やかな形で、私たちに知らせてくれる。さて、今回紹介するのは旧ユーゴ圏の小国であるモンテネグロを舞台とした1作、Ivan Marinović監督作"Igla ispod plaga"だ。

今作の主人公ペーテル神父(Nikola Ristanovski)は、教区の平和のために静かに奔放し続ける日々を送っていた。彼は厳格で現実的な人物であり、あまり友人も多くない。妻に逃げられた彼はアルツハイマーの母と息子と一緒にひっそりと暮らしている。それでもそんな細やかな生活を彼は享受していた。

まず今作はペーテル神父の日常を淡々と描き出していく。お世辞にも豪華とは言えない教会で信者たちに説教を行う。村人たちと他愛ないお喋りを繰り広げる。家の中を徘徊する母を何とか介護する。こういった日常の積み重ねによって、監督はペーテルという主人公の内面を私たちに披露していく。

そこに重なり合うのは、撮影監督Đorđe Arambašić(写真家としても活躍している)が映し出すモンテネグロの遥かなる大地だ。石造りの家々は昔懐かしき感覚を観客に思い起こさせるし、雄大なる緑の大地は私たちにこの国の豊かさについて思いを馳せさせてくれる。それらは長閑な雰囲気を纏うと共に、どこまでも美しいものだ。

ある時、村の住民たちが自分たちの土地をまとめて外国の企業に売り捌くという計画を立てる。そしてそのためにペーテルの家族が所有する土地が必要であるというのが発覚する。住民たちは彼を説得しにかかるのだが、確固たる意志があるペーテルはその提案に頷くことはなかった。

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そうして神父に対する住民たちによる嫌がらせが始まる。村人たちに彼のわるい噂を流したり、母親がアルツハイマーであることを利用して彼女に生類をサインさせようとしたり……その末に、彼は教区をも奪われて危機的な状況に陥ってしまう。

今作の魅力は何とも言い難い絶妙な緩さにあるだろう。監督はこの村に広がる風景や人々の営みを悠然と見据えることで、その中に宿っているそれぞれの美というものを静かに浮かび上がらせていく。時の流れの中では何もかもが過ぎ去っていくが、そこには確かに美しきものの数々が宿っているのである。

ここで特に際立っているのは監督の独特な笑いのセンスである。全てを悠然と見据える中で、彼は会話や行動に生じる間というものを頗る大切にしている。それ故に今作には緩い笑いと形容すべきものが溢れている。それには監督自身が手掛ける脚本自体の見事さも寄与しているのだろう。

そして危うい状況に追い詰められていくうち、ペーテル神父の心は徐々におかしくなっていく。酒をたらふく飲み、猟銃を持って森へと出かける。真面目で寡黙だった性格は段々と崩れ去っていく。そんな中で愛する母が危篤状態に陥り、住民たちとのバトルも最高潮に達する。神父の明日はどっちにあるのか。

"Igla ispod plaga"には例えばキリスト教の働きや村民たちの生活状況など、モンテネグロ特有の文化が多く反映されている。遠い日本に住む私たちはその全てを理解することはできないだろう。だが文化を知るには、まずそれに触れることから始まる。今作はモンテネグロという国を知る上での滑稽でありながらも美しい1歩となってくれるだろう。

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