鉄腸野郎Z-SQUAD!!!!!

映画痴れ者/ライター済東鉄腸のブログ。日本では全く観ることができない未公開映画について書いてます。お仕事の依頼は 0910gregarious@gmail.com へ

Flávia Castro&"Deslemblo"/喪失から紡がれる"私"の物語

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60年代から80年代にかけて、ブラジルは軍事政権下におかれていた。1964年、クーデターによってカステロ・ブランコ将軍が大統領に就任した後から約20年の間、その時代は抑圧と粛清の嵐が吹き荒れ、突如行方不明となる人物が続出することとなる。一体何故彼らは目の前から消え去ったのか、そんな哀しみを抱えながら生きる人はおそらく今でも存在しているのだろう。今回紹介するのはそんな忌まわしき過去を背景とした作品、Flávia Castro監督作“Deslemblo”だ。

舞台は1979年、未だ軍事政権は続いていたがジョアン・バティスタ・フィゲイレード将軍の大統領就任により強権政治の修正が進められ、解放の気風が高まっていた。今作の主人公であるジョジョ(Jeanne Boudier)の家族はその状況を受けて、今住んでいるパリから故郷のリオデジャネイロに帰ることを計画していた。しかしジョジョは馴れ親しんだ町を離れるのに拒否反応を示し、パスポートをビリビリに破り捨てるなど家族に抵抗していく。

序盤においてはそんなジョジョの心を映し出していく。70年代のティーンエイジャーらしく好きな音楽はThe Doorsなどのロック音楽、そして読書も好きだ。思春期特有の反抗的な性格もかいま見せながら同時に、弟であるパコとレオンの世話も甲斐甲斐しく焼く家族思いの性格でもある。そんなジョジョを丹念に描き出すことで、Castro監督は観客の心をジョジョの心に重ね合わせていく。

ジョジョの抵抗もむなしく、家族はリオデジャネイロへと帰郷を果たす。しかし彼女が思っていたよりもここでの生活は悪くない。家に備え付けてあるハンモックに寝転がり昼寝をしたり、Pink Froidが好きな祖母と仲良くなったり、パーティーへと赴いてエルネストという青年と仲良くなったり。彼女は第2の地で青春を謳歌することになるのだ。

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そんなある時、ジョジョは自身の本当の父親であるエドゥアルドの話を偶然聞くことになる。歌の上手かったという彼は、しかしある理由から警察に捉えられ獄中で亡くなったのだという。しかし死亡証明書は見つかってないというのだ。その謎めいた失踪について彼女は母や祖母に尋ねてまわるが、答えは芳しくない。でもどうしてもそれについて知りたいとジョジョは独自に捜査を始める。

だが監督は物語の主眼を謎の追求には置くことがない。重要なのはジョジョが父のことを知ろうとする過程で、今まで知らなかった自分についてを知っていく姿なのだ。私はどうやって生まれてきたのか、私は一体何者なのか、今まで問いもしなかったその疑問の数々が彼女の心から首をもたげ、ジョジョは自己という名の深淵へ分け入ることとなる。そして私の人生の軌跡を私自身で紡ぎだしていくのだ。

だからこそ監督はジョジョが生きる人生に根づく日常こそを印象深く描き出すことになる。ハンモックに寝転がりゆらゆら揺れる姿、恋人になったエルネストとの幸福に満ち溢れたセックス、そんな彼について母親と口論する時のジョジョの怒り、家族揃って車でハイキングに向かう光景、そういうものにこそ美しさは宿るのだと監督は語る。

“Deslemblo”はブラジルの軍事政権による抑圧を背景に、忌まわしき過去、光と影とが交じり合う現在、何もかもが不確かな未来を織りあわせて"私の物語"を紡いでいく少女の日常を描いた作品だ。そしてその何気ない一瞬一瞬に宿る息を呑むほどの尊さが輝いていく。私たちはその輝きを長きに渡る間、心に留めておくことになるだろう。

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私の好きな監督・俳優シリーズ
その201 Yared Zeleke&"Lamb"/エチオピア、男らしさじゃなく自分らしさのために
その202 João Viana&"A batalha de Tabatô"/ギニアビサウ、奪われた故郷への帰還
その203 Sithasolwazi Kentane&"Woman Undressed"/ Black African Female Me
その204 Victor Viyuoh&"Ninah's Dowry"/カメルーン、流れる涙と大いなる怒り
その205 Tobias Nölle&"Aloys"/私たちを動かす全ては、頭の中にだけあるの?
その206 Michalina Olszańska&"Já, Olga Hepnarová"/私、オルガ・ヘプナロヴァはお前たちに死刑を宣告する
その207 Agnieszka Smoczynska&"Córki dancingu"/人魚たちは極彩色の愛を泳ぐ
その208 Rosemary Myers&"Girl Asleep"/15歳、吐き気と不安の思春期ファンタジー!
その209 Nanfu Wang&"Hooligan Sparrow"/カメラ、沈黙を切り裂く力
その210 Massoud Bakhshi&"Yek khanévadéh-e mohtaram"/革命と戦争、あの頃失われた何か
その211 Juni Shanaj&"Pharmakon"/アルバニア、誕生の後の救いがたき孤独
その212 済藤鉄腸オリジナル、2010年代注目の映画監督ベスト100!!!!!
その213 アレクサンドラ・ニエンチク&"Centaur"/ボスニア、永遠のごとく引き伸ばされた苦痛
その214 フィリップ・ルザージュ&「僕のまわりにいる悪魔」/悪魔たち、密やかな蠢き
その215 ジョアン・サラヴィザ&"Montanha"/全てはいつの間にか過ぎ去り
その216 Tizza Covi&"Mister Universo"/イタリア、奇跡の男を探し求めて
その217 Sofia Exarchou&"Park"/アテネ、オリンピックが一体何を残した?
その218 ダミアン・マニヴェル&"Le Parc"/愛が枯れ果て、闇が訪れる
その219 カエル・エルス&「サマー・フィーリング」/彼女の死の先にも、人生は続いている
その220 Kazik Radwanski&"How Heavy This Hammer"/カナダ映画界の毛穴に迫れ!
その221 Vladimir Durán&"Adiós entusiasmo"/コロンビア、親子っていうのは何ともかんとも
その222 Paul Negoescu&"O lună în Thailandă"/今の幸せと、ありえたかもしれない幸せと
その223 Anatol Durbală&"Ce lume minunată"/モルドバ、踏み躙られる若き命たち
その224 Jang Woo-jin&"Autumn, Autumn"/でも、幸せって一体どんなだっただろう?
その225 Jérôme Reybaud&"Jours de France"/われらがGrindr世代のフランスよ
その226 Sebastian Mihăilescu&"Apartament interbelic, în zona superbă, ultra-centrală"/ルーマニアと日本、奇妙な交わり
その227 パス・エンシナ&"Ejercicios de memoria"/パラグアイ、この忌まわしき記憶をどう語ればいい?
その228 アリス・ロウ&"Prevenge"/私の赤ちゃんがクソ共をブチ殺せと囁いてる
その229 マッティ・ドゥ&"Dearest Sister"/ラオス、横たわる富と恐怖の溝
その230 アンゲラ・シャーネレク&"Orly"/流れゆく時に、一瞬の輝きを
その231 スヴェン・タディッケン&「熟れた快楽」/神の消失に、性の荒野へと
その232 Asaph Polonsky&"One Week and a Day"/イスラエル、哀しみと真心のマリファナ
その233 Syllas Tzoumerkas&"A blast"/ギリシャ、激発へと至る怒り
その234 Ektoras Lygizos&"Boy eating the bird's food"/日常という名の奇妙なる身体性
その235 Eloy Domínguez Serén&"Ingen ko på isen"/スウェーデン、僕の生きる場所
その236 Emmanuel Gras&"Makala"/コンゴ、夢のために歩き続けて
その237 ベロニカ・リナス&「ドッグ・レディ」/そして、犬になる
その238 ルクサンドラ・ゼニデ&「テキールの奇跡」/奇跡は這いずる泥の奥から
その239 Milagros Mumenthaler&"La idea de un lago"/湖に揺らめく記憶たちについて
その240 アッティラ・ティル&「ヒットマン:インポッシブル」/ハンガリー、これが僕たちの物語
その241 Vallo Toomla&"Teesklejad"/エストニア、ガラスの奥の虚栄
その242 Ali Abbasi&"Shelly"/この赤ちゃんが、私を殺す
その243 Grigor Lefterov&"Hristo"/ソフィア、薄紫と錆色の街
その244 Bujar Alimani&"Amnestia"/アルバニア、静かなる激動の中で
その245 Livia Ungur&"Hotel Dallas"/ダラスとルーマニアの奇妙な愛憎
その246 Edualdo Williams&"El auge del humano"/うつむく世代の生温き黙示録
その247 Ralitza Petrova&"Godless"/神なき後に、贖罪の歌声を
その248 Ben Young&"Hounds of Love"/オーストラリア、愛のケダモノたち
その249 Izer Aliu&"Hunting Flies"/マケドニア、巻き起こる教室戦争
その250 Ana Urushadze&"Scary Mother"/ジョージア、とある怪物の肖像
その251 Ilian Metev&"3/4"/一緒に過ごす最後の夏のこと
その252 Cyril Schäublin&"Dene wos guet geit"/Wi-Fi スマートフォン ディストピア
その253 Alena Lodkina&"Strange Colours"/オーストラリア、かけがえのない大地で
その254 Kevan Funk&"Hello Destroyer"/カナダ、スポーツという名の暴力
その255 Katarzyna Rosłaniec&"Szatan kazał tańczyć"/私は負け犬になるため生まれてきたんだ
その256 Darío Mascambroni&"Mochila de plomo"/お前がぼくの父さんを殺したんだ
その257 ヴィルジル・ヴェルニエ&"Sophia Antipolis"/ソフィア・アンティポリスという名の少女
その258 Matthieu Bareyre&“l’Epoque”/パリ、この夜は私たちのもの
その259 André Novais Oliveira&"Temporada"/止まることない愛おしい時の流れ
その260 Xacio Baño&"Trote"/ガリシア、人生を愛おしむ手つき
その261 Joshua Magar&"Siyabonga"/南アフリカ、ああ俳優になりたいなぁ
その262 Ognjen Glavonić&"Dubina dva"/トラックの棺、肉体に埋まる銃弾
その263 Nelson Carlo de Los Santos Arias&"Cocote"/ドミニカ共和国、この大いなる国よ
その264 Arí Maniel Cruz&"Antes Que Cante El Gallo"/プエルトリコ、貧しさこそが彼女たちを
その265 Farnoosh Samadi&"Gaze"/イラン、私を追い続ける視線
その266 Alireza Khatami&"Los Versos del Olvido"/チリ、鯨は失われた過去を夢見る
その267 Nicole Vögele&"打烊時間"/台湾、眠らない街 眠らない人々
その268 Ashley McKenzie&"Werewolf"/あなたしかいないから、彷徨い続けて
その269 エミール・バイガジン&"Ranenyy angel"/カザフスタン、希望も未来も全ては潰える
その270 Adriaan Ditvoorst&"De witte waan"/オランダ映画界、悲運の異端児
その271 ヤン・P・マトゥシンスキ&「最後の家族」/おめでとう、ベクシンスキー
その272 Liryc Paolo Dela Cruz&"Sa pagitan ng pagdalaw at paglimot"/フィリピン、世界があなたを忘れ去ろうとも
その273 ババク・アンバリ&「アンダー・ザ・シャドウ」/イラン、母という名の影
その274 Vlado Škafar&"Mama"/スロヴェニア、母と娘は自然に抱かれて
その275 Salomé Jashi&"The Dazzling Light of Sunset"/ジョージア、ささやかな日常は世界を映す
その276 Gürcan Keltek&"Meteorlar"/クルド、廃墟の頭上に輝く流れ星
その277 Filipa Reis&"Djon África"/カーボベルデ、自分探しの旅へ出かけよう!
その278 Travis Wilkerson&"Did You Wonder Who Fired the Gun?"/その"白"がアメリカを燃やし尽くす
その279 Mariano González&"Los globos"/父と息子、そこに絆はあるのか?
その280 Tonie van der Merwe&"Revenge"/黒人たちよ、アパルトヘイトを撃ち抜け!
その281 Bodzsár Márk&"Isteni müszak"/ブダペスト、夜を駆ける血まみれ救急車
その282 Winston DeGiobbi&"Mass for Shut-Ins"/ノヴァスコシア、どこまでも広がる荒廃
その283 パスカル・セルヴォ&「ユーグ」/身も心も裸になっていけ!
その284 Ana Cristina Barragán&"Alba"/エクアドル、変わりゆくわたしの身体を知ること
その285 Kyros Papavassiliou&"Impressions of a Drowned Man"/死してなお彷徨う者の詩
その286 未公開映画を鑑賞できるサイトはどこ?日本からも観られる海外配信サイト6選!
その287 Kaouther Ben Hania&"Beauty and the Dogs"/お前はこの国を、この美しいチュニジアを愛してるか?
その288 Chloé Robichaud&"Pays"/彼女たちの人生が交わるその時に
その289 Kantemir Balagov&"Closeness"/家族という名の絆と呪い
その290 Aleksandr Khant&"How Viktor 'the Garlic' Took Alexey 'the Stud' to the Nursing Home"/オトンとオレと、時々、ロシア
その291 Ivan I. Tverdovsky&"Zoology"/ロシア、尻尾に芽生える愛と闇
その292 Emre Yeksan&"Yuva"/兄と弟、山の奥底で
その293 Szőcs Petra&"Deva"/ルーマニアとハンガリーが交わる場所で

Szőcs Petra&"Deva"/ルーマニアとハンガリーが交わる場所で

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ルーマニアハンガリーは長い間複雑な関係性を築いてきたが、それ故にルーマニア内にはハンガリー人コミュニティが存在している。ルーマニアを知る60章」によれば、2002年の時点でハンガリー系住民はトランシルヴァニアを中心に約143万人おり、それはルーマニア全人口の約6%を占めるのだという。彼らは独自の文化を持ち、それ故に教育界における分離政策など様々な問題が起こっている。それほどにルーマニアハンガリー系住民たちは影響力を持っているのだ。ということで今回はそんなルーマニアハンガリー人コミュニティを描き出した作品、Szőcs Petra監督作“Deva”を紹介していこう。

Szőcs Petraは1981年にルーマニアのクルジュ=ナポカに生まれた。詩人としても活躍していて、既にドイツ語とハンガリー語で詩集を出版している。ブダペスト演劇映画アカデミーで映画製作について学び、在学中から映画を手掛け始める。脚本家・助監督・撮影監督など様々な役職に携わるが、彼女が有名になるきっかけとなった監督作品が2014年製作の"A kivegzes"だった。3人の子供がチャウシェスクの処刑場面を演じる姿を描いた作品でカンヌ国際映画祭で上映後、サラエボ映画祭で特別賞を獲得する。そして2018年にはビエンナーレ・カレッジへの参加を経て、初の長編映画"Deva"を完成させる。

今作の主人公はカトー(Nagy Csengelle)という10代の少女だ。彼女はいわゆるアルビノという特異体質を持っており、孤児院で暮らしている。ある日彼女は何気なくドライヤーで髪を乾かそうとするのだが、その時感電して意識を失ってしまう。その瞬間から彼女の人生は少しずつ変わり始める。

という訳で、この作品を構成するのはカトーの何気ない日常の数々だ。孤児院の仲間たちとはしゃぎ回って枕を投げたり、孤児院の職員であるアンナ(「バーガンディ公爵」Fatma Mohamed)とお喋りを繰り広げたり、オセアニア地方について講釈する地理の教師に突然喰ってかかったりと、そんな日常が淡々と素描されていく。

感電した時から変わり始めたのはカトーの日常ばかりではない。孤児院それ自体もだ。建物には電気技師たちが集まり、新しい職員が募集されるなどする。そんな中でカトーは新しく起用された体育教師のボジ(Komán Boglárka)と出会い、親交を深める。そして2人でボジの友人だという男性に写真を撮影してもらったり、誰にも内緒でディスコに赴いたりと、ちょっとした冒険に出るのだが、これが後にちょっとした事件を引き起こしてしまう。

題名にもなっている“Deva”はカトーの住む町の名前なのだが、この地は正にハンガリールーマニアが交錯する場所と言える。何よりも印象的なのは言語についてだ。普段カトーはハンガリー語を話し孤児院でもその言葉が使われているのだが、1度外に出ると花屋の店主や教会の神父はルーマニア語を使用しており、故にカトーもルーマニア語を話さざるを得なくなる。2つの言語が奇妙に混ざりあう様は、文化の混成を象徴するものでもあり、それらが地理誌学的に捉えられていく点は頗る興味深い。

ちなみに監督は今作を作るきっかけについてインタビューでこう語っている。"2005年にデヴァの孤児院で3歳のアルビノの少女と出会いました。彼女は墓場で生まれたと言いました。私たちは友達になり、何度も尋ねるようになりました。そんな彼女が物語の構想源となってくれたんです"

そう監督が言う通り“Deva”の核となっているのはカトーを演じるNagyの存在感だろう。アルビノであるが故の真っ白な姿はまるでルネッサンス期の絵画に描かれた天使のようだ。それでいてカトー自身は神父の前で自分を悪魔と呼んで憚らない。そのコンプレックスは反抗期的というべき不機嫌で不敵な眼差しに現れている。そんな多面的な魅力を持ち合わせたカトーがデヴァの町を彷徨うというだけで、この詩的な映画は既に完成されているのである。

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ルーマニア映画界を旅する
その1 Corneliu Porumboiu & "A fost sau n-a fost?"/1989年12月22日、あなたは何をしていた?
その2 Radu Jude & "Aferim!"/ルーマニア、差別の歴史をめぐる旅
その3 Corneliu Porumboiu & "Când se lasă seara peste Bucureşti sau Metabolism"/監督と女優、虚構と真実
その4 Corneliu Porumboiu &"Comoara"/ルーマニア、お宝探して掘れよ掘れ掘れ
その5 Andrei Ujică&"Autobiografia lui Nicolae Ceausescu"/チャウシェスクとは一体何者だったのか?
その6 イリンカ・カルガレアヌ&「チャック・ノリスVS共産主義」/チャック・ノリスはルーマニアを救う!
その7 トゥドール・クリスチャン・ジュルギウ&「日本からの贈り物」/父と息子、ルーマニアと日本
その8 クリスティ・プイウ&"Marfa şi Banii"/ルーマニアの新たなる波、その起源
その9 クリスティ・プイウ&「ラザレスク氏の最期」/それは命の終りであり、世界の終りであり
その10 ラドゥー・ムンテアン&"Hîrtia va fi albastrã"/革命前夜、闇の中で踏み躙られる者たち
その11 ラドゥー・ムンテアン&"Boogie"/大人になれない、子供でもいられない
その12 ラドゥー・ムンテアン&「不倫期限」/クリスマスの後、繋がりの終り
その13 クリスティ・プイウ&"Aurora"/ある平凡な殺人者についての記録
その14 Radu Jude&"Toată lumea din familia noastră"/黙って俺に娘を渡しやがれ!
その15 Paul Negoescu&"O lună în Thailandă"/今の幸せと、ありえたかもしれない幸せと
その16 Paul Negoescu&"Două lozuri"/町が朽ち お金は無くなり 年も取り
その17 Lucian Pintilie&"Duminică la ora 6"/忌まわしき40年代、来たるべき60年代
その18 Mircea Daneliuc&"Croaziera"/若者たちよ、ドナウ川で輝け!
その19 Lucian Pintilie&"Reconstituirea"/アクション、何で俺を殴ったんだよぉ、アクション、何で俺を……
その20 Lucian Pintilie&"De ce trag clopotele, Mitică?"/死と生、対話と祝祭
その21 Lucian Pintilie&"Balanța"/ああ、狂騒と不条理のチャウシェスク時代よ
その22 Ion Popescu-Gopo&"S-a furat o bombă"/ルーマニアにも核の恐怖がやってきた!
その23 Lucian Pintilie&"O vară de neuitat"/あの美しかった夏、踏みにじられた夏
その24 Lucian Pintilie&"Prea târziu"/石炭に薄汚れ 黒く染まり 闇に墜ちる
その25 Lucian Pintilie&"Terminus paradis"/狂騒の愛がルーマニアを駆ける
その26 Lucian Pintilie&"Dupa-amiaza unui torţionar"/晴れ渡る午後、ある拷問者の告白
その27 Lucian Pintilie&"Niki Ardelean, colonel în rezelva"/ああ、懐かしき社会主義の栄光よ
その28 Sebastian Mihăilescu&"Apartament interbelic, în zona superbă, ultra-centrală"/ルーマニアと日本、奇妙な交わり
その29 ミルチャ・ダネリュク&"Cursa"/ルーマニア、炭坑街に降る雨よ
その30 ルクサンドラ・ゼニデ&「テキールの奇跡」/奇跡は這いずる泥の奥から
その31 ラドゥ・ジュデ&"Cea mai fericită fată din ume"/わたしは世界で一番幸せな少女
その32 Ana Lungu&"Autoportretul unei fete cuminţi"/あなたの大切な娘はどこへ行く?
その33 ラドゥ・ジュデ&"Inimi cicatrizate"/生と死の、飽くなき饗宴
その34 Livia Ungur&"Hotel Dallas"/ダラスとルーマニアの奇妙な愛憎
その35 アドリアン・シタル&"Pescuit sportiv"/倫理の網に絡め取られて
その36 ラドゥー・ムンテアン&"Un etaj mai jos"/罪を暴くか、保身に走るか
その37 Mircea Săucan&"Meandre"/ルーマニア、あらかじめ幻視された荒廃
その38 アドリアン・シタル&"Din dragoste cu cele mai bune intentii"/俺の親だって死ぬかもしれないんだ……
その39 アドリアン・シタル&"Domestic"/ルーマニア人と動物たちの奇妙な関係
その40 Mihaela Popescu&"Plimbare"/老いを見据えて歩き続けて
その41 Dan Pița&"Duhul aurului"/ルーマニア、生は葬られ死は結ばれる
その42 Bogdan Mirică&"Câini"/荒野に希望は潰え、悪が栄える
その43 Szőcs Petra&"Deva"/ルーマニアとハンガリーが交わる場所で

私の好きな監督・俳優シリーズ
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その206 Michalina Olszańska&"Já, Olga Hepnarová"/私、オルガ・ヘプナロヴァはお前たちに死刑を宣告する
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その281 Bodzsár Márk&"Isteni müszak"/ブダペスト、夜を駆ける血まみれ救急車
その282 Winston DeGiobbi&"Mass for Shut-Ins"/ノヴァスコシア、どこまでも広がる荒廃
その283 パスカル・セルヴォ&「ユーグ」/身も心も裸になっていけ!
その284 Ana Cristina Barragán&"Alba"/エクアドル、変わりゆくわたしの身体を知ること
その285 Kyros Papavassiliou&"Impressions of a Drowned Man"/死してなお彷徨う者の詩
その286 未公開映画を鑑賞できるサイトはどこ?日本からも観られる海外配信サイト6選!
その287 Kaouther Ben Hania&"Beauty and the Dogs"/お前はこの国を、この美しいチュニジアを愛してるか?
その288 Chloé Robichaud&"Pays"/彼女たちの人生が交わるその時に
その289 Kantemir Balagov&"Closeness"/家族という名の絆と呪い
その290 Aleksandr Khant&"How Viktor 'the Garlic' Took Alexey 'the Stud' to the Nursing Home"/オトンとオレと、時々、ロシア
その291 Ivan I. Tverdovsky&"Zoology"/ロシア、尻尾に芽生える愛と闇
その292 Emre Yeksan&"Yuva"/兄と弟、山の奥底で
その293 Szőcs Petra&"Deva"/ルーマニアとハンガリーが交わる場所で

結局マンブルコアって何だったんだ?(作品リスト付き)

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さて、マンブルコアである。ゼロ年代アメリカ映画界を席巻したムーブメントである。今ブログで“結局マンブルコアって何だったんだ?”というシリーズ名でマンブルコア映画の特集記事を書いている訳だが、それを始めたのは2016年、とうとうマンブルコアを代表する1作と呼ばれる“Hannah Takes the Stairs” aka 「ハンナだけど、生きていく」が公開されて間もない頃だった。だが始めた理由は何か。このシリーズの1つ目の記事に私はこんなことを書いている。

“さて、このブログでは"ポスト・マンブルコア世代の作家たち"というタイトルでテン年代に頭角を表し始めた米インディー作家を多く紹介してきた。というのも「ハンナだけど、生きていく」が公開されマンブルコア受容がとうとう日本で始まった故に、マンブルコアについての解説記事も増えるだろうと目論み、じゃあ自分はその後に続々と登場している才能について紹介していこうかなと思っていったからだ。

だが約9ヶ月ほど書いてきて、マンブルコア受容が本当に進んできたかと言えば特にそうではなかった。「ハンナだけど、生きていく」が公開されたらされっぱなしで、誰もこのムーブメントに属している作家たちや作品を紹介する人々は殆ど現れてはいない。誰か3月にビデオスルーになった「新しい夫婦の見つけ方」「ハンナだけど、生きていく!」の監督ジョー・スワンバーグの最新作"Digging for Fire"だと宣伝していた奴は、この前Netflixで配信スルーになった「成果」がマンブルコアのゴッドファーザーであるアンドリュー・バジャルスキーの最新作"Results"だとキチンと紹介していた奴がいただろうか。Twitterで検索すると何人かはいるってそのレベルだ。

まあそういう物かと思った。マンブルコアだけでなくヨルゴス・ランティモス「ロブスター」だって"ギリシャの奇妙なる波"について解説しているのなんかほぼなかった、パンフレットにすらロクに記述がない。まあそういう物だ。じゃあさ、やるよ、じゃあ私がやるよ、最終的には本を纏めるくらいの感じでやるよ、マンブルコアの作家にはどういう人々がいて、どういう作品があって、どういう繋がりがあるか、私が書くよ!!!!”

そうして私のマンブルコア探求の旅が始まった訳だが、その頃と比べて今日本におけるマンブルコア受容はどうなっているのか。結論から言えばかつてない活気に満ちていると言っていいだろう。今年は、マンブルコア界のミューズと呼ばれるグレタ・ガーウィグの初単独監督長編レディ・バードが日本でも好評を博し、更に「Girls」も人気なレナ・ダナムの長編デビュー作タイニー・ファニチャーが7年の時を越えて日本公開という偉業が成された。それ故に彼女たちが属するという“マンブルコア”に興味を抱いた映画ライターや映画サイトが特集をやっと始め、マンブルコアという言葉が日本にも広まることになった。

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じゃあ、である。そのレディ・バードタイニー・ファニチャーは実際にマンブルコアに属する作品なのかというと、私の答えは“うん、まあ……何て言うの、一応マンブルコアかなあとは思うんだけど、でも完全にマンブルコアって言い切るには、こう、ちょっと、何かがあるっていうか、間違いじゃないよ、間違いじゃないんだけど、あー、何か難しいんだけど、うーん、マンブルコア……かなあ、違うかも、でもマンブルコアっぽくもあるよなぁ……”という感じである。いや、この答えはふざけてない。全然ふざけてない。むしろマンブルコアを反映した答えだと(自分では)思う。

それが何故かを説明するには、マンブルコアとは一体どのようなジャンルであるのかを説明するのが手っ取り早いだろう。一般的にマンブルコアとは超低予算、俳優は監督の友人かその更に友人でもしくは自分の家族、脚本をほとんど執筆しない即興演技が主体、そしてそれ故のマンブル(mumble)つまりはもごもごして聞きづらい台詞の数々、デジタルのフットワークの軽さを生かしたDIY的精神、自分たちの半径5mという頗る狭く生ぬるく閉じられた世界を描く……などの特徴が挙げられる。代表的な人物には“マンブルコアのゴッドファーザー”と呼ばれるアンドリュー・バジャルスキー Andrew Bujalskiやマンブルコアの切り込み隊長として名高いジョー・スワンバーグ Joe Swanberg、マンブルコアの宣伝&製作担当ジェイ&マークのデュプラス兄弟 Duplass Brothersにマンブルコア界の姉御リン・シェルトン Lynn Sheltonなどがいる。

しかし一応世に言われる特徴を列記したは良いが、当てはまらないものも数多い。まず代表的存在であるバジャルスキーはデビュー長編から第3長編まで全て最初から脚本はしっかり執筆&フィルム撮影だし、デュプラス兄弟は第3長編「ぼくの大切な人と、そのクソガキ」(英題:“Cyrus”)の時点でジョナ・ヒルジョン・C・ライリーを起用したり製作のバックにリドリー・スコットがついていたり……上記の特徴を途中までキチンと体現していたのはスワンバーグただ1人だが、彼も2009年の“Alexander the Last”ではプロ俳優を多く起用していたり製作がノア・ボーンバックだったり、早い段階から既にそれらをマンブルコアと呼んでいいのかという問いが存在している。

とは言え、一応の定義を固めなければ話にならない。ということでここでは私の思うマンブルコアにおける重要な要素について書いていきたい。それは2つあってまず1つが関係性へのこだわりだ。上述の通りこの潮流は自分たちの半径5mの生ぬるい世界を描き出す訳だが、マンブルコアはそこにおいて不可避的な人間と人間の関係性を必ず見据えている。なあなあの友達関係、何かどっかで見たことあるけど名前とかは思い出せない人間との交流、優柔不断さ故に出来上がるフワッフワした三角関係、そういうものを描いているのだ。例えばバジャルスキーのデビュー作“Funny Ha Ha”は片想い中の男子とか自分に好意を持っている男子の間でフラフラする女子の三角関係ものであり、続く“Mutual Appreciation”も主人公と親友とその恋人の三角関係を描く作品だった。

更にこの関係性というのは、後にマンブルコアが成熟するにつれコミットメントとしての意味の関係性をも内包し始める。愛しあう2人が直面する恋と結婚の違いとそれが引き起こす摩擦、同性異性関係なしに2人の人物の間に広がる友情と愛情の間にある言葉にならないような関係性などを描き出していく訳だ。例えばスワンバーグの“Mareiage Material”はとあるカップルが結婚という概念を目の前にして起こす衝突を描いた作品で、シェルトンの“My Effortless Brilliance”は主人公と疎遠だった親友の間にゆらめく友情以上恋愛以上の不思議な関係性を追った作品だった。私たちは他者とどう関係していけばいいのか、これはマンブルコアの至上命題である。

そしてもう1つの重要な要素が肉体性である。マンブルコアの作家たちは“私たちのことは私たちが語る”というDIY精神を以て作品を作り続けていたが、中でもスワンバーグは“私たちの身体は私たちが語る”という路線を推し進めていた。どういうことかと言えば、普段のアメリカ映画、つまりはハリウッド映画に出てくる人々は男女問わずバッキバキに仕上がった身体を披露し、これが理想の体型であると喧伝する。しかしあんなバッキバキの身体を持った人々なんてそうは居ない。自分たちや周りの人々はもっとブニブニだったりヒョロヒョロだったり、そういう完璧じゃない身体を持っている。ハリウッド映画の身体はリアルじゃない。だから自分たちがリアルを語るしかない!とスワンバーグは自ら率先して自身の微妙な裸を晒し、グレタ・ガーウィグ含むキャスト陣もバンバン脱いでいく。そしてだらしない身体を思う存分見せつける。これが私たちのリアルだと、これが私たちの真実だと。

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そしてマンブルコアはこのだらしなさという肉体性を物語のギミックとして利用する。それ故に最も裸が重要視される日常の行為、つまりはセックスがこの潮流ではかなり重要視されている。スワンバーグのデビュー作“Kissing on the Mouth”は題名通りに濃厚な唇同士のキスから幕を開け、彼の中期作“Art Historyは映画のための濡れ場撮影中ぺニスにコンドームをつける場面から幕を開ける。そういった場面が印象的に現れるのだ。更にこのセックスという奴が曲者であり、物語を複雑化させていく。ネタバレになるので具体名は出さないが、カップル同士の決定的決裂のきっかけが恋人とのセックスで濡れないのに気づいたことというのがあったり、とある関係性がセックスによって完膚なきまでに破壊されたり逆に優しく癒されたりというのが繰り返される。そもそもゲイポルノ撮影が主題のシェルトン監督作“Hump Day”というのも存在していたり、肉体性が露骨に反映されるセックスはマンブルコアにおいて重要な部分を占めている。彼女について詳しくは後述するが、レナ・ダナムという人物がいて、彼女も自身のドラマ作品「Girls」でだらしない身体を前向きにさらけ出して、セックスを描き出しているが、これはモロにマンブルコアの影響だったりする。

さてさて、定義のため簡単にマンブルコアにおいて重要なものは一体何なのか?を説明してきたが、そもそもの話、マンブルコアという言葉はどうやって生まれたかに興味を持っている方も多いだろう。その誕生は今から10年以上遡った2005年、この年に行われたSXSW映画祭において“Kissing on the Mouth”のスワンバーグ、“Mutual Appreciation”のバジャルスキー“The Puffy Chair”のデュプラス兄弟など今後マンブルコアを背負って(もしくは背負わされて)立つ映画作家が勢揃いした。彼らはお互いの作品を観てそのDIY精神に感銘を受け、すぐさま友人関係となった。そして酒を飲みながら“俺たちの映画にもしキャッチーな名前をつけるとしたらどうなる?”というお遊びが行われた。ここからは少しバジャルスキー本人に語ってもらおう。

"思うに自分と同じ影響を受けた――逆に受けるのを拒んだのも然り――映画作家が何人も現れていますが、そこにはインディー映画界の、それこそ葬り去りたいくらいには思っている安っぽい側面が見え隠れしています。私の新作"Mutual Appreciation"はSXSW映画祭でプレミアになったのですが、そこではあるムーブメントについての会話が繰り広げられていて、それは若い理想家気取りの作家たちが演技重視の映画が多く上映されていたからです。私の映画で音響効果を担当しているエリック・マスナガがそのムーブメントに付けた"マンブルコア"という名前はとてもキャッチーなものではあります。何本かそういう映画を観て気に入ったものも多いのですが、それらを同じグループに括ってしまうのは作品を矮小化させていると思いますし、馬鹿げてるでしょう。もしそれが確かにムーブメントであったとしても、私はそこから出ていきたいし、何か別のことをしたい。誰かがもう既に作っている映画を作ったって意味はないんです、そこに何か新しいものを宿すことが出来ない限りは"*1

記録に残っている限り"マンブルコア"という言葉が初めて使われたのがIndiewireにおけるこのインタビューらしい。友達がこんな造語作ったんだけど、でもさぁこりゃ括りが雑すぎるよねーという感じで不用意に出した言葉が、彼の危惧した通りの形で、しかも世界的に広がるとはブジャルスキー自身予想していなかっただろう。ちなみにマンブルコアは口ごもるという意味のmumbleに、音楽ジャンルであるhardcoreなどにつく接尾辞coreを繋げて出来た造語である。

こうして生まれたマンブルコアだったが、この潮流は時代精神と若者たちの真実を反映していると批評家たちに祭り上げられることになる。そこに属する作家と言われたバジャルスキーたちも実際その評判に即した映画をDIY精神で以て製作していたのだが、ここで重要なのがその作家たちは1つの場所に集まらず、皆バラバラの地で作品を製作していたことだ。例えばニューヨーク派のように1つの場所に固まるのではなく、それぞれの場所でそれぞれの作品を作り、それを携えては映画祭で仲間と再会したり同じ精神を持った同士を見つけ出す。更に時々は相手の元に赴き共同生活を営みながら映画を製作(これで出来た作品こそがマンブルコアのマニフェストと呼ばれる「ハンナだけど、生きていく!」だった)し、別れては自分たちで映画を作る。このような離合集散を繰り返すことで、彼らは他の潮流にはない全米に渡る映画製作ネットワークを作り上げたのだ。これがマンブルコアの隆盛を生んだのに疑いはない。

しかしもう1つ重要なのは、マンブルコアの隆盛が配信時代の黎明と重なったことだった。ここで中心人物となるのがデュプラス兄弟である。彼らのデビュー長編“The Puffy Chair"が”映画祭で上映される度、配給会社の人々は口々に「この映画気に入ったよ」と言うのだが、この映画に客足は見込めないとどこも配給権を買うことはなかったのだ。しかしプレミア上映されたちょうど1年後、この映画を配給したいと名乗り出る会社が現れた、それがあのNetflixだった訳である。この時期配信は行っていなかったがオンラインでのDVDレンタルで躍進を遂げ、ブロックバスターなどの大手レンタル店に拮抗するほどのシェアを誇っていた。更にその勢いで以て自社で100本近くのインディー映画を配給するなどもしており、その一環として"The Puffy Chair"の配給を決めたのである。

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そして2006年に公開された本作は製作費1万5千ドルのところ興行収入19万ドルを稼ぎ出し、そして後にNetflixで配信されるとなると更なる人気を獲得、これ以降彼らの監督作・製作映画は勿論のことマンブルコア作品が多く配信されることとなる。こうしてマンブルコア映画は全米の若者の間に広まっていき、熱狂的に受け入れられることとなったのだ。

これがきっかけかどうかは定かではないが、マンブルコアからマンブルゴアという潮流も生まれることになる。ゴアとつく通りこの潮流はマンブルコアと同じ方法論でホラー映画を製作する映画作家たちの総称で、中心メンバーには今や「ブレアウィッチ」続編やゴジラ続編を任されたアダム・ウィンガード Adam Wingardやインディーズでコツコツ映画製作を続けるタイ・ウェスト Ti Westなどがいる。彼らもまたアメリカに散らばり、映画祭などで出会ってカラオケで親交を深め、協力して超低予算ホラー映画を作るという活動を行っている。マンブルコアから名前が取られているのは、毎度お馴染みジョー・スワンバーグがこの潮流に深く関わっているという理由もあるだろう。ウィンガードと共同で映画“Autoerotic”を監督したり、かと思えばウィンガードの監督作「サプライズ」に出演したり、ウェストを自身の監督作「ドリンキング・バディーズ」に出演させたりとガッツリ関わってるのである。

そうして潮流がどんどん膨れ上がっていくのとは裏腹に、マンブルコアに属するとされる作家たちはそう括られるのに飽き飽きし始めていた。だが批評家たちは彼らが新しい作品を製作するたびに“これが新しいマンブルコア映画ね”という反応を示し、彼らをウンザリさせていた。その間にもマンブルコアという言葉は作家たちの意に反して、アメリカ映画界に膾炙していく。それ故に彼らはマンブルコアから離れ、それぞれ独自の道を行き始める。スワンバーグはデジタル製作を放棄しフィルム撮影に移行、デュプラス兄弟は監督よりも制作者としてインディーズ作家をサポートし始め(その中には「タンジェリン」ショーン・ベイカーもいた)、シェルトンは映画製作の合間にドラマ界で職人監督として重宝されることとなる。マンブルコアの終わりは確かに近づいていた。

そしてマンブルコアから影響を受けながら、マンブルコア作品とは一線を画するポスト・マンブルコア作家とも言うべき映画監督たちも現れ始める。例えばレナ・ダナム Lena Dunham、彼女は弱冠23歳で作ったタイニー・ファニチャーが評判を呼び、ジャド・アパトーの助けを受けテン年代を代表するだろうドラマ「Girls」を作り上げた。先述した肉体性などマンブルコアに背負うものはとても大きいが、彼女自身は自分の作品がマンブルコアと呼ばれることをやんわりと否定している。そしてアレックス・ロス・ペリー Alex Ross Perryネイサン・シルヴァー Nathan Silver、前者は“Color Wheel”Queen of Earth”で頭角を現し始めた米インディー界で最も注目すべき才能であり、後者は「エレナ出口」や“Uncertain Terms”などの作品を手掛けている新鋭の1人だ。彼らはマンブルコアの関係性へのこだわりに影響を受けているが、更にその先にある関係性の終焉やそもそも人と人との間に関係性など成立するのか?という問いを突き詰め続けている。そしてジョセフィン・デッカー Josephine Decker、彼女は今年新作の“Madeline’s Madeline”で米インディー界1の才能だと絶賛された人物だが、そもそも彼女が映画界に進出するきっかけとなった人物がスワンバーグであり、彼に薫陶を受けた後に作品を監督し始めた存在だ。彼らは確かにマンブルコアに影響を受けながら、全く違う方向へと舵を切った作家たちであり、その登場は世代交代を予感させるものだった。

そしてとうとうその時がやってくる。2015年、マンブルコアのゴッドファーザーであるバジャルスキーが素人俳優起用という大きな特色を捨て去り、ガイ・ピアースなどの有名俳優を使って第5長編“Results”を完成させたのだ。その影響は凄まじく、今までマンブルコアと騒いでいた評論家たちも考えを改め、ある批評家はこんな題名の記事を記すことになる。“マンブルコアという名前が生まれて10年になった。もうこの言葉を使うのは止めにしないか?” こうして10年にも渡ったマンブルコアの時代は幕を下ろしたのである。

さて、それから3年の月日が経ち、マンブルコアの誕生から13年もの時間が経った。日本ではマンブルコア受容がとうとう活発化し始めたと書いたが、それでもこのジャンルが深く深く掘り込まれていっているとは言い難い。ということで良い機会だ、私は今まで書いてきたマンブルコア作品記事約70本(おそらく計10万字以上は書いている、いっぱしの研究書並だ)を製作年順に並び替えて、マンブルコアとは?という趣旨の序文をつけて、今における総決算記事を公開することにした。序文はあくまでマンブルコアの簡単な要約文であって、本質を示してはいない。本質に近づくためには作品1つ1つに触れていかなくては意味がないのだ。下に記す作品リストを順に読んでいけば、マンブルコアとは一体何なのか、マンブルコアは後の世代にどういう影響を与えたのか、そして傍流であるマンブルゴアやポスト・マンブルコア世代はどういう文脈から現れたのか、それらの一端をかいま見ることが出来るだろう。一端というのは、このリストはまだ未完成だからである。自分の機嫌の赴くままに書いていた故、何本か重要な作品について書けてなかったりと手落ちがあるのだ。なので公開した後も、どんどん作品は追加されていくこととなるだろうし、そういう状況であるが故に自分でもマンブルコアを探求していって欲しいと私は願っている。ということで楽しいマンブルコアの旅を!

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2002年

アンドリュー・ブジャルスキー&"Funny Ha Ha"/マンブルコアって、まあ……何かこんなん、うん、だよね

2003年

アダム・ウィンガード&"Home Sick"/初期衝動、血飛沫と共に大爆裂!

2005年

ジョー・スワンバーグ&"Kissing on the Mouth"/私たちの若さはどこへ行くのだろう
デュプラス兄弟&"The Puffy Chair"/ボロボロのソファー、ボロボロの3人
アンドリュー・ブジャルスキー&"Mutual Appreciation"/そしてマンブルコアが幕を開ける
マンブルコアの黎明に消えた幻 "Four Eyed Monsters"
フランク・V・ロス&"Quietly on By"/ニートと出口の見えない狂気
タイ・ウェスト&"The Roost"/恐怖!コウモリゾンビ、闇からの襲撃!

2006年

ジョー・スワンバーグ&"LOL"/繋がり続ける世代を苛む"男らしさ"
アーロン・カッツ&"Dance Party, USA"/レイプカルチャー、USA
リン・シェルトン&"We Go Way Back"/23歳の私、あなたは今どうしてる?
サフディ兄弟&"The Ralph Handel Story”/ニューヨーク、根無し草たちの孤独

2007年

ジョー・スワンバーグ&「ハンナだけど、生きていく!」/マンブルコア、ここに極まれり!
アーロン・カッツ&"Quiet City"/つかの間、オレンジ色のときめきを
フランク・V・ロス&"Hohokam"/愛してるから、傷つけあって
ケンタッカー・オードリー&"Team Picture"/口ごもる若き世代の逃避と不安
タイ・ウェスト&"Trigger Man"/狩人たちは暴力の引鉄を引く
アダム・ウィンガード&"Pop Skull"/ポケモンショック、待望の映画化

2008年

デュプラス兄弟&"Baghead"/山小屋ホラーで愛憎すったもんだ
サフディ兄弟&"The Pleasure of Being Robbed"/ニューヨーク、路傍を駆け抜ける詩
ジョー・スワンバーグ&"Nights and Weekends"/さよなら、さよならグレタ・ガーウィグ
リン・シェルトン&"My Effortless Brilliance"/2人の男、曖昧な感情の中で
フランク・V・ロス&"Present Company"/離れられないまま、傷つけあって
リチャード・リンクレイター&"ROS"/米インディー界の巨人、マンブルアアに(ちょっと)接近!

2009年

ジョー・スワンバーグ&"Alexander the Last"/誰かと生きるのは辛いけど、でも……
アンドリュー・ブジャルスキー&"Beeswax"/次に俺の作品をマンブルコアって言ったらブチ殺すぞ
リン・シェルトン&"Humpday"/俺たちの友情って一体何なんだ?
サフディ兄弟&"Daddy Longlegs"/この映画を僕たちの父さんに捧ぐ
タイ・ウェスト&"The House of the Devil"/再現される80年代、幕を開けるテン年代
アレックス・ロス・ペリー&"Impolex"/目的もなく、不発弾の人生

2010年

ライ・ルッソ=ヤング&"You Wont Miss Me"/23歳の記憶は万華鏡のように
ケンタッカー・オードリー&"Open Five"/メンフィス、アイ・ラブ・ユー
フランク・V・ロス&"Audrey the Trainwreck"/最後にはいつもクソみたいな気分

2011年

ジョー・スワンバーグ&"Silver Bullets"/マンブルコアの重鎮、その全貌を追う!
ジョセフィン・デッカー&"Art History"/セックス、繋がりであり断絶であり
ジョー・スワンバーグ&"The Zone"/マンブルコア界の変態王頂上決戦
ジョー・スワンバーグ&"Autoerotic"/オナニーにまつわる4つの変態小噺
ケント・オズボーン&"Uncle Kent"/友達っていうのは、恋人っていうのは
ジョー・スワンバーグ&"Caitlin Plays Herself"/私を演じる、抽象画を描く
ジョー・スワンバーグ&"Private Settings"/変態ボーイ meets ド変態ガール
リン・シェルトン&「ラブ・トライアングル」/三角関係、僕と君たち
ソフィア・タカール&"Green"/男たちを求め、男たちから逃れ難く
タイ・ウェスト&「インキーパーズ」/ミレニアル世代の幽霊屋敷探検

2012年

ライ・ルッソ=ヤング&"Nobody Walks"/誰もが変わる、色とりどりの響きと共に
エイミー・サイメッツ&"Sun Don't Shine"/私はただ人魚のように泳いでいたいだけ
ジョー・スワンバーグ&"Marriage Material"/誰かと共に生きていくことのままならさ
ケンタッカー・オードリー&"Open Five 2"/才能のない奴はインディー映画作るの止めろ!
ケイト・リン・シャイル&"Empire Builder"/米インディー界、後ろ向きの女王
マーサ・スティーブンス&"Pilgrim Song"/中年ダメ男は自分探しに山を行く
フランク・V・ロス&"Tiger Tail in Blue"/幻のほどける時、やってくる愛は……
サフディ兄弟&"The Black Baloon"/ニューヨーク、光と闇と黒い風船と
ネイサン・シルヴァー&「エレナ出口」/善意の居たたまれない行く末

2013年

アンドリュー・バジャルスキー&"Computer Chess"/テクノロジーの気まずい過渡期に
ジョー・スワンバーグ&"All the Light in the Sky"/過ぎゆく時間の愛おしさについて
ジョー・スワンバーグ&"24 Exposures"/テン年代に蘇る90's底抜け猟奇殺人映画
ジョー・スワンバーグ&「ドリンキング・バディーズ」/友情と愛情の狭間、曖昧な何か
リン・シェルトン&"Touchy Feely"/あなたに触れることの痛みと喜び
タイ・ウェスト&「サクラメント 死の楽園」/泡を吹け!マンブルコア大遠足会!
ネイサン・シルヴァー&"Soft in the Head"/食卓は言葉の弾丸飛び交う戦場
ジョセフィン・デッカー&"Butter on the Latch"/森に潜む混沌の夢々

2014年

ジョー・スワンバーグ&「ハッピー・クリスマス」/スワンバーグ、新たな可能性に試行錯誤の巻
リン・シェルトン&「アラサー女子の恋愛事情」/早く大人にならなくっちゃ
ローレンス・マイケル・レヴィーン&"Wild Canaries"/ヒップスターのブルックリン探偵物語!
サフディ兄弟&「神様なんかくそくらえ」/ニューヨーク、這いずり生きる奴ら
ネイサン・シルヴァー&"Uncertain Terms"/アメリカに広がる"水面下の不穏"

2015年

アンドリュー・バジャルスキー&「成果」/おかしなおかしな三角関係
ジョー・スワンバーグ&「新しい夫婦の見つけ方」/人生、そう単純なものなんかじゃない
フランク・V・ロス&"Bloomin Mud Shuffle"/愛してるから、分かり合えない
ネイサン・シルヴァー&"Stinking Heaven"/90年代の粒子に浮かび上がるカオス
アレックス・ロス・ペリー&"Queen of Earth"/今すぐに貴方を殺せば、誰にも知られることはないでしょう

2016年

タイ・ウェスト&"In a Valley of Violence"/暴力の谷、蘇る西部
ソフィア・タカール&「ブラック・ビューティー」/あなたが憎い、あなたになりたい

2017年

ジョー・スワンバーグ&「ギャンブラー」/欲に負かされ それでも一歩一歩進んで
リン・シェルトン&「不都合な自由」/20年の後の、再びの出会いは
E.L.カッツ&「スモール・クライム」/惨めにチンケに墜ちてくヤツら
ネイサン・シルヴァー&"Thirst Street"/パリ、極彩色の愛の妄執

2018年

アンドリュー・ブジャルスキ&"Support the Girls"/女を救えるのは女だけ!

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アンドリュー・バジャルスキー&「成果」/おかしなおかしな三角関係

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アンドリュー・バジャルスキー&"Funny Ha Ha"/マンブルコアって、まあ……何かこんなん、うん、だよね
アンドリュー・バジャルスキー&"Mutual Appreciation"/そしてマンブルコアが幕を開ける
アンドリュー・バジャルスキー&"Beeswax"/次に俺の作品をマンブルコアって言ったらブチ殺すぞ
アンドリュー・バジャルスキー&"Computer Chess"/テクノロジーの気まずい過渡期に
ジャルスキー監督の略歴、および長編作品についてはこの記事を参照

ジャルスキーはマンブルコアという括りが余り好きではないようだ。というか、まあ自身の作品の数々を1つの言葉に矮小化させられるのは誰だって嫌だろう(その1つの言葉にこだわって記事を書きまくってる私は何なんだ?という感じだが)彼の場合、前作の“Computer Chess”は明らかにマンブルコアという括りから逃れようとした痕跡が見られる奇妙な1作だった。そしてその流れは更に続く。ここで彼は何を捨て去ったのか。彼は素人俳優に背を向け、プロの俳優と映画を作ることを選んだのだ。そうして完成した第5長編“Results” aka「成果」(邦題が酷すぎる)は最もメインストリームに近づいた作品でありながら、“Computer Chess”すら越えてバジャルスキー史上最も奇妙な作品ともなった。

今作の主人公はダニー(「Fカップの憂うつ」ケヴィン・コリガン)という中年男性だ。妻との離婚という不幸に見舞われながら、その直後母親の莫大な遺産を相続するという幸運にも見舞われたのだが、彼は虚無的な面持ちでその金を浪費し続けていた。ある時彼はフラッとジムへと赴き、身体を鍛えたいと申し出る。“殴られても、それを受け止める男になりたいんだ” そうして出会ったのがジムのリーダーであるトレヴァー(「あなたとのキスまでの距離」ガイ・ピアース)とジムに所属するトレーナーの1人であるキャット(「ママと恋に落ちるまで」コビー・スマルダース)だった。

私たちはまずダニーという男の奇妙な行動の数々を目撃することとなる。ジムの代金を2年一括払いで支払い自宅でキャットと筋トレに励む彼は、しかし真面目なのか不真面目なのかよく分からない。ちゃんとスクワットしていたかと思えばキャットのお尻を凝視し始めたり、モンティパイソンについて語ったり、トレーニングすると言いながら何の躊躇もなくピザを喰いだす。挙げ句の果てには、ジムのPVに映るスクワット中のキャットのお尻をデカいスクリーンに映すため、真夜中に電気屋を呼んでパソコンとTVを繋げさせる始末だ。

だが物語が進むにつれ、ダニーだけではなくトレヴァーもキャットもどこか変な人間だと分かってくる。トレヴァーはジムの拡大を目指す典型的な筋トレ崇拝野郎で、新しいジムの建設予定地で瞑想/妄想をしてジューススタンドを作り出してしまうスピリチュアル野郎でもある。キャットはとにかくジムの仕事に命を懸けていて、月会費滞納中の主婦の車に体当たりしたり、同僚を差し置いてとにかく仕事がしたいとダニーの担当を横取りしたりと、妙に押しが強い。

今作はそんな奇妙な3人による奇妙な三角関係を描いた作品と表現してもいいだろう。お尻への凝視から伺える通りダニーはキャットに惹かれ、ひょんなことからセックスにまでもつれ込む。だが調子に乗って彼女のために自宅でサプライズパーティーを開くと、彼女は“アンタは一線を越えた”とブチ切れられてチャンスを失ってしまう。そんなキャットは昔トレヴァーと恋人関係だったらしく今でも何やかんやでセックスしたりするが、その関係性はなあなあで良く分からない。この三角関係はダイナミックにブッ壊れることもあれば、微妙なバランスで保たれている部分もあったり、かなり不思議な関係性が広がっていると言える。

思えばバジャルスキーは初期作から何度も三角関係のダイナミクスを物語の中心に据えてきた。デビュー作“Funny Ha Ha”は2人の男の間をプラップラと彷徨い続ける女性の姿を描いた作品であり、第2長編“Mutual Appreciation”は親友の恋人に想いを抱いてしまう主人公たちの三角関係が軸であったし、第3長編“Beeswax”も双子と片方の元彼だった男性の三角関係は作品を構成する大きな要素となっている。バジャルスキーは例外的にその要素に欠けた“Computer Chess”(3P未遂はあったが)を経て、また三角関係のダイナミクスに立ち戻ってきたという訳である。

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今作においてその三角関係という関係性を支えるのが肉体性というべき代物である。スポーツジムに関わる人々が中心人物なのだから当然と言えば当然だが、トレヴァーとキャットの2人は(時々ダニーも)ストイックに身体を鍛え続ける。かと言ってそれで精神が鍛えられるかと言えば真逆である。彼らはむしろ鍛えるごとに関係性の罠に嵌まり、物語は無駄に複雑化していく。

何度も書いてきているが、マンブルコアにおいて肉体性はとても重要な要素の1つだ。私の身体は私が語るという精神で以て、彼らはハリウッド俳優とは全く違う自分自身のだらしない身体をさらけ出して、そのだらしなさこそを物語のギミックとして昇華してきた(例えばセックスやオナニー、濡れ場撮影など)だが今回現れる身体はどちらかと言えばだらしないとは真逆の鍛え抜かれた身体ばかりが出てくると、指摘するかもしれない。だが自分自身の身体をさらけ出している意味では2つは共通しており、そして身体へのこだわりが先述の通り事態を複雑化させている意味で正にマンブルコアの常道を行っていると言っても過言ではないのだ。

さて、それにはもちろんさらけ出す身体を持った俳優たちがまた重要となるが、彼らは当然のように素晴らしい。ダニーを演じるケヴィン・コリガンは中年太りの身体を観客に見せつけながら、虚無的な中年男性をダウナーに演じきっている。そしてキャットを演じるコビー・スマルダースはそのスポーティーな身体を躍動させながら、情緒不安定で行動が全く読めない物語におけるトリックスター役を嬉々として演じている。だが最も印象的なのはトレヴァー演じるガイ・ピアースだ。彼は元ボディビルダーという異色の経歴を持つのだが、その経験をこれほど生かしきった役柄は今までになかっただろう。そのしなやかな肉体を思う存分晒し、天井を使った驚異の筋トレまで披露してくれる。彼は先述した肉体性を最も体現する人物であり、存在感に一番説得力があるのだ。

その他の出演陣としてはダニーと友人になる弁護士役に名脇役としてお馴染みジョヴァンニ・リビシトレヴァーと懇ろになる不動産アドバイザー役はドラマUnREALで活躍するコンスタンス・ジマートレヴァーの尊敬するトレーナー役には「ブレックファスト・クラブ」アンソニー・マイケル・ホール、彼の妻役はバトルシップのヒロインを演じたブルックリン・デッカーなど、主役から脇役まで有名俳優を多く配置しているのだ。“俳優は監督の友達かその友達の友達、もしくは自身の家族”というマンブルコアの大前提を嘲笑うかのようなキャスティングという訳である。おそらくこのキャスティングに最も顕著だが、今作においてはマンブルコア性とアンチマンブルコア性が激しく衝突しているのだ。であるなら、筆者である私はこの“Results”をマンブルコアと言うのか否か。答えはYesでありNoである。

“Results”はその精神性ーーつまりは関係性と肉体性を深く重んじているという意味で、正にマンブルコア以外の何物でもないい1作だ。バジャルスキーはマンブルコアと一体化し“Mutual Appreciation”以来最もマンブルコア的な作品を作り上げたという訳だ。だがしかしそこに限界まで肉薄したことによって、今作は真の意味で“マンブルコアの1本”ではなく“アンドリュー・バジャルスキー監督作”へと達することが出来た記念すべき作品と言える。それは今までのバジャルスキーの作品、つまりマンブルコアを代表すると言われる作品を比べれば分かる。まず描き出す物の範囲外がもう全く違う。最初に描いていた世界は主人公の半径5mの世界だが、今作では移動距離や人生のスケールなど含め半径5mなんかではない。演出自体も全く異なっている。初期は禅問答的な長回しが連続するものだったが、今作は細かいカット割りにディゾルブ、アイリス・インなど自由自在に映画技法を駆使している。それはバジャルスキーがマンブルコアの精神性をバジャルスキーという作家性へと昇華させたということの証左でもあるだろう。

そして、それは観客や批評家の反応からも証明されている。あれだけマンブルコアと連呼していた批評家たちの中の1人が、こんな題名の記事を書いたのだ。“マンブルコアという言葉が生まれて10年が経った。もう使うのは止めにしない?” そうして2015年、マンブルコアという1つの時代は幕を閉じ、作家たちはそれぞれの道を歩み始めるのである。

ちなみに今作は日本でも観られる数少ないバジャルスキー映画の1本である。現在Netflixで好評配信中なのだが、先にも書いた通り邦題は「成果」である。原題の直訳である。その安直さには、初めてその事実を知った時腰から力が抜ける勢いであったが、まあ日本語字幕つきで本作を観られるだけ有難いと思い直したものだ。ということで日本の皆さんにもマンブルコアの精神を継承したバジャルスキー映画が観られるので、是非とも観て欲しい訳である。

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結局マンブルコアって何だったんだ?
その1 アーロン・カッツ&"Dance Party, USA"/レイプカルチャー、USA
その2 ライ・ルッソ=ヤング&"You Wont Miss Me"/23歳の記憶は万華鏡のように
その3 アーロン・カッツ&"Quiet City"/つかの間、オレンジ色のときめきを
その4 ジョー・スワンバーグ&"Silver Bullets"/マンブルコアの重鎮、その全貌を追う!
その5 ケイト・リン・シャイル&"Empire Builder"/米インディー界、後ろ向きの女王
その6 ジョー・スワンバーグ&"Kissing on the Mouth"/私たちの若さはどこへ行くのだろう
その7 ジョー・スワンバーグ&"Marriage Material"/誰かと共に生きていくことのままならさ
その8 ジョー・スワンバーグ&"Nights and Weekends"/さよなら、さよならグレタ・ガーウィグ
その9 ジョー・スワンバーグ&"Alexander the Last"/誰かと生きるのは辛いけど、でも……
その10 ジョー・スワンバーグ&"The Zone"/マンブルコア界の変態王頂上決戦
その11 ジョー・スワンバーグ&"Private Settings"/変態ボーイ meets ド変態ガール
その12 アンドリュー・ブジャルスキー&"Funny Ha Ha"/マンブルコアって、まあ……何かこんなん、うん、だよね
その13 アンドリュー・ブジャルスキー&"Mutual Appreciation"/そしてマンブルコアが幕を開ける
その14 ケンタッカー・オードリー&"Team Picture"/口ごもる若き世代の逃避と不安
その15 アンドリュー・ブジャルスキー&"Beeswax"/次に俺の作品をマンブルコアって言ったらブチ殺すぞ
その16 エイミー・サイメッツ&"Sun Don't Shine"/私はただ人魚のように泳いでいたいだけ
その17 ケンタッカー・オードリー&"Open Five"/メンフィス、アイ・ラブ・ユー
その18 ケンタッカー・オードリー&"Open Five 2"/才能のない奴はインディー映画作るの止めろ!
その19 デュプラス兄弟&"The Puffy Chair"/ボロボロのソファー、ボロボロの3人
その20 マーサ・スティーブンス&"Pilgrim Song"/中年ダメ男は自分探しに山を行く
その21 デュプラス兄弟&"Baghead"/山小屋ホラーで愛憎すったもんだ
その22 ジョー・スワンバーグ&"24 Exposures"/テン年代に蘇る90's底抜け猟奇殺人映画
その23 マンブルコアの黎明に消えた幻 "Four Eyed Monsters"
その24 リチャード・リンクレイター&"ROS"/米インディー界の巨人、マンブルコアに(ちょっと)接近!
その25 リチャード・リンクレイター&"Slacker"/90年代の幕開け、怠け者たちの黙示録
その26 リチャード・リンクレイター&"It’s Impossible to Learn to Plow by Reading Books"/本を読むより映画を1本完成させよう
その27 ネイサン・シルヴァー&「エレナ出口」/善意の居たたまれない行く末
その28 ネイサン・シルヴァー&"Soft in the Head"/食卓は言葉の弾丸飛び交う戦場
その29 ネイサン・シルヴァー&"Uncertain Terms"/アメリカに広がる"水面下の不穏"
その30 ネイサン・シルヴァー&"Stinking Heaven"/90年代の粒子に浮かび上がるカオス
その31 ジョセフィン・デッカー&"Art History"/セックス、繋がりであり断絶であり
その32 ジョセフィン・デッカー&"Butter on the Latch"/森に潜む混沌の夢々
その33 ケント・オズボーン&"Uncle Kent"/友達っていうのは、恋人っていうのは
その34 ジョー・スワンバーグ&"LOL"/繋がり続ける世代を苛む"男らしさ"
その35 リン・シェルトン&"We Go Way Back"/23歳の私、あなたは今どうしてる?
その36 ジョー・スワンバーグ&「ハッピー・クリスマス」/スワンバーグ、新たな可能性に試行錯誤の巻
その37 タイ・ウェスト&"The Roost"/恐怖!コウモリゾンビ、闇からの襲撃!
その38 タイ・ウェスト&"Trigger Man"/狩人たちは暴力の引鉄を引く
その39 アダム・ウィンガード&"Home Sick"/初期衝動、血飛沫と共に大爆裂!
その40 タイ・ウェスト&"The House of the Devil"/再現される80年代、幕を開けるテン年代
その41 ジョー・スワンバーグ&"Caitlin Plays Herself"/私を演じる、抽象画を描く
その42 タイ・ウェスト&「インキーパーズ」/ミレニアル世代の幽霊屋敷探検
その43 アダム・ウィンガード&"Pop Skull"/ポケモンショック、待望の映画化
その44 リン・シェルトン&"My Effortless Brilliance"/2人の男、曖昧な感情の中で
その45 ジョー・スワンバーグ&"Autoerotic"/オナニーにまつわる4つの変態小噺
その46 ジョー・スワンバーグ&"All the Light in the Sky"/過ぎゆく時間の愛おしさについて
その47 ジョー・スワンバーグ&「ドリンキング・バディーズ」/友情と愛情の狭間、曖昧な何か
その48 タイ・ウェスト&「サクラメント 死の楽園」/泡を吹け!マンブルコア大遠足会!
その49 タイ・ウェスト&"In a Valley of Violence"/暴力の谷、蘇る西部
その50 ジョー・スワンバーグ&「ハンナだけど、生きていく!」/マンブルコア、ここに極まれり!
その51 ジョー・スワンバーグ&「新しい夫婦の見つけ方」/人生、そう単純なものなんかじゃない
その52 ソフィア・タカール&"Green"/男たちを求め、男たちから逃れ難く
その53 ローレンス・マイケル・レヴィーン&"Wild Canaries"/ヒップスターのブルックリン探偵物語!
その54 ジョー・スワンバーグ&「ギャンブラー」/欲に負かされ それでも一歩一歩進んで
その55 フランク・V・ロス&"Quietly on By"/ニートと出口の見えない狂気
その56 フランク・V・ロス&"Hohokam"/愛してるから、傷つけあって
その57 フランク・V・ロス&"Present Company"/離れられないまま、傷つけあって
その58 フランク・V・ロス&"Audrey the Trainwreck"/最後にはいつもクソみたいな気分
その59 フランク・V・ロス&"Tiger Tail in Blue"/幻のほどける時、やってくる愛は……
その60 フランク・V・ロス&"Bloomin Mud Shuffle"/愛してるから、分かり合えない
その61 E.L.カッツ&「スモール・クライム」/惨めにチンケに墜ちてくヤツら
その62 サフディ兄弟&"The Ralph Handel Story”/ニューヨーク、根無し草たちの孤独
その63 サフディ兄弟&"The Pleasure of Being Robbed"/ニューヨーク、路傍を駆け抜ける詩
その64 サフディ兄弟&"Daddy Longlegs"/この映画を僕たちの父さんに捧ぐ
その65 サフディ兄弟&"The Black Baloon"/ニューヨーク、光と闇と黒い風船と
その66 サフディ兄弟&「神様なんかくそくらえ」/ニューヨーク、這いずり生きる奴ら
その67 ライ・ルッソ=ヤング&"Nobody Walks"/誰もが変わる、色とりどりの響きと共に
その68 ソフィア・タカール&「ブラック・ビューティー」/あなたが憎い、あなたになりたい
その69 アンドリュー・バジャルスキー&"Computer Chess"/テクノロジーの気まずい過渡期に
その70 アンドリュー・バジャルスキー&「成果」/おかしなおかしな三角関係

Emre Yeksan&"Yuva"/兄と弟、山の奥底で

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 今年もヴェネチア国際映画祭が幕を開けた。今回はカンヌが世代交代を図って割りを喰ったとされる巨匠や鬼才がコンペティション部門に勢揃いし、今までにない盛り上がりを見せているが、ぶっちゃけ私はあんまり興味がない。それよりも、映画配信サイトFestival Scopeがコンペの裏で上映されている様々な作品を全世界に配信している方が私にとっては重要である。だってレビューが読めるだけじゃなく、実際に作品が観れてしまうのだから!ということで今回からヴェネチア期間中、お家でヴェネチア国際映画祭特集2018を開催したいと思う。まず最初に紹介するのはトルコの新鋭作家Emre Yeksanによる第2長編“Yuva”だ。

Emre Yeksanは1981年にトルコのイズミルに生まれた。ミーマル・スィナン美術大学とパリのソルボンヌ大学で映画製作について学び、そのままフランスでプロデューサーとしての活動を始める。携わった作品としては同じくフランスへと留学し映画を学んでいたブルガリア人監督カメン・カレフのデビュー作ソフィアの夜明けや第2長編“The Island”Hüseyin Karabey監督の“Were Dengê Min”などがある。その後、彼は故郷であるトルコのイスタンブールに戻り、映画監督としてのキャリアを歩み始める。まず監督したのが2017年に手掛けた第1長編“Körfez”だ。監督の故郷イズミルを舞台に、町をあてどなく彷徨うモラトリアムを謳歌する若者の姿を追った作品で、ヴェネチア国際映画祭でプレミア上映後、イスタンブール国際映画祭の国際批評家連盟賞(FIPRESCI Prize)を獲得するなど話題となる。そして2018年にはビエンナーレ・カレッジ参加を経て第2長編“Yuva”を完成させる。

とある山の奥深く、霧が濃厚な森の影に何者かの影が蠢いている。ゆっくりとカメラが肉薄していくうち、それが鬱蒼たる髭や髪を纏った男の影だと分かってくる。彼は既に動かなくなっている動物の身体の周りをうろついているのだ。そして突如猿のような雄叫びを上げたかと思うと、その身体を抱えて何処かへと向かう。目的地に着くと、彼は倒れた木の幹を器用に組み上げていき、何かを作っていく。それは死にゆく身体に捧げられる墓標だった。

この映画の主人公は名もなき中年男性(Kutay Sandikçi)、彼は灰色に染まった百獣の王ライオンといった風な容貌をさらけ出しながら、愛犬と共に山の中を駆け回る。彼は一体何者なのか?何の目的で以てこんな生活をしているのか?そんな観客の問いなど気にもせず、森の中で男は自由を謳歌する。

序盤において、映画は彼の生活風景を禁欲的なまでの淡々さで以て追い続ける。男は山の斜面を裸足で登ってゆくかと思えば、川を見つけると全裸になって水へと飛び込んでいく。そして濡れそぼつ身体のままに、まるで彼もまた犬と化してしまったかの如く鳴き声を響かせながら、愛犬と戯れに戯れるのだ。その姿は完全に野生児のそれである。

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 以前私はこのブログで「ドッグ・レディ」という作品を紹介した。今作は何匹もの犬たちと共にアルゼンチンの野原で自給自足の生活を送り続ける女性の姿を描いた作品で、その女性は正に犬のような存在感を湛えながら、資本主義の周縁で以て逞しく生存していた。“Yuva”の男も正にそんな存在である。更にはもはや演技だとかそういう問題ではなく、山に住む本物の野生児を見つけ出してドキュメンタリーを撮っていると、そんな風な印象を与えるほどに本作は迫真性に満ち溢れているのだ。

その印象をより力強くしているのが撮影監督Jakub Gizaによって捉えられるトルコの大自然の美しさだ。そこには森厳なる風景の数々が広がっている。林立する頑健な木々たちが纏う壮大なるオーラ、男が泳ぎに入る清らかな川の流れ、彼が組み上げた木の墓標の無骨で無造作な崇高さ。それらには観る者の心を震わせるほどの力が漲っている。

そんな中で男は森に入ってくる侵入者の姿を目撃する。銃を携えた制服の男たちは、こちらに気づくと苦々しげな視線を向けてくる。そしてある時、彼が自分の住む粗末な小屋へと戻ると、1人の男(Eray Cezayirlioğlu)が待ち構えていた。必死に逃走しながら、敢えなく捕らえられてしまった後、彼は男にこんな言葉を投げ掛けられる。“なあもう十分だろ、兄さん?”

こうして第2幕が始まるのだが、それは第1幕の壮大さに比べると些かミニマルな印象を与えるものとなっている。彼の名はハサン――そして同時に野生児の男の名はヴェイセルだと明らかにされる――といい、兄を連れ戻しにここにやってきたという。この土地は買収され開発される故、彼らに危害を加えられない内に助けにきたという訳だ。小屋の中で兄弟は対峙しながら、しかしヴェイセルは断固として山から出ていくことを拒否する。ハサンも交渉を続けるが、彼自身突然全てを放棄して世捨て人になり、母親の葬式にすら出なかった彼に対して複雑な感情を持ち合わせているようだ。そんな2人の対話は、しかし少し物語の停滞を感じさせてしまう。

それでもこの出来事をきっかけとして、失踪したヴェイセルをハサンが捜索する羽目になる第3幕は最も印象的な輝きを放っている。土地の買収者の圧力は更に強まり、とうとう実力行使に打って出てくる。その中をハサンが彷徨う様は静かなる戦争映画を眺めているようだ。そしてその道行きは崇高なる自然を背景として、やがて兄弟の内面世界へと至る精神的旅路へと変貌する。様々なジャンルの越境を経て、そこでこそ今作は真の姿を観客に披露するのである。それに私たちは茫然とするしかないだろう。

“Yuva”はトルコの大自然を舞台とした、それ自体が深遠なる謎である。これを観る者たちは当惑すると共に、しかし筆舌に尽くしがたい畏敬の念すらも覚える自分の心の移ろいに気づく筈だ。

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私の好きな監督・俳優シリーズ
その201 Yared Zeleke&"Lamb"/エチオピア、男らしさじゃなく自分らしさのために
その202 João Viana&"A batalha de Tabatô"/ギニアビサウ、奪われた故郷への帰還
その203 Sithasolwazi Kentane&"Woman Undressed"/ Black African Female Me
その204 Victor Viyuoh&"Ninah's Dowry"/カメルーン、流れる涙と大いなる怒り
その205 Tobias Nölle&"Aloys"/私たちを動かす全ては、頭の中にだけあるの?
その206 Michalina Olszańska&"Já, Olga Hepnarová"/私、オルガ・ヘプナロヴァはお前たちに死刑を宣告する
その207 Agnieszka Smoczynska&"Córki dancingu"/人魚たちは極彩色の愛を泳ぐ
その208 Rosemary Myers&"Girl Asleep"/15歳、吐き気と不安の思春期ファンタジー!
その209 Nanfu Wang&"Hooligan Sparrow"/カメラ、沈黙を切り裂く力
その210 Massoud Bakhshi&"Yek khanévadéh-e mohtaram"/革命と戦争、あの頃失われた何か
その211 Juni Shanaj&"Pharmakon"/アルバニア、誕生の後の救いがたき孤独
その212 済藤鉄腸オリジナル、2010年代注目の映画監督ベスト100!!!!!
その213 アレクサンドラ・ニエンチク&"Centaur"/ボスニア、永遠のごとく引き伸ばされた苦痛
その214 フィリップ・ルザージュ&「僕のまわりにいる悪魔」/悪魔たち、密やかな蠢き
その215 ジョアン・サラヴィザ&"Montanha"/全てはいつの間にか過ぎ去り
その216 Tizza Covi&"Mister Universo"/イタリア、奇跡の男を探し求めて
その217 Sofia Exarchou&"Park"/アテネ、オリンピックが一体何を残した?
その218 ダミアン・マニヴェル&"Le Parc"/愛が枯れ果て、闇が訪れる
その219 カエル・エルス&「サマー・フィーリング」/彼女の死の先にも、人生は続いている
その220 Kazik Radwanski&"How Heavy This Hammer"/カナダ映画界の毛穴に迫れ!
その221 Vladimir Durán&"Adiós entusiasmo"/コロンビア、親子っていうのは何ともかんとも
その222 Paul Negoescu&"O lună în Thailandă"/今の幸せと、ありえたかもしれない幸せと
その223 Anatol Durbală&"Ce lume minunată"/モルドバ、踏み躙られる若き命たち
その224 Jang Woo-jin&"Autumn, Autumn"/でも、幸せって一体どんなだっただろう?
その225 Jérôme Reybaud&"Jours de France"/われらがGrindr世代のフランスよ
その226 Sebastian Mihăilescu&"Apartament interbelic, în zona superbă, ultra-centrală"/ルーマニアと日本、奇妙な交わり
その227 パス・エンシナ&"Ejercicios de memoria"/パラグアイ、この忌まわしき記憶をどう語ればいい?
その228 アリス・ロウ&"Prevenge"/私の赤ちゃんがクソ共をブチ殺せと囁いてる
その229 マッティ・ドゥ&"Dearest Sister"/ラオス、横たわる富と恐怖の溝
その230 アンゲラ・シャーネレク&"Orly"/流れゆく時に、一瞬の輝きを
その231 スヴェン・タディッケン&「熟れた快楽」/神の消失に、性の荒野へと
その232 Asaph Polonsky&"One Week and a Day"/イスラエル、哀しみと真心のマリファナ
その233 Syllas Tzoumerkas&"A blast"/ギリシャ、激発へと至る怒り
その234 Ektoras Lygizos&"Boy eating the bird's food"/日常という名の奇妙なる身体性
その235 Eloy Domínguez Serén&"Ingen ko på isen"/スウェーデン、僕の生きる場所
その236 Emmanuel Gras&"Makala"/コンゴ、夢のために歩き続けて
その237 ベロニカ・リナス&「ドッグ・レディ」/そして、犬になる
その238 ルクサンドラ・ゼニデ&「テキールの奇跡」/奇跡は這いずる泥の奥から
その239 Milagros Mumenthaler&"La idea de un lago"/湖に揺らめく記憶たちについて
その240 アッティラ・ティル&「ヒットマン:インポッシブル」/ハンガリー、これが僕たちの物語
その241 Vallo Toomla&"Teesklejad"/エストニア、ガラスの奥の虚栄
その242 Ali Abbasi&"Shelly"/この赤ちゃんが、私を殺す
その243 Grigor Lefterov&"Hristo"/ソフィア、薄紫と錆色の街
その244 Bujar Alimani&"Amnestia"/アルバニア、静かなる激動の中で
その245 Livia Ungur&"Hotel Dallas"/ダラスとルーマニアの奇妙な愛憎
その246 Edualdo Williams&"El auge del humano"/うつむく世代の生温き黙示録
その247 Ralitza Petrova&"Godless"/神なき後に、贖罪の歌声を
その248 Ben Young&"Hounds of Love"/オーストラリア、愛のケダモノたち
その249 Izer Aliu&"Hunting Flies"/マケドニア、巻き起こる教室戦争
その250 Ana Urushadze&"Scary Mother"/ジョージア、とある怪物の肖像
その251 Ilian Metev&"3/4"/一緒に過ごす最後の夏のこと
その252 Cyril Schäublin&"Dene wos guet geit"/Wi-Fi スマートフォン ディストピア
その253 Alena Lodkina&"Strange Colours"/オーストラリア、かけがえのない大地で
その254 Kevan Funk&"Hello Destroyer"/カナダ、スポーツという名の暴力
その255 Katarzyna Rosłaniec&"Szatan kazał tańczyć"/私は負け犬になるため生まれてきたんだ
その256 Darío Mascambroni&"Mochila de plomo"/お前がぼくの父さんを殺したんだ
その257 ヴィルジル・ヴェルニエ&"Sophia Antipolis"/ソフィア・アンティポリスという名の少女
その258 Matthieu Bareyre&“l’Epoque”/パリ、この夜は私たちのもの
その259 André Novais Oliveira&"Temporada"/止まることない愛おしい時の流れ
その260 Xacio Baño&"Trote"/ガリシア、人生を愛おしむ手つき
その261 Joshua Magar&"Siyabonga"/南アフリカ、ああ俳優になりたいなぁ
その262 Ognjen Glavonić&"Dubina dva"/トラックの棺、肉体に埋まる銃弾
その263 Nelson Carlo de Los Santos Arias&"Cocote"/ドミニカ共和国、この大いなる国よ
その264 Arí Maniel Cruz&"Antes Que Cante El Gallo"/プエルトリコ、貧しさこそが彼女たちを
その265 Farnoosh Samadi&"Gaze"/イラン、私を追い続ける視線
その266 Alireza Khatami&"Los Versos del Olvido"/チリ、鯨は失われた過去を夢見る
その267 Nicole Vögele&"打烊時間"/台湾、眠らない街 眠らない人々
その268 Ashley McKenzie&"Werewolf"/あなたしかいないから、彷徨い続けて
その269 エミール・バイガジン&"Ranenyy angel"/カザフスタン、希望も未来も全ては潰える
その270 Adriaan Ditvoorst&"De witte waan"/オランダ映画界、悲運の異端児
その271 ヤン・P・マトゥシンスキ&「最後の家族」/おめでとう、ベクシンスキー
その272 Liryc Paolo Dela Cruz&"Sa pagitan ng pagdalaw at paglimot"/フィリピン、世界があなたを忘れ去ろうとも
その273 ババク・アンバリ&「アンダー・ザ・シャドウ」/イラン、母という名の影
その274 Vlado Škafar&"Mama"/スロヴェニア、母と娘は自然に抱かれて
その275 Salomé Jashi&"The Dazzling Light of Sunset"/ジョージア、ささやかな日常は世界を映す
その276 Gürcan Keltek&"Meteorlar"/クルド、廃墟の頭上に輝く流れ星
その277 Filipa Reis&"Djon África"/カーボベルデ、自分探しの旅へ出かけよう!
その278 Travis Wilkerson&"Did You Wonder Who Fired the Gun?"/その"白"がアメリカを燃やし尽くす
その279 Mariano González&"Los globos"/父と息子、そこに絆はあるのか?
その280 Tonie van der Merwe&"Revenge"/黒人たちよ、アパルトヘイトを撃ち抜け!
その281 Bodzsár Márk&"Isteni müszak"/ブダペスト、夜を駆ける血まみれ救急車
その282 Winston DeGiobbi&"Mass for Shut-Ins"/ノヴァスコシア、どこまでも広がる荒廃
その283 パスカル・セルヴォ&「ユーグ」/身も心も裸になっていけ!
その284 Ana Cristina Barragán&"Alba"/エクアドル、変わりゆくわたしの身体を知ること
その285 Kyros Papavassiliou&"Impressions of a Drowned Man"/死してなお彷徨う者の詩
その286 未公開映画を鑑賞できるサイトはどこ?日本からも観られる海外配信サイト6選!
その287 Kaouther Ben Hania&"Beauty and the Dogs"/お前はこの国を、この美しいチュニジアを愛してるか?
その288 Chloé Robichaud&"Pays"/彼女たちの人生が交わるその時に
その289 Kantemir Balagov&"Closeness"/家族という名の絆と呪い
その290 Aleksandr Khant&"How Viktor 'the Garlic' Took Alexey 'the Stud' to the Nursing Home"/オトンとオレと、時々、ロシア
その291 Ivan I. Tverdovsky&"Zoology"/ロシア、尻尾に芽生える愛と闇
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アンドリュー・バジャルスキー&"Computer Chess"/テクノロジーの気まずい過渡期に

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当時の若者世代を象徴していると思われていたジャンル“マンブルコア”、そのゴッドファーザーと言われたアンドリュー・バジャルスキーも、しかし他の皆と同じように大人になるのである。前作“Beeswax”製作後に彼は結婚、息子も生まれ、更には家を所有することにもなった。自身の人生が進展するにつれ、必然的に映画製作においても彼は新たなるフィールドへ足を踏み入れる。そうして生まれた作品こそ、2013年製作のバジャルスキーによる第4長編“Computer Chess”だった。

舞台は1980年、とあるホテルでチェス大会が開催されることとなる。だがそれは人と人が戦う普通のチェスではない。戦うのはコンピューター同士、この大会はそこに搭載されたAI同士がチェスで凌ぎを削る大会であったのだ。そして筋金入りの研究者たちaka筋金入りのオタクたちがコンピューターを抱えて、ホテルの一室に集結する。

観客は一目見ただけで、今作はバジャルスキーの今までの作品とは、というか他の通り一遍のインディー映画とは一線を画するものだというのに気づくはずだ。何と言っても映像が薄ぼんやりとしたビデオ画質の白黒映像なのである。これは70年代のビデオカメラ黎明期に作られたSony AVC3260によって撮影されているのだが(撮影監督はバジャルスキー作品常連のMatthias Grunsky)、それによってまるで1980年当時実際に撮影されながら、長い間埋もれていたが近年発掘され皆の前で放送されているといった風な唯一無二の風格を湛えているのだ。

しかし物語のとりとめのなさにはバジャルスキーの面影が未だに残っている。まずチェス大会のコンファレンスに始まり、AI同士のチェス対戦が幕を開け、熾烈な戦いが繰り広げられるかと思えばコンピューターに不具合が出て棄権なんてのもあり、そしてホテルの部屋が予約されてなかっただとか参加者をめぐるゴタゴタが巻き起こる最中、他の参加者たちはAIと人類を巡る未来に関する哲学的な対話を行うなどなど、様々な光景が浮かんでは消えていく。

映像によってはもちろんのことだが、物語には妙に迫真性のあるリアリティが宿っている。それを支える1つの要素がプロダクションデザイナーMichael Brickerや衣装担当Colin Wilkesによる髪や服装などの美術の作り込みだろう。そしてコンピューター面でもバジャルスキーに抜かりはない。彼はずっと素人俳優を起用してきたが今回も同様で、その上実際にこの分野の知識がある人物を連れてきた訳である。そして脚本はたったの8ページで(完全な脚本を用意しなかったのはバジャルスキー作品史上初めてだという)ほぼアドリブで作品を組み上げていったという。こうして知識に裏打ちされた行動や言葉が、今作のリアリティを底上げしたのだ。

更に今作を魅力的にするのは随所に現れる不思議要素の数々だ。この時代はニューエイジ思想が勃興し始めた時代だが、ホテルにもその思想を啓蒙する団体が滞在しており、折に触れてその儀式がチェス大会の間に挿入されていく。中でも大会の参加者の1人であるマイク・パパジョージ(Myles Paige)は儀式に巻き込まれて新たな世界を見つけ出したり、ホテルを彷徨ううちに奇妙な大群ネコちゃん幻想に遭遇することになる。これは一体何なのか、多分バジャルスキー自身にも分かっていないんじゃないか。

それでも彼の作家性という刻印は確かに今作に存在している。それは人と人との関係性に不可避的に介在する気まずさだ。それを象徴するのがピーター(Patrick Riester)という青年である。彼は分かりやすい言葉で言えば所謂コミュ障であり、典型的にパソコンだけが友人な青年だ。そんな彼が否応なく人と関わるごとに変な空気が流れる訳である。参加者夫婦に3Pに誘われて逃走したり、シェリー(Robin Schwartz)というオタク女子に“人がチェスの駒に見える”と相談されても何も言えずすごすご退散したり……それに釣られて観客の顔に苦笑を浮かばせる技術は正にバジャルスキーお家芸だろう。

人と関係性を構築する際には避けられない気まずさへの洞察、進歩していくテクノロジーへの哲学的な考察、70年代の終わりと80年代の始まりという過渡期を捉えた肖像画、それが組合わさることで“Computer Chess”は見たことのないエキサイティングな怪作と化し、バジャルスキーはマンブルコアという枷から抜け出したと言えるだろう。この奇妙さは一見の価値ありである。
 
 

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結局マンブルコアって何だったんだ?
その1 アーロン・カッツ&"Dance Party, USA"/レイプカルチャー、USA
その2 ライ・ルッソ=ヤング&"You Wont Miss Me"/23歳の記憶は万華鏡のように
その3 アーロン・カッツ&"Quiet City"/つかの間、オレンジ色のときめきを
その4 ジョー・スワンバーグ&"Silver Bullets"/マンブルコアの重鎮、その全貌を追う!
その5 ケイト・リン・シャイル&"Empire Builder"/米インディー界、後ろ向きの女王
その6 ジョー・スワンバーグ&"Kissing on the Mouth"/私たちの若さはどこへ行くのだろう
その7 ジョー・スワンバーグ&"Marriage Material"/誰かと共に生きていくことのままならさ
その8 ジョー・スワンバーグ&"Nights and Weekends"/さよなら、さよならグレタ・ガーウィグ
その9 ジョー・スワンバーグ&"Alexander the Last"/誰かと生きるのは辛いけど、でも……
その10 ジョー・スワンバーグ&"The Zone"/マンブルコア界の変態王頂上決戦
その11 ジョー・スワンバーグ&"Private Settings"/変態ボーイ meets ド変態ガール
その12 アンドリュー・ブジャルスキー&"Funny Ha Ha"/マンブルコアって、まあ……何かこんなん、うん、だよね
その13 アンドリュー・ブジャルスキー&"Mutual Appreciation"/そしてマンブルコアが幕を開ける
その14 ケンタッカー・オードリー&"Team Picture"/口ごもる若き世代の逃避と不安
その15 アンドリュー・ブジャルスキー&"Beeswax"/次に俺の作品をマンブルコアって言ったらブチ殺すぞ
その16 エイミー・サイメッツ&"Sun Don't Shine"/私はただ人魚のように泳いでいたいだけ
その17 ケンタッカー・オードリー&"Open Five"/メンフィス、アイ・ラブ・ユー
その18 ケンタッカー・オードリー&"Open Five 2"/才能のない奴はインディー映画作るの止めろ!
その19 デュプラス兄弟&"The Puffy Chair"/ボロボロのソファー、ボロボロの3人
その20 マーサ・スティーブンス&"Pilgrim Song"/中年ダメ男は自分探しに山を行く
その21 デュプラス兄弟&"Baghead"/山小屋ホラーで愛憎すったもんだ
その22 ジョー・スワンバーグ&"24 Exposures"/テン年代に蘇る90's底抜け猟奇殺人映画
その23 マンブルコアの黎明に消えた幻 "Four Eyed Monsters"
その24 リチャード・リンクレイター&"ROS"/米インディー界の巨人、マンブルコアに(ちょっと)接近!
その25 リチャード・リンクレイター&"Slacker"/90年代の幕開け、怠け者たちの黙示録
その26 リチャード・リンクレイター&"It’s Impossible to Learn to Plow by Reading Books"/本を読むより映画を1本完成させよう
その27 ネイサン・シルヴァー&「エレナ出口」/善意の居たたまれない行く末
その28 ネイサン・シルヴァー&"Soft in the Head"/食卓は言葉の弾丸飛び交う戦場
その29 ネイサン・シルヴァー&"Uncertain Terms"/アメリカに広がる"水面下の不穏"
その30 ネイサン・シルヴァー&"Stinking Heaven"/90年代の粒子に浮かび上がるカオス
その31 ジョセフィン・デッカー&"Art History"/セックス、繋がりであり断絶であり
その32 ジョセフィン・デッカー&"Butter on the Latch"/森に潜む混沌の夢々
その33 ケント・オズボーン&"Uncle Kent"/友達っていうのは、恋人っていうのは
その34 ジョー・スワンバーグ&"LOL"/繋がり続ける世代を苛む"男らしさ"
その35 リン・シェルトン&"We Go Way Back"/23歳の私、あなたは今どうしてる?
その36 ジョー・スワンバーグ&「ハッピー・クリスマス」/スワンバーグ、新たな可能性に試行錯誤の巻
その37 タイ・ウェスト&"The Roost"/恐怖!コウモリゾンビ、闇からの襲撃!
その38 タイ・ウェスト&"Trigger Man"/狩人たちは暴力の引鉄を引く
その39 アダム・ウィンガード&"Home Sick"/初期衝動、血飛沫と共に大爆裂!
その40 タイ・ウェスト&"The House of the Devil"/再現される80年代、幕を開けるテン年代
その41 ジョー・スワンバーグ&"Caitlin Plays Herself"/私を演じる、抽象画を描く
その42 タイ・ウェスト&「インキーパーズ」/ミレニアル世代の幽霊屋敷探検
その43 アダム・ウィンガード&"Pop Skull"/ポケモンショック、待望の映画化
その44 リン・シェルトン&"My Effortless Brilliance"/2人の男、曖昧な感情の中で
その45 ジョー・スワンバーグ&"Autoerotic"/オナニーにまつわる4つの変態小噺
その46 ジョー・スワンバーグ&"All the Light in the Sky"/過ぎゆく時間の愛おしさについて
その47 ジョー・スワンバーグ&「ドリンキング・バディーズ」/友情と愛情の狭間、曖昧な何か
その48 タイ・ウェスト&「サクラメント 死の楽園」/泡を吹け!マンブルコア大遠足会!
その49 タイ・ウェスト&"In a Valley of Violence"/暴力の谷、蘇る西部
その50 ジョー・スワンバーグ&「ハンナだけど、生きていく!」/マンブルコア、ここに極まれり!
その51 ジョー・スワンバーグ&「新しい夫婦の見つけ方」/人生、そう単純なものなんかじゃない
その52 ソフィア・タカール&"Green"/男たちを求め、男たちから逃れ難く
その53 ローレンス・マイケル・レヴィーン&"Wild Canaries"/ヒップスターのブルックリン探偵物語!
その54 ジョー・スワンバーグ&「ギャンブラー」/欲に負かされ それでも一歩一歩進んで
その55 フランク・V・ロス&"Quietly on By"/ニートと出口の見えない狂気
その56 フランク・V・ロス&"Hohokam"/愛してるから、傷つけあって
その57 フランク・V・ロス&"Present Company"/離れられないまま、傷つけあって
その58 フランク・V・ロス&"Audrey the Trainwreck"/最後にはいつもクソみたいな気分
その59 フランク・V・ロス&"Tiger Tail in Blue"/幻のほどける時、やってくる愛は……
その60 フランク・V・ロス&"Bloomin Mud Shuffle"/愛してるから、分かり合えない
その61 E.L.カッツ&「スモール・クライム」/惨めにチンケに墜ちてくヤツら
その62 サフディ兄弟&"The Ralph Handel Story”/ニューヨーク、根無し草たちの孤独
その63 サフディ兄弟&"The Pleasure of Being Robbed"/ニューヨーク、路傍を駆け抜ける詩
その64 サフディ兄弟&"Daddy Longlegs"/この映画を僕たちの父さんに捧ぐ
その65 サフディ兄弟&"The Black Baloon"/ニューヨーク、光と闇と黒い風船と
その66 サフディ兄弟&「神様なんかくそくらえ」/ニューヨーク、這いずり生きる奴ら
その67 ライ・ルッソ=ヤング&"Nobody Walks"/誰もが変わる、色とりどりの響きと共に
その68 ソフィア・タカール&「ブラック・ビューティー」/あなたが憎い、あなたになりたい
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Ivan I. Tverdovsky&"Zoology"/ロシア、尻尾に芽生える愛と闇

さてここ連続して、ブログでロシア映画の記事ばかり執筆しているのに皆さん気づいているだろうか。というのも最近Soviet and Russian Moviesという未公開映画配信サイトを見つけ、ここで新作を片っ端から観ているからなのだ。ここは名前の通りソ連/ロシア映画を配信しているサイトで、セルゲイ・エイゼンシュタイン戦艦ポチョムキンからアンドレイ・ズビャギンツェフ「ラブレス」まで旧作新作を配信、もちろん未公開映画も多数取り揃えている。という訳で個人的にロシア映画ブームが来ており、記事を多く執筆しているのだ。さて今回はロシア映画界の新鋭トリックスターIvan I. Tverdovsky監督による奇妙なラブストーリー“Zoology”を紹介していきたいと思う。

本作の主人公はナターシャ(Natalya Pavlenkova)という中年女性だ。動物園で事務員として働く彼女は職場では同僚に嘲笑われ、家では耄碌した母親(Irina Chipizhenko)によく分からない話を聞かされ続け、どこにも居場所がない孤独な生活を送っていた。そんな彼女はドン詰まりの生活の中で、1つだけある秘密を抱えていたのだった。

“Zoology”はまず悲惨なほどに孤独なナターシャの生活を見つめ続ける。撮影監督Aleksandr Mikeladzeによる手振れカメラは、今にも壊れてしまいそうな幸薄さを湛えた彼女が寂しさに耐え忍びながらも、同僚たちに陰口を叩かれたり大量のネズミをけしかけられるなど確実に精神を削られていく姿を追いかけていく。唯一心落ち着くのは動物園で檻の中の動物たちと戯れる時だけだ。ライオンにエサをやり、騒ぎ回る猿に“いたずらな子!”と声をかけたり。その時だけはナターシャの顔にも笑顔が浮かぶのだ、その時だけは。

そんな彼女はお尻に痛みを感じ、病院へと駆け込む。医師であるペーチャ(Dmitriy Groshev)にレントゲンを取ってもらうことになるのだが、彼女はどうしても下半身を彼の前に晒そうとはしない。それでも最後には覆いを取ってしまうと、何と膝くらいまで届く細長い肌色の尻尾がそこにはあったのだった。

この作品は寒々しいロシアの岸辺の町を舞台とした、大人向けの少し不思議なファンタジー映画だとひとまず言えるだろう。尻尾はなかなかにリアルでグロテスクな印象を受ける人もいるかもしれない(その辺りは人魚伝説を大胆にアレンジしたポーランドゆれる人魚を彷彿とさせる)だが序盤はダルデンヌ兄弟風の社会派リアリズム的演出も相まって、それほど現実離れした筋道を辿ることがない。ナターシャも医師も尻尾の存在に何故だか余り驚かないのである。

だが物語はある出来事をきっかけに進展していく。診察の際にナターシャはレントゲン医師のペーチャと出会った訳であるが、治療の都合で何度も彼の元へ通ううちに、2人は仲良くなっていく。ワインを一緒に飲んだり、岸辺にある秘密の場所でソリに乗ったりする中で彼女たちは惹かれあい、そしてとうとう唇を重ねあうまでになる。

という訳で今作は男女逆転版シェイプ・オブ・ウォーターとも言うべきーーナターシャは怪物とまでは行かないがーーロマンス劇へと舵を切り始める。本作が上映された際“怪物はいつも男で、それを受け入れるのはいつも男だ”という呟きをTwitterで見かけ、確かにその通りかもしれないと思っていたのだが、遡ること1年前に遠きロシアで“怪物は女で、それを受け入れるのは男”というロマンス映画が作られていた訳である。その愛の光景は本当に微笑ましく、ロシアの寒さを吹き飛ばすような暖かさに満ち溢れている(ついでに年齢が女>男という恋物語のもかなり珍しいだろう)

しかしだんだんとその愛に不穏な影が差し始めるのに観客は気づくだろう。ダンス場で2人は音楽に合わせ踊るのだが、余りにも舞い上がりすぎたナターシャのドレスから尻尾が飛び出してしまう。すると周囲の客は悲鳴を挙げて、凄まじい勢いでダンス場から逃げ出していくのだ。更に通りを歩いている時、うっかり尻尾をチラと見せてしまうものなら、通行人はまるで狂人を見るような目つきで睨みつけ、ナターシャを避けていく。ここにおいては“普通”からは逸脱した物に対する恐怖や軽蔑が現れ出ていて、それは国を問わないものだろうが、ロシア国内から見るとそれらはまた違って見えてくるらしい。今作のレビューを書く際、色々と海外のレビューを漁っていたのだが、Varietyのレビューにおそらくロシア在住者によるものだろう興味深いコメントがついていたので、それを紹介しよう。

"この作品は私生活を公にしたLGBTの人々を虐げる国における、暗喩に満ちた同性愛映画なんです。ナターシャの動物園での同僚は彼女を怠け者と考えていて、自分たちが飼育している檻の中の動物たちと彼女が密接な関係にあるのに気付いていません。ナターシャの隣人たちは彼女を自分たちと同じ価値観を持つ人物だと思っているが、その価値観は主流にある故に、自分たちが彼女を傷つけていると気付けていません。最終的にナターシャが"本質的に悪である"と彼女の母が気付いた時、母は自分が理解できない悪魔を祓うため部屋を十字架で埋めていきます。ロシア正教の神父がナターシャを祝福する方法が分からなかったり、聖餐を行おうとしないのもつまりはそういうことです"*1

“Zoology”はそうして暖かな愛の風景と凍えるようなロシアの闇が交錯する、中年女性のためのお伽噺なのである。この極寒の地で彼女は幸せを掴めるのだろうか。その余韻は頗る深いものだ。

私の好きな監督・俳優シリーズ
その201 Yared Zeleke&"Lamb"/エチオピア、男らしさじゃなく自分らしさのために
その202 João Viana&"A batalha de Tabatô"/ギニアビサウ、奪われた故郷への帰還
その203 Sithasolwazi Kentane&"Woman Undressed"/ Black African Female Me
その204 Victor Viyuoh&"Ninah's Dowry"/カメルーン、流れる涙と大いなる怒り
その205 Tobias Nölle&"Aloys"/私たちを動かす全ては、頭の中にだけあるの?
その206 Michalina Olszańska&"Já, Olga Hepnarová"/私、オルガ・ヘプナロヴァはお前たちに死刑を宣告する
その207 Agnieszka Smoczynska&"Córki dancingu"/人魚たちは極彩色の愛を泳ぐ
その208 Rosemary Myers&"Girl Asleep"/15歳、吐き気と不安の思春期ファンタジー!
その209 Nanfu Wang&"Hooligan Sparrow"/カメラ、沈黙を切り裂く力
その210 Massoud Bakhshi&"Yek khanévadéh-e mohtaram"/革命と戦争、あの頃失われた何か
その211 Juni Shanaj&"Pharmakon"/アルバニア、誕生の後の救いがたき孤独
その212 済藤鉄腸オリジナル、2010年代注目の映画監督ベスト100!!!!!
その213 アレクサンドラ・ニエンチク&"Centaur"/ボスニア、永遠のごとく引き伸ばされた苦痛
その214 フィリップ・ルザージュ&「僕のまわりにいる悪魔」/悪魔たち、密やかな蠢き
その215 ジョアン・サラヴィザ&"Montanha"/全てはいつの間にか過ぎ去り
その216 Tizza Covi&"Mister Universo"/イタリア、奇跡の男を探し求めて
その217 Sofia Exarchou&"Park"/アテネ、オリンピックが一体何を残した?
その218 ダミアン・マニヴェル&"Le Parc"/愛が枯れ果て、闇が訪れる
その219 カエル・エルス&「サマー・フィーリング」/彼女の死の先にも、人生は続いている
その220 Kazik Radwanski&"How Heavy This Hammer"/カナダ映画界の毛穴に迫れ!
その221 Vladimir Durán&"Adiós entusiasmo"/コロンビア、親子っていうのは何ともかんとも
その222 Paul Negoescu&"O lună în Thailandă"/今の幸せと、ありえたかもしれない幸せと
その223 Anatol Durbală&"Ce lume minunată"/モルドバ、踏み躙られる若き命たち
その224 Jang Woo-jin&"Autumn, Autumn"/でも、幸せって一体どんなだっただろう?
その225 Jérôme Reybaud&"Jours de France"/われらがGrindr世代のフランスよ
その226 Sebastian Mihăilescu&"Apartament interbelic, în zona superbă, ultra-centrală"/ルーマニアと日本、奇妙な交わり
その227 パス・エンシナ&"Ejercicios de memoria"/パラグアイ、この忌まわしき記憶をどう語ればいい?
その228 アリス・ロウ&"Prevenge"/私の赤ちゃんがクソ共をブチ殺せと囁いてる
その229 マッティ・ドゥ&"Dearest Sister"/ラオス、横たわる富と恐怖の溝
その230 アンゲラ・シャーネレク&"Orly"/流れゆく時に、一瞬の輝きを
その231 スヴェン・タディッケン&「熟れた快楽」/神の消失に、性の荒野へと
その232 Asaph Polonsky&"One Week and a Day"/イスラエル、哀しみと真心のマリファナ
その233 Syllas Tzoumerkas&"A blast"/ギリシャ、激発へと至る怒り
その234 Ektoras Lygizos&"Boy eating the bird's food"/日常という名の奇妙なる身体性
その235 Eloy Domínguez Serén&"Ingen ko på isen"/スウェーデン、僕の生きる場所
その236 Emmanuel Gras&"Makala"/コンゴ、夢のために歩き続けて
その237 ベロニカ・リナス&「ドッグ・レディ」/そして、犬になる
その238 ルクサンドラ・ゼニデ&「テキールの奇跡」/奇跡は這いずる泥の奥から
その239 Milagros Mumenthaler&"La idea de un lago"/湖に揺らめく記憶たちについて
その240 アッティラ・ティル&「ヒットマン:インポッシブル」/ハンガリー、これが僕たちの物語
その241 Vallo Toomla&"Teesklejad"/エストニア、ガラスの奥の虚栄
その242 Ali Abbasi&"Shelly"/この赤ちゃんが、私を殺す
その243 Grigor Lefterov&"Hristo"/ソフィア、薄紫と錆色の街
その244 Bujar Alimani&"Amnestia"/アルバニア、静かなる激動の中で
その245 Livia Ungur&"Hotel Dallas"/ダラスとルーマニアの奇妙な愛憎
その246 Edualdo Williams&"El auge del humano"/うつむく世代の生温き黙示録
その247 Ralitza Petrova&"Godless"/神なき後に、贖罪の歌声を
その248 Ben Young&"Hounds of Love"/オーストラリア、愛のケダモノたち
その249 Izer Aliu&"Hunting Flies"/マケドニア、巻き起こる教室戦争
その250 Ana Urushadze&"Scary Mother"/ジョージア、とある怪物の肖像
その251 Ilian Metev&"3/4"/一緒に過ごす最後の夏のこと
その252 Cyril Schäublin&"Dene wos guet geit"/Wi-Fi スマートフォン ディストピア
その253 Alena Lodkina&"Strange Colours"/オーストラリア、かけがえのない大地で
その254 Kevan Funk&"Hello Destroyer"/カナダ、スポーツという名の暴力
その255 Katarzyna Rosłaniec&"Szatan kazał tańczyć"/私は負け犬になるため生まれてきたんだ
その256 Darío Mascambroni&"Mochila de plomo"/お前がぼくの父さんを殺したんだ
その257 ヴィルジル・ヴェルニエ&"Sophia Antipolis"/ソフィア・アンティポリスという名の少女
その258 Matthieu Bareyre&“l’Epoque”/パリ、この夜は私たちのもの
その259 André Novais Oliveira&"Temporada"/止まることない愛おしい時の流れ
その260 Xacio Baño&"Trote"/ガリシア、人生を愛おしむ手つき
その261 Joshua Magar&"Siyabonga"/南アフリカ、ああ俳優になりたいなぁ
その262 Ognjen Glavonić&"Dubina dva"/トラックの棺、肉体に埋まる銃弾
その263 Nelson Carlo de Los Santos Arias&"Cocote"/ドミニカ共和国、この大いなる国よ
その264 Arí Maniel Cruz&"Antes Que Cante El Gallo"/プエルトリコ、貧しさこそが彼女たちを
その265 Farnoosh Samadi&"Gaze"/イラン、私を追い続ける視線
その266 Alireza Khatami&"Los Versos del Olvido"/チリ、鯨は失われた過去を夢見る
その267 Nicole Vögele&"打烊時間"/台湾、眠らない街 眠らない人々
その268 Ashley McKenzie&"Werewolf"/あなたしかいないから、彷徨い続けて
その269 エミール・バイガジン&"Ranenyy angel"/カザフスタン、希望も未来も全ては潰える
その270 Adriaan Ditvoorst&"De witte waan"/オランダ映画界、悲運の異端児
その271 ヤン・P・マトゥシンスキ&「最後の家族」/おめでとう、ベクシンスキー
その272 Liryc Paolo Dela Cruz&"Sa pagitan ng pagdalaw at paglimot"/フィリピン、世界があなたを忘れ去ろうとも
その273 ババク・アンバリ&「アンダー・ザ・シャドウ」/イラン、母という名の影
その274 Vlado Škafar&"Mama"/スロヴェニア、母と娘は自然に抱かれて
その275 Salomé Jashi&"The Dazzling Light of Sunset"/ジョージア、ささやかな日常は世界を映す
その276 Gürcan Keltek&"Meteorlar"/クルド、廃墟の頭上に輝く流れ星
その277 Filipa Reis&"Djon África"/カーボベルデ、自分探しの旅へ出かけよう!
その278 Travis Wilkerson&"Did You Wonder Who Fired the Gun?"/その"白"がアメリカを燃やし尽くす
その279 Mariano González&"Los globos"/父と息子、そこに絆はあるのか?
その280 Tonie van der Merwe&"Revenge"/黒人たちよ、アパルトヘイトを撃ち抜け!
その281 Bodzsár Márk&"Isteni müszak"/ブダペスト、夜を駆ける血まみれ救急車
その282 Winston DeGiobbi&"Mass for Shut-Ins"/ノヴァスコシア、どこまでも広がる荒廃
その283 パスカル・セルヴォ&「ユーグ」/身も心も裸になっていけ!
その284 Ana Cristina Barragán&"Alba"/エクアドル、変わりゆくわたしの身体を知ること
その285 Kyros Papavassiliou&"Impressions of a Drowned Man"/死してなお彷徨う者の詩
その286 未公開映画を鑑賞できるサイトはどこ?日本からも観られる海外配信サイト6選!
その287 Kaouther Ben Hania&"Beauty and the Dogs"/お前はこの国を、この美しいチュニジアを愛してるか?
その288 Chloé Robichaud&"Pays"/彼女たちの人生が交わるその時に
その289 Kantemir Balagov&"Closeness"/家族という名の絆と呪い
その290 Aleksandr Khant&"How Viktor 'the Garlic' Took Alexey 'the Stud' to the Nursing Home"/オトンとオレと、時々、ロシア