チリにはある黒歴史が存在している。それがセルクナム族の虐殺だ。19世紀、チリとアルゼンチンに跨る土地ティエラ・デル・フエゴには先住民族であるセルクナム族が住んでいた。しかしここに入植してきたチリ人たちは、アルゼンチン人やイギリス人たちと共に15年にも渡って虐殺を続けた。そうしてセルクナム族は3000人から500人にまで減ってしまった。今回紹介する作品はこの虐殺を背景とした作品、Théo Court監督作"Blanco en blanco"である。
中年男性ペドロ(Alfredo Castro)は写真家として活動する人物である。彼はある要請からティエラ・デル・フエゴにやってくる。この地の大地主であるポーター氏が結婚式を撮影して欲しいというのである。彼はさっそく彼の花嫁を撮影することになるのだが、彼女はまだ子供だった。
その撮影風景はどこか異様だ。灰色に染まった薄暗い部屋、その中では純白の花嫁衣装を着た少女だけが輝いている。彼女はまるで蝋人形のようで、ペドロと秘書によってされるがままにポーズを変えていく。そこには少女らしいあどけなさも存在しながら、その風景はどこか不気味である。
結婚式を撮影するために彼はポーター氏の土地に住みこむことになるのだが、いつまで経っても結婚式が行われることがない。時間が過ぎていく中で、ペドロの中では少女の存在が大きくなっていく。彼女という存在への妄執が静かに、だが確実に大きくなっていく。
監督は撮影監督であるJosé Ángel Alayónとともに目の前の風景を淡々と切り取っていく訳であるが、その時に際立つのが自然光である。先述の薄暗い部屋にはカーテンの奥から滲みこんでくる白い光だけが存在している。そしてペドロが住んでいる部屋には蝋燭の火が儚げに揺れている。橙色の輝きは、ペドロの疲れ果てた顔を照らし出す。
ある時、彼は妄執を抑えきれずに、自分の小屋に花嫁を呼び出すことになる。彼はソファーに彼女を寝転がせ、写真を撮り始める。さらに一線を越えた撮影をも行おうとしてしまう。その風景は不気味な形で美しく撮られており、ある種の官能性までもが立ち現われてくる。だがその裏側にはグロテスクさと吐き気が確かに存在している。
しかしここから物語は急旋回を遂げる。ポーター氏に一線を越えたことを知られたペドロはリンチされた果てに、ある計画へ強制的に参加させられることとなる。彼は部下を使い、セルクナム族の虐殺を行っており、それに随行して写真を撮影することとなってしまうのだった。
ここで際立つのはティエラ・デル・フエゴの壮絶な風景の数々である。まず雪深い世界は極寒の感覚を観る者に植えつけるだろう。そして風吹き荒びながら砂塵が巻き上がる荒野は、人々に果てしない孤独を抱かせることとなるだろう。そんな厳しい大地で以て、ペドロは生きることを強いられる。
さてここでCourt監督が語った言葉を紹介しよう。今作の始まりについて彼はこんな言葉を残している。"ジュリアス・ポッパーがティエラ・デル・フエゴで行ったセルクナム族の虐殺、それを映した写真を初めて見た時、ある疑問を抱きました。一体誰が撮影したんだろう? 誰がこれらの出来事において感知されない窃視者としての役割を果たしたのだろう? 次にこの場所の風景に惹かれました。広く広大な平野から構成された場所、極限状態でのサバイバルに特徴づけられた未開の地。植民地を強制的な収奪、組織化され合法化された"現代"社会に固有の野蛮さ。不在の大地主はそれらに金を注ぎ込みました。この世界において、私は不快で矛盾を孕む、悍ましい灰色の領域を表現しようと試みたんです"
そうして最初は躊躇いながらも、ペドロは虐殺に加担していく。昼には狩りが行われ、殺された人々からは殺しの証として耳が切り取られていく。夜には、邸宅ではセルクナム族の女性たちをめぐって野蛮なパーティーが行われ、彼女たちの人権が踏み躙られていく。その非人道的な状況を撮影していく中で、ペドロの心は少しずつ歪んでいく。
このペドロを演じるのは現代チリ映画界を代表する名優Alfredo Castro アルフレド・カストロだ。彼は今作と同じく2019年のヴェネチアに出品された"El príncipe"で異様な存在感を見せる同性愛者の収監者として魅せてくれたが、今作では逆に臆病な写真家を静かに演じている。しかしその臆病さがだんだんと歪んでいき、最後は非人道的な行いへの罪悪感より、自身の写真への美意識が勝る、監督が言う"感知されない窃視者"としての地位を獲得していく。その様は頗る奇妙だ。"Blanco en blanco"はティエラ・デル・フエゴの崇高な美、そしてチリの黒歴史たる虐殺を背景として、1人の男の心が変容していく様を鮮烈に描き出した作品だ。
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