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映画痴れ者/ライター済藤鉄腸のブログ。日本では全く観ることができない未公開映画について書いてます。お仕事の依頼は 0910gregarious@gmail.com へ

Juliana Antunes&"Baronesa"/ファヴェーラに広がるありのままの日常

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ブラジルのスラム街ファヴェーラは犯罪の温床として悪名高い地域だ。それ故にシティ・オブ・ゴッド「エリート・スクワッド」など、この地を舞台として犯罪や暴力を扇情的に描き出していく作品がゼロ年代に多く作られていた。だがJuliana Antunes監督によるデビュー長編“Baronesa”はそんな風潮に反旗を翻すように、ファヴェーラのありのままの風景を描き出そうとする試みに満ちた作品だ。

今作の主人公アンドレイアはたくさんの子供たちを育てながら、ファヴェーラでの過酷な生活を逞しく生き抜いている女性だ。しかし治安の悪さなどもありここから別の場所で生活したいという願いも持っていた。それでもお金の問題もあり、簡単に身動きを取ることは出来ないまま、時だけが過ぎていく。

“Baronesa”はそんなアンドレイアの日常を淡々と描いていく作品だ。例えばアンドレイアが娘の髪をブラシでとかしてあげる姿、泣きわめく息子を叱りつける姿、ネイリストとして職務を全うする姿、友人たちと噂話や最近起こった暴力事件などについて語る姿。監督はそういった些細な出来事の数々を丹念に捉えていくのだ。

この映画に暴力や犯罪の風景はほぼ出てくることがない。あるのはファヴェーラだけでなくどこにでも広がっているだろう日常の風景だけだ。それ故にここにはある種のどかで牧歌的な雰囲気すらも宿っている。道端でサッカーを楽しむ少年たちの歓声には活力が漲っているし、アンドレイアたちにも笑顔が溢れているのだ。それだけ見れば他の地域と何ら変わる所がない。

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しかし彼女たちの暮らしぶりは良いものとは言えない。狭苦しい部屋に乱れたベッド、ボロボロになった外壁、アンドレイアたちを包み込む空間はそんな劣悪な環境が剥き出しになった場所だ。ファヴェーラ自体も荒廃の極みというべき状況を露にしている。寄せ集めで出来た家が冬眠する虫たちのように密集しており、それは今にも崩れてしまいそうな予感に満ち溢れている。

そんな暮らしぶりの中で重要な要素が日常の中に宿っている身体感覚だ。Antunesと撮影監督のFernanda de Senaは劇中において登場人物の手つきの数々を印象的に捉えていく。足の爪にネイルを塗っていく時の指の動き、子供たちの頭を撫でる時の優しい手つき、お喋り途中適当に手を遊ばせる時の何気ない動き、そういった行為を彼女たちは繊細に切り取っていくのだ。その感覚は更に拡張されていくのだが、それを象徴するのが劇中で披露されるダンスだ。まず冒頭が腰を動かすダンスで始まり、中盤でも軽快なダンスが披露されることとなる。それらは抑圧的な雰囲気の中でも自分を解放する術のように見えてくる。

だがそういった親密で愛おしい日常を破る存在もある。ある時アンドレイアは友人と共に談笑するうち楽しく歌を唄い始める。だが次の瞬間、凄まじい銃声が鳴り響きアンドレイアたちは逃げ惑うことになる。それはこの映画のスタッフも同じだ。カメラは激しく揺れ動き、その衝撃の深さを声高に語る。そしてカメラの震えにこそ、この地において死がいかに肉薄したものかということを思わざるを得なくなるだろう

それでもここで希望が捨てられることはない。銃撃の後、アンドレイアは丘の上へと向かう。そこには建設途中の家があるのだが、彼女は独りでその家を築こうと働く。セメントを塗りつけ、レンガを積み重ねていくアンドレイアの姿に宿るのは希望である。そして未だ安住の家は建設予定ながらも、そこにはいつか来たる平和や平等への願いが込められているのだ。“Baronesa”はファヴェーラをセンセーショナリズムから解き放つ試みを持った作品だ。被写体とカメラの親密さの中で、希望は静かに大きさを増していく。

最後に監督のプロフィールについて紹介しよう。Juliana Antunesは1989年にブラジルに生まれた。ベロオリゾンテのUNA大学で映画製作を学んでいた。そして数年の歳月をかけて、全員女性のクルーと共にデビュー長編“Baronesa”を完成させた。今作はリスボン国際インディペンデント映画祭やマル・デル・プラタ国際映画祭で作品賞を獲得するなど広く話題になる。現在は短編“Control Plan”と第2長編“Hit and Back Copacabana”を制作中だ。後者は2人の女性がベロオリゾンテからコパカバーナへの旅を通じて海を見るという夢を叶えようとする姿を描いた作品だそうだ。ということでAntunes監督の今後に期待。

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