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映画痴れ者/ライター済藤鉄腸のブログ。日本では全く観ることができない未公開映画について書いてます。お仕事の依頼は 0910gregarious@gmail.com へ

Jurgis Matulevičius&"Izaokas"/リトアニア、ここに在るは虐殺の歴史

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razzmatazzrazzledazzle.hatenablog.com
監督Jurgis Matulevičiusのプロフィールと制作短編に関しては、このインタビュー記事を参照。

第2次世界大戦はヨーロッパ中に今でも癒えない傷を残していった。リトアニアでは1941年にナチス・ドイツに占領された後、ユダヤ人虐殺などのホロコーストが行われることになる。リトアニア人もその虐殺行為に加担しながら、この事実はタブーとして戦後隠蔽されてしまう。このリトアニアにおける歴史の闇を今に暴きだそうと試みる作品が、Jurgis Matulevičiusによる初長編"Izaokas"だ。

1941年、活動家であるアンドリウス(Aleksas Kazanavicius)は危機的状況にあった。彼はナチスに捕らわれ、ユダヤ人の殺害を命じられる。暴徒化したリトアニア人がドイツ軍人たちとともに虐殺を行うなか、彼も権力に屈し、イザオカスというユダヤ人青年を殺害してしまう。この一連の事件はその地名をとってリエトゥーキス車庫の虐殺と呼ばれ、リトアニアの歴史に刻まれることとなる。

この歴史上の事件を描きだしたファースト・シークエンスから衝撃は甚大なものだ。世の汚穢全てを溜めこんだような騒擾のなかをアンドリウスは命からがら彷徨う。民衆と軍人たちは憤怒と憎悪に駆られ、道に犇めきながら不穏分子を粛清していく。そしてアンドリウスもまたナチスの命で青年を殺害し、その脳髄からはドス黒い血潮が流れる。この場面をMatulevičiusは息詰まる一続きの長回しによって描きだすことで、この世の地獄を我々の目前に現出させるのである。

20年後、ソ連支配下リトアニア、ここへゲダス(Dainius Gavenonis)という映画監督がアメリカから帰国する。彼の手にはある映画脚本が握られていた。それは当時のリトアニアにおいて絶対的なタブーだったリトアニア人によるユダヤ人虐殺、それを象徴する事件であるリエトゥーキス車庫の虐殺が描かれていた。彼はこの脚本を映画化することを目論み、リトアニアへと帰還を果たしたのである。

ゲダスは着実に撮影の準備を進めていくのだが、その裏側で動きはじめたのがKGBだった。彼らは秘密裏に調査を行ううち、脚本の内容があまりにも正確であり、これを執筆した者は実際に虐殺に加担していた人物ではないかと危惧する。これが映画になれば大きな波紋が生まれることは確実だ。KGBはゲダスを監視し、その真実を暴きだそうとする。

撮影監督であるNarvydas Naujalisとともに、Matulevičiusは長回しを主体として物語を語っていくが、そこでは濃密な混沌と息を呑む優雅さが共存している。空間は常に人々で密になり、その合間をNaujalisのカメラは手振れを伴いながら進んでいく。生々しい空気感は私たちの皮膚に人間たちの息遣いを伝えながらも、同時に周到に振付が成されたような動きの数々はある種の緻密な洗練をも感じさせる(特にこの長回しハンガリーの巨匠Jancsó Miklós ヤンチョー・ミクローシュの傑作群を想起させるものだ)

そしてNaujalisの紡ぎだす画面は鮮やかな白と黒の色彩に満ちている。だがそれは80年前と60年前というある種の現代史に肉薄するためのリアリズム的な演出ではない。むしろリアリズムから遠く隔たった、不条理なる悪夢を観客の網膜に焼きつけるための演出だと言っていいだろう。

さらにこの悪夢はAgne Matuleviciute(監督の姉だそうである)とDomas Strupinskasによる音楽で増幅を遂げていく。彼女らの紡ぐ響きはまるで飛蚊症のように神経を擦り減らしていく不快を伴ったものであり、それが鼓膜で鳴り続けるうち私たちは不安と憎悪に満ちた悪夢へ自然と埋没しているのである。そして劇中に頻出するパンク音楽も印象的であり、爆ぜる音の数々はむしろヘドロを思わすダウナーなもので、埋没の後に私たちは悪夢のなかを這いずることになるのだ。

とうとう映画の撮影が始まるのだが、これを機に虐殺をめぐる混沌は激化していく。ゲダスは完璧主義的な美学を以て、スタッフやキャストに檄を飛ばしていく。KGBたちも危機感を募らせるとともに、調査と監視を強めていく。そしてこの事態の進展を知ってか知らずか、中年となったアンドリウスは過去の罪に囚われていき、精神は狂気へと突き動かされていくのだ。

この"Izaokas"という作品は過去の罪を暴こうとする者、そして過去の罪を隠蔽しようとする者たちの静かな、しかし激烈なる闘争を描きだした作品だ。Matulevičiusはこの闘争を誰もが出口へと辿りつけない迷宮的な悪夢として描きだしていく。その根本にあるものとはリトアニアの犯した罪への壮絶な反省と、そしてこの国に対する深淵さながらの絶望だろう。この国に希望はあるのか?と、そんな悲嘆がスクリーンからは聞こえてくるようだ。だが私が信じるのは、この自国の罪業をここまで痛烈に抉りだすJurgis Matulevičiusという若き才能が存在すること自体が、既に強靭な希望であるということだ。

しかし端から見ればリトアニアはその事実を認める気がないように思われる。先日リトアニア映画賞の受賞作が発表されたのだが、Karolis Kaupinis監督作"Nova Lituania"が作品賞を含む計6部門を受賞、"Izaokas"は音楽と撮影賞のたった2部門の受賞に留まった。この"Nova Lituania"が何とも脱力させられる駄作だった。1938年の第2次世界大戦前夜、リトアニアの置かれた危機的状況を憂いた地理教師がリトアニアを存続させるため、マダガスカルを植民地化し"新たなリトアニア"を作ろうという計画を立てるというのが今作のあらすじだ。演出が無味乾燥で白黒映像も典型的に陳腐な芸術映画志向といった風なのに加え、驚くべきはこの地理教師が奇妙にして勇気ある愛国者として描かれており、リトアニア植民地主義的な傾向に堕していく様に全く反省がない、ある種の美しいお伽噺がここには広がっている。MUBIに"この監督にフランツ・ファノンの著作を読ませてやれや"という意見があったが、全く同意だ。こんな陳腐でかつ有害な作品が、この国で最も大きな権威であるリトアニア映画賞で作品賞を獲得してしまうのだから救い難い。マジに抗議したいくらいだ。が、私はMatulevičiusがこの逆境をも越えて真の意味で評価される時が必ずやってくると確信する。それまでずっと私は彼とともにこの悲惨な現実においても前に進んでいきたい。

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