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映画痴れ者/ライター済藤鉄腸のブログ。日本では全く観ることができない未公開映画について書いてます。お仕事の依頼は 0910gregarious@gmail.com へ

Shahram Mokri&"Careless Crime"/イラン、炎上するスクリーンに

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1978年、イランにおいて勃発したイスラム革命は西欧化や世俗化という風潮を転覆させ、今に繋がる保守的なイスラム文化を作りあげた。この革命の最中、怒りに燃える民衆たちは、革命前に活躍していた映画作家Masoud Kimiai監督作"The Deer"が上映されるCinema Rexという映画館へ押しかけ、そこに火をつけた。西欧化の象徴と見做された故である。そしてこの火災によって400人以上の命が失われ、イランの忌まわしき歴史の一部として今でも思い出されることになる。そしてこの歴史を今に蘇らせようとする驚くべき1作が、Shahram Mokri監督の第4長編"Careless Crime"である。

まず今作はある名もなき男(Babak Kirimi)の日常を追っていく。彼はある薬を買うために薬局へと赴くのだが、目当てとなる薬はそこにはなかった。彼は薬のために街を彷徨い、紆余曲折あった後に3人の男たちと出会う。彼らはある目的を達成するために、映画館へと向かうのだった。

Mokriと撮影監督であるAlireza Barazandehは、例えばミクローシュ・ヤンチョークリスティ・プイユ作品を彷彿とさせる息の長い亡霊的長回しで以て現実を映しだしていく。男が薬のために薬剤師と会話をする、男が映画の博物館を歩き回る、3人が映画館のなかで何かを相談する、そういった光景の数々が怜悧な視線によって観察されていくのだ。

この演出に代表されるように、Mokriの監督作は徹底的なリアリズムを特徴としている。例えば彼の第2長編である"Fish & Cat"は人肉を料理に使う殺人コックの手で殺されていく大学生の姿を、130分ワンカットで描かれる野心的な作品だった。そして2013年のヴェネチア映画祭オリゾンティ部門で特別賞を獲得している。さらに第3長編"Invation"もまた前作の長回しを継承し、黙示録的な犯罪映画として屹立する出来となっている。そしてやはり今作も長回しを主体にした作品であり、窒息するようなリアリズムは更に深化していると言える。

さらにこの長回しに加わるのが精密な音の響きだ。例えば男の足音、道路を走る車の音、火を点ける時にライターで炸裂する音、スクリーンから流れてくる映画の効果音、そういった多様な音の数々が不気味な存在感を以て、私たちの鼓膜に迫ってくるのだ。時に亡霊のように、時にうねる洪水のように。そして音楽についても忘れるべきではない。Ehsan Sedighの作りあげた実験的音楽は不穏な不協和音によって構成されており、上述の響きとともに私たちの鼓膜を不穏に震わせるのだ。

そして映画館へと向かった4人は満杯の部屋のなかで最初は映画を観ているのだが、男がそこを出ていくことになる。トイレに行くと、彼が取りだしたのはライターだ。壁を確認しながらその火を掲げる。彼は明らかに壁に火をつけようとしている。つまり革命の40年後、映画館を炎上させようとしている人物はこの男たちなのだ。

監督は彼らの犯行の軌跡を淡々と追いつづける。放火に失敗した4人は映画館を出て、また別の映画館へと赴く。これを繰り返しながら、放火が成就する瞬間を待ちつづける。物語が展開するにつれ、長回しの精度は先鋭となっていき、空気感は吐き気を催すほどに窒息的なものとなっていく。彼らは何故、映画館を燃やしつくそうとするのか。それは説明されない。そして謎めいた暗黒物質テヘランを這いずり回るのである。

だが今作は奇妙なリズムを持つ犯罪映画以上のものを持っている。4人が赴く映画館ではある1作の映画が上映されている。それはShahram Mokri監督作"Careless Crime"である。しかしその内容は今作とは異なっている。ある軍人たちが不発弾を探しだすために山奥へと赴くのだが、彼らはここで映画を野外上映しようとする集団に出会う。この映画内映画も長回しを主体としながら、本編にはない解放感が存在している。そして放火を目論む男たちと不発弾を探す軍隊の物語が並行して語られるのである。

コロナウイルスによってたやすく映画館に行けない状況が続いているが、そんな私たちの網膜に印象的に映るのは満杯になった映画館だ。本当に立錐の余地がないほどに人が詰めかけ、同じ映画を観ている。中には煙草まで吸っている人物までいるのだ。だがこの微笑ましいはずの風景は、容易に映画館への郷愁へは結びつかない。むしろスクリーンの裏側に異様なる悪意が蠢いているようにすら思われる。

"Careless Crime"は映画にまつわる映画である。だが映画への愛を描いている訳ではない。私たちはこの作品を通じて、イランと映画の間に横たわる忌まわしき闇を直視させられることになる。まるで映画館にまつわるコロナ禍の絶望を更に炎上させるような凄まじい力を持ちあわせている。正直、この映画をどう解釈していいか今でも私は分からないでいる。そんな激しくも未分化な感情を観客に齎す作品が、この"Careless Crime"なのだ。

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