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映画痴れ者/ライター済藤鉄腸のブログ。日本では全く観ることができない未公開映画について書いてます。お仕事の依頼は 0910gregarious@gmail.com へ

Fabio Meira&"As duas Irenes"/イレーニ、イレーニ、イレーニ

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同じ名前を持つ、そこには奇妙な絆が生まれることになる。不快さを感じるにしろ、心地よさを感じるにしろ、私たちは名前の奇妙な重力に引き込まれていくのだ。クシシュトフ・キェシロフスキ監督作ふたりのベロニカなど、その魔力を描き出した芸術作品は枚挙に暇がない。今回紹介する作品はそんな作品群の系譜の最先端位置するだろう作品、Fabio Meira監督作"As duas Irenes"だ。

13歳の少女イレーニ(Priscila Bittencourt)は内気な性格で、友達はそんなに多くない。家族にも少し問題があり、うまくそこに馴染めないでいる。ある日彼女は自分と同じ名前のイレーニ(Isabela Torres)と出会う。彼女はマダリナという偽名を使って彼女に近づき始めるのだが……

まず監督は2人の交流を柔らかな手つきで以て描き出していく。例えば古びた映画館で昔の作品を一緒に観たり、仕立て屋を経営する後者のイレーニの家に行き、お喋りを繰り広げたりする。そんな親密な時間の中で、2人のイレーニの距離は近づいていく。

今作の演出はすこぶる淡々たるものだ。色味の抑えられたモノトーンの世界で、彼女たちの時間はゆっくりと過ぎていく。何か劇的な事件が起こる訳ではない。ただ日常的な幾つかの事柄が柔和な形で静かに繋がっていくのだ。その様は観る者の心を洗うような清らかさに満ち溢れている。

そんな清らかな時間を抱くのはブラジルの田舎町に宿る美しい自然だ。この街のあちこちでは自然が生を煌めかせている。風に揺らめいてさざめく木々、陽の光を浴びてしなやかに輝く水面、雲一つない青色を響かせる空。こうしたしなやかな美の数々が、2人のイレーニを包み込んでいく。

だがマダリナとして身分を偽るイレーニはある秘密を知っていくことになる。実はもう1人のイレーニの父親トニコ(Marco Ricca)は、自分と同じかもしれないのだ。彼女と一緒に過ごすうち、彼が密やかに二重生活を送っていることを知ってしまう。この複雑な事情がイレーニたちの関係性に影を投げ掛けていく。

そうして複雑さを抱えながら、2人の距離は急速に近づいていく。ある時、イレーニはもう1人のイレーニがシャワーを浴びているのを盗み見することになる。その視線には曖昧な感情が滲み出る。友情とも愛情ともつかない微妙な感情だ。そういった雰囲気が彼女たちの間には満ちているのだ。

ここにおいて、いわゆるドッペルゲンガーを描き出す作品群は官能性や暴力性へと舵を切ることが多いが、今作はそちらの方向へは行くことがない。監督が描き出そうとするのは思春期の少女が抱く等身大の繊細さ、脆さだ。今にも壊れてしまいそうな均衡の上に立ちながら、彼女たちは未知の曖昧な領域へと踏み込んでいこうとする。

この意味で主演俳優であるPriscila Bittencourtの存在感はとても大きなものだ。彼女は思春期という静かなる荒波に呑まれているゆえに、常に不安定であり、不満を抱えたような表情を変えることはない。その脆い薄氷のような存在感が、物語の曖昧さという魅力を強めているのだ。

劇中、イレーニが"イレーニ"という名前を叫び続ける場面がある。それはもう1人のイレーニを呼ぶ声なのだが、この叫びは自分を探し求める彼女自身の痛烈な叫びにも聞こえる。叫びが響き渡る時、風が吹き荒び、葉々が宙を舞う。それは心中に張り詰める欲望がいかに激しいものかを指し示しているのだ。

それが交流を通じ、開かれていく様を"As duas Irenes"は丹念に描き出している。そしてイレーニは"イレーニ"となっていく。だがそれは世界に更なる異様な迷宮を生み出すことになる。無邪気で、悪意に満ちた人生の複雑さを。

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