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映画痴れ者/ライター済藤鉄腸のブログ。日本では全く観ることができない未公開映画について書いてます。お仕事の依頼は 0910gregarious@gmail.com へ

Ines Tanović&"Sin"/ボスニア、家族っていったい何だろう?

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家族というのはとても微妙な概念だ。血の繋がりとは言いながらも、とてもそれだけでは成立しているとは言えない。そもそも夫と妻/父と母という関係に血の繋がりはないのだから。ならば、どのようにして家族というものは生まれるのだろうか、確かな形を持つのだろうか。ボスニア映画作家Ines Tanovićの第2長編"Sin"はそんな複雑微妙さへの考察を深める1作だ。

今作の主人公であるアルマン(Dino Bajrovic)は18歳の青年だ。表面上は幸せな家庭に暮らしている。だが彼の心には1つの苦しい事実が影のように差している。それは彼が孤児院出身の養子であることだ。両親にとって実の子供ではないという厳然たる事実は、彼の心を苛み、苦しめる。

まずこの映画はそんなアルマンの穏やかではない生活を描き出す。彼は高校生であり、多感な年頃だ。それ故にルールから逸脱した行動に明け暮れている。両親に反抗的な態度で楯突いたり、学校でも授業をサボり続け、友人たちとマリファナを吸っている。そしてその生活には暴力が絶えない。アルマンは自ら進んで暴力の渦に飛び込んでいく。

監督の演出はリアリズムに裏打ちされた静かなものだ。彼女は眼前に広がる光景から距離を取ったうえで、固く腰を据えて長回しで登場人物たちを観察していく。それは情報を可能な限り削ぎ落とした観察というべき、ミニマルなものだ。だがそうして余計な肉を排することで生まれる間隙からは、アルマンたちの感情が豊かに溢れ出てくることとなる。

アルマンの家族たちも実際には大きな問題を抱えている。弟であるダド(Lazar Dragojevic)はゲーム中毒なところがあり、しかもアルマンのように学校をサボったりと素行不良なのだ。父であるセナド(Uliks Fehmiu)はそんな兄弟を見て、自身の子育ては失敗したのかと苦悩している。母のヤスナ(Snežana Bogdanović)は仕事で重大な危機に瀕し、それが家計を圧迫し始めている。家族は危うい状況にあったのだ。

そうして物語が進むごとに、今作は群像劇的な色合いを帯び始める。監督はそれぞれの行動を丹念に描き出しながら、その感情の機微を丁寧に描き出していく。誰もが辛い現実に直面して、この現実をどう処理していいものか考えあぐねている。そんな中で彼らは何とかまっとうに生きようとしているのだ。

その時、アルマンは微妙なバランスの上にいた。彼はナナ(Lidija Kordić)という少女に出会い、行動を共にすることとなる。そして必然的に惹かれあい、彼らは恋人同士のような関係になる。一方で彼は更に暴力の中へと沈み込んでいく。ナナが他の不良に絡まれていた際に助けた結果、その不良たちに付け狙われることとなってしまうのだ。

監督はアルマンのそんな姿を通じて、不安定な思春期というものを描き出そうと試みる。アルマンはこの若さに裏打ちされた抑えきれない衝動に翻弄され続けている。それに抗おうとも、彼は過激なものに惹かれていく。しかしそこに戸惑いをも抱くことになる。これが暴力へと繋がっていくのだ。

更にこの暴力は危うい男性性の発露へとも連結されていく。ある時、アルマンの友人が銃を持ってくる。彼は誘われるがままに、銃を握るのだが、そこには大いなる暴力装置への憧れがある。そして彼は危険な領域へと足を踏み込んでいくことになる。

そもそも、この暴力への憧憬や有害な男性性の根源はアルマンが養子であるという事実にある。彼の姿を眺めながら、両親は悩み続ける。養子であるアルマンと実子であるダドへの愛に、無意識的にランクをつけてしまっているのではないか。これがアルマンを傷つけているのではないか。そこに答えは出ないまま、時は過ぎていく。

監督はその光景を静かに眺め続ける。暴力と愛は同時並行的に進んでいく。その中で様々な問題が起こっては、消えていく。そうしてある地点で暴力と愛が交錯する時、複雑微妙たる家族という概念が立ち現われるのだ。"Sin"はこの光景を、深い洞察と共に描き出した1作と言えるだろう。

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