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映画痴れ者/ライター済藤鉄腸のブログ。日本では全く観ることができない未公開映画について書いてます。お仕事の依頼は 0910gregarious@gmail.com へ

Szabó Réka&"A létezés eufóriája"/生きていることの、この幸福

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第2次世界大戦中、東欧の一国ハンガリーにおいても苛烈なユダヤ人弾圧・ホロコーストが行われていた。多くのユダヤ人がナチス強制収容所に送られ、60万人以上が殺害されることとなった。生き残った数少ない人々は、ハンガリーでこの経験について若い世代に語り続けている。今回はそんな人物の1人である女性がめぐる新たな人生を描き出すドキュメンタリー、Szabó Réka監督作"A létezés eufóriája"を紹介していこう。

エーヴァは90歳に差しかかろうとしている女性だ。アウシュビッツ絶滅収容所におけるホロコーストで両親や妹を含む40人以上の親族を全て失いながらも、独りでその後の人生を生き抜いて生きた。未だに矍鑠として、足腰も喋りもしっかりしている。哀しみを背負いながらも、彼女は人生を謳歌しているようだった。

そんなエーヴァに興味を持った女性がいる。ダンスカンパニーを率いるレーカ(今作の監督でもある)だ。彼女は著作を通じてエーヴァに興味を抱き、彼女の人生をダンスとして表現し、若い人々に伝えたいと思ったのだ。そしてレーカは彼女に手紙を送り、2人は出会うことになる。

そうして監督は、エーヴァと共にダンスが構築されていく様を描き出していく。最初は対話が中心だ。ホロコーストについて、家族について、ダンス場やエーヴァの家で対話を重ねていく。それが振付へと繋がっていく。時には華麗に、時には重々しく、舞いは紡がれていく。

そんな中でエーヴァはパートナーである若いダンサー・エメセと交流をしていくことになる。時間を共にするうち、エメセはエーヴァにとって亡くなった妹のような存在になっていく。彼女はそんな実感をレーカに密やかに、ハニカミながら告白することになるのだ。

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彼女たちの交流において、特に親密なのは身体的な交流の数々だ。エメセはエーヴァに対してマッサージを施す。その若い手が老いた足に優しく置かれる様は、まるで孫が祖母を気遣ってあげるようだ。そしてダンス場で彼女たちはハグをする。その時エーヴァは彼女の匂いについて、笑みを浮かべながら言葉を紡いでいくのだ。

先述した通り、監督はこのダンス自体を率いるダンサーでもある。故に彼女は鋭敏な身体への意識を以て、エーヴァたちの身体性を捉えていくことになる。エーヴァとエメセは優雅に、しなやかに様々な舞を紡いでいく。時には笑顔と共に、時には間抜けな失敗と共に、時には舞を上手くこなせないゆえの苦渋と共に。そうして躍動を続ける腕や足には、踊ることの喜びが溢れているのだ。

そして今作はエーヴァのトラウマに深く潜行していくこととなる。亡くなった家族は何故ハンガリーから移住しなかったのか、自分の腕にはなぜホロコーストのタトゥーが刻まれていないのか。8歳年上の甥について、堆く積まれ焼かれた死体について。エーヴァの脳髄に深く刻み込まれているそれらは、私たちの脳髄にも深く焼きつく類の壮絶なものだ。

そんな中でエーヴァはこんなことをカメラの前で吐露する。"自分は女性なんだと強く感じている"と。エーヴァは女性として、今までの壮絶な人生を強く生き抜いてきたのだ。それでいて普段の佇まいには軽やかな余裕と優美さすら感じられる。どれほどの修羅場を潜り抜けたなら、そんな境地に達することができるのだろうか。それでも時おり、心に秘めた暗さが浮かび上がる瞬間さえも存在している。

監督はそんな彼女が新たなる人生を獲得する様を感動的に描き出している。ホロコーストという酸鼻を極める状況の後に広がる希望、生きていることのこの幸福を、監督は類稀なるヒューマニズムを以て美しく描き出しているのだ。そして最後に至るダンスには、エーヴァの全てが刻み付けられているのだ。

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