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映画痴れ者/ライター済東鉄腸のブログ。日本では全く観ることができない未公開映画について書いてます。お仕事の依頼は 0910gregarious@gmail.com へ

Basil da Cunha&"O fim do mundo"/世界の片隅、苦難の道行き

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ポルトガルリスボンのスラム街を描き続ける有名な映画作家としてペドロ・コスタが挙げられる。彼はヴァンダの部屋「コロッサル・ユース」「ホース・マネー」そして2019年にロカルノ映画祭で最高賞を獲得した"Vitalina Varela"において、一貫してスラム街を描き続けてきた。そういった作風は若いポルトガル作家にも受け継がれている。今回は、ポルトガルの新鋭Basil da Cunhaによる長編"O fim de mundo"を紹介していこう。

今作の主人公はスピラ(Michel David Pires Spencer)という青年だ。彼は少年院から出てきたばかりで、久しぶりに母の住んでいる家へと帰ってきた。一見してスラム街自体に変わったところはない。だが彼自身の心が変わってしまったようだ。家族にも友人にも、彼は心を許すことができなくなっていた。

監督はまずそんな孤独な青年の姿を、淡々と描き出していく。スピラと母親の再会は彼女が酔っ払っていたせいで全く微妙なものになってしまい、その淀みが今後の関係にも影を落とすことになってしまう。そして友人たちともつるみながら、彼らの言葉や行動に完全に馴染む事ができない。スピラは常に不安げな表情を浮かべ続けている。

そして表面上不変のように見えたスラム街にも、変化の時が来ていた。この地に住む住民たちの家を、政府が許可もなく破壊し始めたのだ。住民たちは成す術もなく家が破壊され地ならしされていく光景を眺めていることしかできない。そうして政府によってスラム街の土地が収奪され始めていたのだ。

監督はカメラを担当するRui Xavierと共に、リアリズムを指向しながらこの地の現実を捉えようとする。手振れを伴う撮影で以て切り取られる光景の数々は生々しく、人々の呼吸や体温が濃厚に伝わってくることとなる。そして住民たちは悲観的な現実に対しても、楽観的で明快な態度を崩さない。それ故に現れる熱い空気感もすらも鮮やかに捉えられていくのだ。

それでいて今作には豊かな詩情も存在している。例えばスラム街の夜を包み込む橙、それは地中深くに埋まった琥珀のような色彩であり、私たちの瞳を優しく撫でてくれる。そしてその琥珀色の中で、車が燃えるという場面が存在する。暴力的で悲惨でありながらも、そこには確かに負の感情を突き抜けた先にある詩情があるのだ。

ある日、スピラはイアラ(Lara Cristina Cardoso)という女性と出会う。シングルマザーだという彼女に、スピラは少しずつ惹かれていき、再びあの頃に持っていた心を取り戻していく。しかし同時に苦境に陥ることになる。スピラは注意された腹いせに、ある男の車を燃やしてしまう。それがバレたスピラは5000ユーロ払わないと殺すと脅迫され、奔走する羽目になる。

今作はスピラという青年の苦難の道行きを描き出した作品とも言えるだろう。怠惰と停滞の中で自分が腐っていくことを感じながら、彼は命の危機に必死に奔走することともなる。だがそれは自身を生き返らせる刺激として機能することはない。むしろその中で少しだけ残っていた幼さや無邪気さが失われていくことを彼は感じるのだ。

この胸を引き裂くような道行きが、一種の聖性と共に描かれていくのも今作の特徴であるだろう。今作では教会で流れる類の聖歌と、人々を熱狂に巻き込むトランスが入り乱れる。その数えきれない反復の中で、私たちはスピラの道行きが苦しくも崇高なものになっていくことに気付くだろう。それが今作の肝なのだ。

"O fim do mundo"はそんなスピラの歩みを通じて、スラム街に広がる現実を描き出す。そこには透徹たる眼差しが貫かれているがゆえに、前述の通りある種の聖性すらも獲得することとなっている。だがその先には一体どんな未来が広がっているのだろうか?

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