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映画痴れ者/ライター済藤鉄腸のブログ。日本では全く観ることができない未公開映画について書いてます。お仕事の依頼は 0910gregarious@gmail.com へ

Lachezar Avramov&"A Picture with Yuki"/交わる日本とブルガリア

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日本で最も有名なブルガリア人作家は誰だろう? 「軛の下で」イワン・ヴァーゾフ(Иван Вазов)か、それとも「あらくれ物語」ニコライ・ハイトフ(Николай Хайтов)か、もしくは「タバコ」ディミートル・ディーモフ(Димитър Димов)だろうか。だが驚くべきことに、それは歴史上の偉大な作家ではなく、最も若い世代の作家だ。そんな人物こそミロスラフ・ペンコフ(Мирослав Пенков)である。彼は英語で作品を執筆していることもあり、その短編集「西欧の東」が日本でも翻訳されている。本作が人気を博したことで、一躍彼は日本で最も有名なブルガリア人作家になった。ところで「西欧の東」の中で、日本人は「ユキとの写真」という短編を嬉しい驚きとともに読んだ。何故なら今作にはブルガリア人主人公の妻として日本人女性が出るからである。私もブルガリア人から見た日本人への考えというものを堪能した。そして喜ばしいことに、2019年本作は日本とブルガリアの共同制作によって映画として再誕を遂げた。それがLachezar Avramov監督作"A Picture with Yuki"である。

今作の主人公はブルガリア人男性ゲオルギ(Ruscen Vidinliev)だ。彼は日本人の妻であるユキ(杉野希妃)と一緒に外国で暮らしている。しかしある事情からゲオルギはユキと一緒に故郷であるブルガリアに戻ることになる。ユキの不妊治療を受けるためだった。しかしブルガリアはゲオルギにとって良い思い出ばかりが存在している訳ではない。故郷を半ば捨てたような過去ゆえに、再会した家族との間には微妙な距離がある。特に母親はゲオルギの不在を嘆き、妻であるユキに対して皮肉も隠さない。ゲオルギはこの地で居心地悪さばかり感じつづける。

そんな中で、不妊治療の関係でブルガリアにしばらく滞在することになったゲオルギたちは、亡くなった祖父が遺した家で時間を過ごすことになる。今まで見たことのないブルガリアの田舎町の風景にユキは興奮する一方、ゲオルギは家族から離れられて清々といった風だ。しかしそんな2人は不思議な出来事に遭遇することになる。

監督の演出は淡々としたものながら、目の前の風景に宿る複雑さを映しとろうという決意に満ち溢れたものだ。彼と撮影監督であるTorsten Lippstockの視線は何気ない日常、おおらかな自然の中にある詩情というものを見据えており、それは画面へと胸を打つ豊穣さを以て現れることになるのだ。観客はその風景に魅了されることだろう。

そして今作の核にあるものは日本とブルガリアの文化の交錯である。冒頭、ユキがポラロイドカメラで写真を撮影することを父に疑問に思われたゲオルギはそれについてこう説明する。日本には仏教が存在し、この宗教において時間は流れとして見做される。その流れの一瞬を切り取ることのできる存在がポラロイドカメラであるので、彼女はそれを大事にするのだと。これはブルガリア人の視点からの、興味深い日本人への洞察であると言える。

さらに劇中、ブルガリアの観客は村にロマがいると知ったユキが彼らに会いたがる姿を見て、怪訝に思うのではないだろうか。ブルガリア人にとってロマは肉体を持った現実だが、日本人にとってロマは遠くに見える溌溂で魅力的な蜃気楼のような存在だろう。私たちは旅番組やトニー・ガトリフの映画を通じて、ロマの文化に触れる。そこから生まれるイメージは"歌と踊りが好きな放浪の民族"といったものだろうか。この無邪気な幻想がユキの態度には表れている。

ある時、車を運転していたユキは自転車に乗っていたロマの少年を轢いてしまう。彼が病院に行くことを拒否するので、ユキとゲオルギは彼を帰らせるのだったが、後日少年が亡くなってしまったことを知る。自分のせいだと罪悪感に暮れるユキだったが、2人のもとに少年の父親が現れる。

ここから日本とブルガリアのいわゆる文化衝突は奇妙な方向へと舵を切ることになる。少年の父親は、亡くなった少年の身体と自分たちを、ポラロイドカメラで一緒に撮影して欲しいと頼んでくる。断りきれない2人は罪悪感をひた隠しにしながら、ロマの住む場所へと足を踏みいれる。

仏教にはいわゆる"諸行無常"という言葉がある。"この世界に存在するすべては常に変化しており、しばらくでも留まるものはない"という考え方だ。少年の家族は彼が亡くなった時、"諸行無常"という言葉は知らずとも、この考えに触れたのかもしれない。だからこそ少年の父親はユキに、時の流れの一瞬を捉えるポラロイドカメラで少年を撮影することを求めたのだ。全てが過ぎ去るなかで、それでも彼が生きた証を残すため。

ユキを演じる杉野希妃は俳優、映画プロデューサー、映画監督として、世界を股にかけながら活動する人物だ。日本よりも、アジアの諸外国での方が知名度が高い珍しい存在である。そしてその実力を、ブルガリアの観客も今作で思い知るだろう。彼女は未知ながら魅力的な異郷に迷いこんだ日本人の興奮と不安を、繊細に表現している。日本人としては彼女の顔に浮かぶ、馴染みある感情に驚かされる。

事件の真相を探る者の登場によって、ゲオルギとユキは少しずつ追いつめられていく。そうして彼らは死を見つめざるを得ないのだが、この過程において思いがけなく現れるのがユキの不妊だ。日本語には"輪廻"という言葉がある。死の後に生が現れ、死と生が円環を描くことを意味している。正に"A Picture with Yuki"はこの精神を描いているのだ。そしてその中で、日本とブルガリアの文化は静かに、優しく溶けあうのである。

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