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映画痴れ者/ライター済藤鉄腸のブログ。日本では全く観ることができない未公開映画について書いてます。お仕事の依頼は 0910gregarious@gmail.com へ

Pavol Pekarčík&"Hluché dni"/スロヴァキア、ロマたちの日々

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東欧文化を語るうえでロマの存在は欠かせないだろう。東欧の人々は彼らの存在を否定する(私はルーマニア人と話すことが多いが、その傾向が多く見られる。"彼らはルーマニア人ではない"と)が、ロマの人々は確かに生きていて、独自の文化を築いている。最近注目しているのはAlina Serbanという人物だ。彼女はルーマニア生まれのロマ人だが俳優、劇作家、映画監督としてルーマニアのみならずイギリスやベルギー、ドイツでも活躍している。そして彼女は自身がロマだが、ロマでない人々にも誠実に彼らに寄り添い、共に映画を作りあげる人物がいる。今回はスロヴァキアから現れたそんな1作、 Pavol Pekarčík監督作"Hluché dni"を紹介しよう。

今作で描かれるのはスロヴェニアに生きるロマの人々を主人公とした4つの物語だ。サンドラ(Sandra Siváková)という少女はサッカーとロナウジーニョが大好きだ。しかし彼女に残酷な運命が降りかかる。マリアン(Marián Hlaváč)はジャン・クロード・ヴァン・ダムが憧れで、将来は電車の運転手になりたいと思っている。だが耳が聞こえない故に家族から疎まれていた。アレナとレネ(Alena Červeňáková&René Červeňák)のカップルはもうすぐで第1子を迎えるのだけども、その子供が自分たちと同じように耳が聞こえない状態で生まれるのではないか?と心配している。そしてロマン(Roman Balog)と彼の家族はちゃんとしたリビングとトイレが欲しいという細やかな願いを持っている。

Pekarčík監督の演出は静謐のリアリズムを指向している。彼は頗る誠実な視線によって日常を紡がんとする。故に画面に浮かびあがる空気感は親密なまでに生々しいものであり、観客は登場人物1人1人の息遣いをもその耳に感じることになるだろう。

そこにおけるPekarčík自身とOto Vojtičkoが担当する撮影の効果は絶大なものだ。サンドラやマリアンたちが生きている日常の光景、そこに現れる小さな苦悩や幸福を見逃すまいと、彼は常に不動の集中力を以て目睫を見据え続けている。その集中力は私たちの没入をも誘うほどに深いものだ。

ここで私たちは登場人物たちが味わう日常の中の喜びを追体験することになるだろう。彼らが紡ぎだす何気ない会話と笑いの数々、ガラクタを運び、時にバランスを崩して大声を出し、最後には大爆笑を響かせる兄弟の姿。そこには日常の中にこそ存在するだろう多幸感というものが滲んでいるのだ。

しかしこの幸福は残酷なる貧困と隣り合わせだ。例えばサンドラは子供らしくただサッカーで遊んでいたいだけだが、貧困の末に父親は彼女を年上の男性に売り渡し、強制的に結婚させる。手前の部屋ではサッカーボールを投げて遊ぶサンドラ、奥の部屋では契約といった風に話を進めていく父親と中年男性。そして中年男性は言うのだ。"お義父さん、未来に乾杯!"と。この痛ましい構図には、残酷な貧困が壮絶な形で表れている。

こうしてPekarčíkによって綴られるロマの日常では喜びと残酷が残酷している。彼はこれに関して何か自身の思いや考えを提示することはない。ただただ、その光景を真っ直ぐ見据えるだけだ。そこに余計なものが介在しないからこそ、私は日常に対して自由に思いを馳せることができるのだ。

そして4つの物語にはある共通点がある。それは登場人物として耳の聞こえない人物が出るということだ。故に劇中には声以外にも、身振り手振りで意思疎通を行ったり、手話という言葉で交流をしたりする場面が多く描かれる。私たちはここにおいてロマの聾唖コミュニティに所属する人々の言葉と出会うことになるのである。

ここで安堵させられるのは、描かれるスロヴァキア手話にキチンと字幕が付いていることである。例えばウクライナの聾唖学校を舞台とした「ザ・トライブ」は登場人物たちの手話に一切字幕を付けないことが売りになっていたが、彼らの言葉に字幕を付けないことは聾唖者に対し誠実ではないのではないかと鼻白んだ覚えがある。しかしPekarčíkはキチンと字幕を付けているのだ("いや、それが普通だろ"という思う方もいるだろうが)

"Hluché dni"は東欧、特にスロヴァキアに生きるロマたちの日常を虚飾なくありのまま描きだす作品だ。それは素朴で誠実なヒューマニズムに支えられており、それが観客を魅了するのだ。

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