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映画痴れ者/ライター済藤鉄腸のブログ。日本では全く観ることができない未公開映画について書いてます。お仕事の依頼は 0910gregarious@gmail.com へ

ロカルノ2020、Neo Soraと平井敦士

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今年のロカルノ映画祭はコロナウイルスの影響でオンラインで行われることになったが、Pardi di domani部門に2本の日本にルーツを持つ監督による作品が選出された。日本人の映画批評家として正直に言おう、日本映画界は空前の淀みを見せている訳で、まあクソッタレだ。日本ルーツの監督の作品がロカルノに選出されたといっても余り喜ぶ気になれなかった。だがその2本は私の予想を遥かに越える完成度を誇っていたのだった。ということで私はこのレビュー記事を書くことで、彼らが映画界の未来になるための助けとなりたい。

最初に紹介するのはNeo Sora監督作"The Chicken"である。主人公はヒロという日本人青年だ。彼は数年前にニューヨークに移住しており、妊娠中の妻とともに平穏な暮らしを続けている。そんな彼のもとにいとこであるケイがやってきて、旧交を温めあう。だがそんな彼らはある事件に遭遇することになる。

今作においてまず注目すべきなのはNeo監督の野心だ。この映画の原作は志賀直哉「十一月三日午後のこと」という短編作品だ。鴨を買いにいった男が直面する倫理への問いを描きだした作品で、日本でも有名である。海外ではあまり知られていないかもしれないが、志賀は日本随一の文豪であり、文壇において尖鋭な自然主義を推し勧めた人物なのだ(かく言う私も東京の大学で彼の作品を研究していた)だが彼の作品はラディカルなまでに簡潔であると同時にすこぶる豊穣であり、映画化することは困難なこと。監督によるとあの小津安二郎も「志賀作品は、映画にはできないし、してはならない」と言ったそうである。

だがNeo監督はそんな志賀作品の映画化に挑戦した訳である。しかもこの2020年代に、フィルム撮影で、しかも日本からニューヨークに舞台を変えてである。このある意味でアナクロと現代性が交錯する野心に私は深く感銘を受けたし、その上で彼はこの絶望的な賭けに勝利を果たしたと断言できるのだ。

今作の撮影監督であるBill Kirstein(2019年のベルリンで話題になった"So Pretty"も担当している)は16mmフィルムで以て、ヒロとケイの1日を見据える。粒子が煌めく画面からは11月のニューヨークを襲った季節外れの熱が滲みでてくるようだ。そしてそこには日常のなかにこそ宿る親密さが宿っている。これは確かに志賀の豊かな作品群と共鳴している。

ヒロはケイのために生きた鶏を買い、夕食のために捌こうとする。だがある事件をきっかけに、彼は鶏を殺すことに躊躇を覚えてしまう。そんな彼の姿からは生命倫理への懊悩が反映されている。生き物の生殺与奪をまるで神のように握ること、これは人間のエゴでしかないのではないか? そんなに容易く他の存在の命を奪うべきであるのか? これは簡単に答えの出る問いではないが、監督はヒロの苦悩を通じて問いを静かに見据えるのだ。

今作でこの生命倫理への問いを象徴するものが生物の体液である。例えば鶏の首から流れる血潮、ヒロの妻が破水した時に流れる羊水だ、これらは生物の生というものに密接に関わってくるものであり、この困難な問いを更に複雑微妙なものに変えていく。そして私たちもまた、映画を通じてこの問いと直面せざるを得なくなるのだ。こうして観客の考えに痛烈に作用するような力を"The Chicken"は宿し、小津安二郎の言葉すらも越えてそんな映画を完成させる野心をNeo Sora監督は持っている。

次に紹介するのが平井敦士監督作"Retour à Toyama"である。今作の主人公であるタクミはフランスに住んでいたのだが、久しぶりに故郷である富山に帰ることになる。そこは海に面する小さな町であり、その光景を目の当たりにしながら彼は懐かしさを覚えるのだったが……

序盤において、平井は撮影監督であるBenoit Painとタクミの富山での日常を静かに見据えることになる。さびれた港に満ちる美しい闇、静かで平和な街並み、田んぼの真ん中に位置する墓地、料理のたくさん載ったテーブル……Painの撮影はとても素朴なものながら、観客の顔に思わず笑みが浮かぶほどの親しみ深さをも纏っている。

そしてこの親しみある撮影をより観客の心に近づけるのが、音の存在である。例えば港に満ちる波の響き、夕食中に響き渡るテレビの騒音、街を飛び交うカモメたちの鳴き声などを繊細に掬いとりながら、監督は日常の豊穣さを高めていく。日本人としてこの映画を聞きながら、覚えのある音の数々が深いしなやかさや優しさや以て立ちあがってくることには驚かされた。

さらに私が感銘を受けたのは今作に現れる会話に存在する絶妙な間の数々である。主人公と彼を心配する母親、そして彼のために魚を捌く祖母の間で交わされる会話は私たちの日常を反映しながら、どこかとぼけた味わいを持っている。私はこの間をとても"日本的な"ものと感じたが、監督はその特有さを研ぎ澄ますことで普遍的なものへとも高めているのだ。

平井監督は日本人ながら、パリで映画を勉強する人物だ。驚きなのは彼がダミアン・マニヴェル監督の元で助監督として鍛錬を積んでいることである。私は「パーク」泳ぎすぎた夜における、マニヴェル監督の日常に根づく身体性への眼差しに新鮮な驚きを感じていた。おそらくダンサーでもあった彼の経験がこの温もりの源となっているのだろう。

感動的なのはこの身体性に関する柔らかな眼差しを平井監督は継承しているということだ。タクミの心の彷徨を通じて、私たちは様々な人々の身体が生きている光景を目撃するはずだ。この丹念な積み重ねによって、そこには類稀な愛おしさが生まれるのである。これが"Retour à Toyama"の核なのだ。ラストに浮かびあがる風景も日本の何気ない日常の1つだ。しかしだからこそ私たちの胸を深く、深く打つのである。

Neo Sora監督と平井敦士監督に共通するのは、両者ともに海外で映画を制作していることである。歴史的に、日本映画界というのは頗る内向きであり、良かれ悪かれ特異な映画が製作されてきながら、それも限界に近付いているように思われる。そんな時代だからこそ、外部から日本を見据える日本人監督が現れていることはまたとない希望だとも言える。私はこの2人の若い映画作家こそが日本映画界の、ひいては映画界の未来であることを祈りたい。

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