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映画痴れ者/ライター済藤鉄腸のブログ。日本では全く観ることができない未公開映画について書いてます。お仕事の依頼は 0910gregarious@gmail.com へ

Ismail Safarali&"Sessizlik denizi"/アゼルバイジャン、4つの風景

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私はこの鉄腸マガジン上で2020年代の映画界を担うのはアゼルバイジャンだと何度も発言している。故に私はアゼルバイジャンの新たなる才能に目を光らせている訳だが、そこで出会ったのである。彼の名はIsmail Safarali、彼の最新短編"I Still Must Watch You Turn to Stone"のレビューを読んだ時、こんな作品を作るアゼルバイジャン人作家がいるのかと驚かされた。そこで彼に是非あなたの監督した短編が観たいとメッセージを送ると、彼は快く4本の短編を私と共有してくれた。そして4本を一気に見終えた私は感動に打ち震えている。私はまた新たなるアゼルバイジャン映画界の新鋭に出会ったと。とうことでこの記事ではSafarali監督の4本の短編を順番に紹介していきたいと思う。

まず1本目は2014年制作の"Tekbetek"だ。今作の主人公は12歳の少年アガリ(Agali Gafarov)だ。彼は北アゼルバイジャンの田舎町に母親と一緒に住んでいるが、彼女は自身の息子をネグレクトしている状態ゆえ、ほとんど1人で生きていかざるを得ない。彼にとって友達と言えるのはファルーク(Farrukh Agametov)という隣人の少年とサッカーボールだけだった。

序盤において今作はアガリたちの日常を丁寧に描きだしていく。起床したアガリは支度を独りでこなして、学校へと出かける。ファルークと合流した後、彼らはサッカーボールで遊びながら、朝を溌溂に過ごす。そしてファルークの母親が教師を務める学校で勉強をした後にはやはりファルークと遊ぶのだが、最後には独りで家に帰ることとなる。

こういった日常がアガリの人生においては延々と繰り返されていく。そこには小さな幸福も確かに存在しているが、それは貧困や寂しさ、徒労感に塗り潰されていくようだ。しかし緩やかな反復の中にこそ、Safarali監督は息を呑むような繊細な詩を見出していく。何気ない日常の中にこそそれは隠されているのだと監督は語るのだ。

これを更に洗練されたものとしていくのが北アゼルバイジャンに広がる崇高な自然の数々だ。開けた世界には灰色の大地と瑞々しい緑が広がっており、その中を子供の足取りで危なっかしく歩くアガリとファルークの姿はとても小さなものだ。この大いなる地において人間はちっぽけであり孤独だ。だがこの孤独の隣にこそ美が宿っている。これが日常の中の詩と重なりあい、観客の息を静かに掴み取っていくのだ。こうして"Tekbetek"の魔力は私たち自身の日常への眼差しを少し、しかし大胆に変えてしまうのである。

彼の短編2作目は2015年制作の"A Lullaby for Yuki"である。前作と打って変わって舞台はロシアだ。あるシングルマザー(Naila Safarali)が経営するコテージに1人の女性(Mariya Bushmeleva)がやってくる。彼女たちは顔見知りであるようで旧交を温めるのだが、何か微妙な雰囲気が彼女たちの間には流れている。そして息子を交え、2人は共に時間を過ごすことになるのだが……

まず目を惹くのは先鋭なコントラストに彩られたモノクロ映像だ。この厳粛な、雪と墨が交わりあうような映像の中で女性たちの静かな交流が描かれる様は頗る新鮮で、心が現れるような清らかさが存在する。その演出はある意味でソ連映画への回帰を指向しているようにも思われる。

そしてここにはSafaraliの映画監督としての野心が漲っているような印象を受ける。上述の要素に加えて様々な技術の駆使、例えば疑似的なスプリットスクリーン、息詰まるリアリズムを反映した手振れを伴う撮影、劇中でのオペラの多用など前作とは全く違う世界がそこには広がっている。自身の居心地のいい場所から一歩踏み出し、新たな映画を作ろうと言う気概がそこにはあるのだ。

こうして物語は2人の謎めいた交流を描きだしていく。それは時に親密で、時に不穏で、時に官能的で、しかし常に謎めいた雰囲気を纏っている。その言葉の数々からは彼女たちの関係性は曖昧なもののように思われるが、その身振りはその関係性が頗る濃密で深いものであることを饒舌に語るのだ。そしてこの神秘性は物語が展開するごとに深まっていく。"A Lullaby for Yuki"はそんなSafarali監督の野心が感じられる1作だ。

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そして3本目が2017年制作の"Sessizlik Denizi"だ。主人公である中年男性ジャファール(Kamran Agabalayev)はある目的のために海岸沿いの町にやってきた。ここにはいとこであるサイダ(Sitara Ibrahimova)の死の真相を探りにきたのだ。彼は叔父であるグルバン(Gurban Ismailov)と再会を遂げるのだが、ジャファールは彼こそが死の真相を知っていると考えていた。

今作はアゼルバイジャンノワールとも言うべき陰鬱な世界が広がっている。ジャファールはかつてサイダを愛しながら、彼女を謎の死によって失ってしまった。表面上は正気を気取りながらも、彼は死に執着し真相を探し続けている。一方でグルバンは彼との再会にも比較的冷淡で、何を考えているのか全く窺い知れない。彼らの対話は互いを探るような怪訝な視線が内在し、どこへ行くとも知れない。

私にとって印象的だったのはアゼルバイジャンの海に宿る謎めいた引力だ。以前私はElmar Imanov監督作"End of Season"というアゼルバイジャン映画を観たのだが、今作においてある家族が海へ旅行に行く。しかし目を離した隙に妻・母である女性が忽然と姿を消してしまう。ここから異様な展開を迎えるのだが、そこでは海が人間の心を呑みこむ不気味な存在として描かれていた。この"Sessizlik Denizi"にも海が登場し、まるで運命のように登場人物たちの心を魅入るのである。

物語が進むにつれて、今作ではむしろ決定的な真相からどんどん遠ざかっていくような茫漠たる感覚が深まっていく。ジャファールはグルバンを詰問しながら、彼はその問いをのらりくらりと躱していき、ジャファールの心には焦燥ばかりが募る。そしてグルバンの言葉は事態を迷宮化させていき、私たちはジャファールと共にこの異様なる迷宮を彷徨うことになるのだ。

そしてこの作品ではSafarali監督の試してきた実験性が最善の形で結実していると言える。ジャファールとサイダの細やかな幸福を語るホームビデオの挿入、逆に暴力的なまでの力強さで物語に介入してくる日常音の数々、そういった物語にとっての異物となる実験的要素の数々は、むしろその違和感によって本作を陰惨で無情な詩に高めているのだ。

不条理な運命を司るような灰色の海、この国の主要宗教であるイスラム教と反復されるアラビア語の響き、"Sessizlik Denizi"はそういったアゼルバイジャンの土着的な要素を背景としながら、手垢のついたノワールを大胆に語り直すような1作として屹立する禍々しい傑作だ。

そして最後に紹介するのは彼が2020年に制作した最新短編"I Still Must Watch You Turn to Stone"である。舞台は何と東アフリカに位置するタンザニア、主人公はここに旅行へやってきた父と娘だ。微妙な関係性にある彼らはその仲を緩やかに修復するため一緒に旅をすることとなったのだ。

今作には一応の物語が存在しながらも、内容としては実験映画に近い。映像は全てモノクロの素朴なホームビデオから構成されており、編集によって取り留めのない走馬灯のような流れが描かれていく。その意味で"Tekebetek"の目前の風景に詩を見出す作風に戻っているとも言えるが、この2つの詩はまた似て非なるものとして屹立している。

そして撮影監督も兼任しながらSafaraliはタンザニアの豊かな文化を捉えていく。タンザニアに広がる荒涼と洵美の交錯する自然、部族たちの勇壮な踊りの数々、そんな彼らと自然の峻厳な交流、そういった要素が綴られていくのだ。この作風は例えばベン・リヴァースベン・ラッセといった、世界を股にかけて自分たちとは異なる文化を映画として切り取っていく、人類誌学的アプローチに共鳴するものだ。

今作においてこの人類誌学的な洞察に重なるのが父と娘の交流なのだ。彼らは互いの姿を撮影しあいながら旅行を続けるのだが、その映像には常に彼らの言葉が付随する。その言葉は曖昧で、どこへ行きつくこともなく、タンザニアと人生の果てしなさに途方に暮れているようだ。だが心の離れた彼らを再び結びつけるのもまたタンザニアの広大なる自然なのだ。私たちは彼らの曖昧模糊たる不安が救済されていく様を目撃することになるだろう。

さてこうしてSafarali監督の4作品を紹介してきたが、その作風は演出や物語、言語の多様性を体現するものであり、ジャンルを越境する力に満ち溢れている。アゼルバイジャンの今を見据えるスローシネマ、クィア的な愛を反映したドラマ作品、迷宮的で禍々しいアゼリ・ノワール、人類誌学的な実験映画、どれも独自の魅力を宿している。この自由な魂を持つIsmail Safarali監督が2020年代の映画界へ飛び立つことを、私は切に願っている。

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