ロシア映画、特にソビエト時代の映画作品には戦争映画の傑作が多い。例えばロシアにおけるドイツ軍の凄惨な虐殺を描いた衝撃作「炎628」や独ソ戦の脅威に立ち向かう少年の姿を描いた「ぼくの村は戦場だった」さらにはボリス・バルネットが監督した、第1次世界大戦をめぐる作品「国境の町」など枚挙に暇がない。今回紹介するのはそんなソ連映画の伝統を現代に引き継いだ1作、Alexander Zolotukhin監督作"A Russian Youth"(ロシア語原題"Мальчик русский")を紹介していこう。
今作の主人公はアレクセイ(Vladimir Korolev)という青年だ。彼は純朴な田舎青年であり、武勲を立てるために一兵卒として第1次世界大戦に参加することになった。彼は仲間たちとともに、時には幼さを笑われながら、戦争の荒野を行くのだったが……
まず本作を観た時、私たちは様々な違和感を抱くことだろう。例えばスクリーンの画角が四角ではなく丸くなっていることや、画面の色がデジタルともフィルムのそれとも異なるセピア色であることが特徴的だ。これらを目の当たりにする際、観客はこの映画が他の映画とは一線を画する存在であることを悟るはずだ。
そして監督は戦場の壮絶さを描き出していく。塹壕における爆撃はその最たるものだ。つかの間の休息に浸っていた兵士たちを、突然爆撃が襲うのだが、その時の音の響きは凄まじく、鼓膜すら爆裂させるほどだ。そして彼らは次々と爆撃と死の砂埃に呑みこまれていく。いとも容易く命は殲滅されていくのである。
そんな中で、ガス攻撃によってアレクセイは失明してしまう。盲目になった彼はキャンプ地を彷徨うのだったが、ここにおいて今作はサイレント映画の様相を呈する。手を伸ばして、まるでキョンシーのように進む姿には人生の数奇な可笑しみが滲み出てくる。そしてアレクセイは同僚に迷惑をかけ、上官を小馬鹿にしていく。それはもはやコメディの域にまで達している。
さて、そんな本作であるが、もう1つ印象的な要素が音楽である。劇中では随所にラフマニノフの曲が流れることになる。時には戦争の脅威に重なり不穏に響くこともあれば、時にはアレクセイの狂態に重なって笑いにすら転じることになる。監督は彼の曲が持つ様々な表情を、映画によって引き出していくのだ。
だが更に異色なのは、劇中にこのラフマニノフの曲を演奏するオーケストラの姿が挿入されることだ。例えば指揮者が指揮棒を優雅に振る姿、青年がバイオリンを弾く姿、しなやかな指がピアノの鍵盤を舞い踊る姿。そういったものが何の脈絡もなく挿入される。それはソ連時代の演奏風景を再現しているという訳ではない。現代を生きる演奏家が映画の劇伴となるラフマニノフを演奏する後継こそが挿入されるのである。
私たちは再現された第1次世界大戦の光景を目撃しながら、同時に現代に生きる指揮者がオーケストラに指示する言葉を聞くことになるだろう。ここでは過去を描くフィクションと現代を描くドキュメンタリーが交錯しているのである。そこで監督が叩きつけるのは、あの忌まわしき戦争が起きていた過去は私たちが今生きている現実と地続きなのであるという紛れもない真実である。この力強さは他の映画には到底達成しえないものだ。
"A Russian Youth"はソ連映画の伝統とロシアの現在を荒業で繋げる偉業だ。アレクセイの瞳に映る脅威はそのまま私たちにも降りかかりうる脅威として、今不気味な輝きを増している。
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