鉄腸野郎Z-SQUAD!!!!!

映画痴れ者/ライター済藤鉄腸のブログ。日本では全く観ることができない未公開映画について書いてます。お仕事の依頼は 0910gregarious@gmail.com へ

Alexander Zolotukhin&"A Russian Youth"/あの戦争は今も続いている

f:id:razzmatazzrazzledazzle:20200116161511p:plain

ロシア映画、特にソビエト時代の映画作品には戦争映画の傑作が多い。例えばロシアにおけるドイツ軍の凄惨な虐殺を描いた衝撃作「炎628」独ソ戦の脅威に立ち向かう少年の姿を描いた「ぼくの村は戦場だった」さらにはボリス・バルネットが監督した、第1次世界大戦をめぐる作品「国境の町」など枚挙に暇がない。今回紹介するのはそんなソ連映画の伝統を現代に引き継いだ1作、Alexander Zolotukhin監督作"A Russian Youth"(ロシア語原題"Мальчик русский")を紹介していこう。

今作の主人公はアレクセイ(Vladimir Korolev)という青年だ。彼は純朴な田舎青年であり、武勲を立てるために一兵卒として第1次世界大戦に参加することになった。彼は仲間たちとともに、時には幼さを笑われながら、戦争の荒野を行くのだったが……

まず本作を観た時、私たちは様々な違和感を抱くことだろう。例えばスクリーンの画角が四角ではなく丸くなっていることや、画面の色がデジタルともフィルムのそれとも異なるセピア色であることが特徴的だ。これらを目の当たりにする際、観客はこの映画が他の映画とは一線を画する存在であることを悟るはずだ。

そして監督は戦場の壮絶さを描き出していく。塹壕における爆撃はその最たるものだ。つかの間の休息に浸っていた兵士たちを、突然爆撃が襲うのだが、その時の音の響きは凄まじく、鼓膜すら爆裂させるほどだ。そして彼らは次々と爆撃と死の砂埃に呑みこまれていく。いとも容易く命は殲滅されていくのである。

そんな中で、ガス攻撃によってアレクセイは失明してしまう。盲目になった彼はキャンプ地を彷徨うのだったが、ここにおいて今作はサイレント映画の様相を呈する。手を伸ばして、まるでキョンシーのように進む姿には人生の数奇な可笑しみが滲み出てくる。そしてアレクセイは同僚に迷惑をかけ、上官を小馬鹿にしていく。それはもはやコメディの域にまで達している。

さて、そんな本作であるが、もう1つ印象的な要素が音楽である。劇中では随所にラフマニノフの曲が流れることになる。時には戦争の脅威に重なり不穏に響くこともあれば、時にはアレクセイの狂態に重なって笑いにすら転じることになる。監督は彼の曲が持つ様々な表情を、映画によって引き出していくのだ。

だが更に異色なのは、劇中にこのラフマニノフの曲を演奏するオーケストラの姿が挿入されることだ。例えば指揮者が指揮棒を優雅に振る姿、青年がバイオリンを弾く姿、しなやかな指がピアノの鍵盤を舞い踊る姿。そういったものが何の脈絡もなく挿入される。それはソ連時代の演奏風景を再現しているという訳ではない。現代を生きる演奏家が映画の劇伴となるラフマニノフを演奏する後継こそが挿入されるのである。

私たちは再現された第1次世界大戦の光景を目撃しながら、同時に現代に生きる指揮者がオーケストラに指示する言葉を聞くことになるだろう。ここでは過去を描くフィクションと現代を描くドキュメンタリーが交錯しているのである。そこで監督が叩きつけるのは、あの忌まわしき戦争が起きていた過去は私たちが今生きている現実と地続きなのであるという紛れもない真実である。この力強さは他の映画には到底達成しえないものだ。

"A Russian Youth"はソ連映画の伝統とロシアの現在を荒業で繋げる偉業だ。アレクセイの瞳に映る脅威はそのまま私たちにも降りかかりうる脅威として、今不気味な輝きを増している。

f:id:razzmatazzrazzledazzle:20200116161426p:plain

私の好きな監督・俳優シリーズ
その361 Mona Nicoară&"Distanța dintre mine și mine"/ルーマニア、孤高として生きる
その362 Siniša Gacić&"Hči Camorre"/クリスティーナ、カモッラの娘
その363 Vesela Kazakova&"Cat in the Wall"/ああ、ブレグジットに翻弄されて
その364 Saeed Roustaee&"Just 6.5"/正義の裏の悪、悪の裏の正義
その365 Mani Haghighi&"Pig"/イラン、映画監督連続殺人事件!
その366 Dmitry Mamulia&"The Climinal Man"/ジョージア、人を殺すということ
その367 Valentyn Vasyanovych&"Atlantis"/ウクライナ、荒廃の後にある希望
その368 Théo Court&"Blanco en blanco"/チリ、写し出される虐殺の歴史
その369 Marie Grahtø&"Psykosia"/"私"を殺したいという欲望
その370 Oskar Alegria&"Zumiriki"/バスク、再び思い出の地へと
その371 Antoneta Kastrati&"Zana"/コソボ、彼女に刻まれた傷痕
その372 Tamar Shavgulidze&"Comets"/この大地で、私たちは再び愛しあう
その373 Gregor Božič&"Zgodbe iz kostanjevih gozdov"/スロヴェニア、黄昏色の郷愁
その374 Nils-Erik Ekblom&"Pihalla"/フィンランド、愛のこの瑞々しさ
その375 Atiq Rahimi&"Our Lady of Nile"/ルワンダ、昨日の優しさにはもう戻れない
その376 Dag Johan Haugerud&"Barn"/ノルウェーの今、優しさと罪
その377 Tomas Vengris&"Motherland"/母なる土地、リトアニア
その378 Dechen Roder&"Honeygiver among the Dogs"/ブータン、運命の女を追って
その379 Tashi Gyeltshen&"The Red Phallus"/ブータン、屹立する男性性
その380 Mohamed El Badaoui&"Lalla Aïcha"/モロッコ、母なる愛も枯れ果てる地で
その381 Fabio Meira&"As duas Irenes"/イレーニ、イレーニ、イレーニ
その382 2020年代、期待の新鋭映画監督100!