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映画痴れ者/ライター済東鉄腸のブログ。日本では全く観ることができない未公開映画について書いてます。お仕事の依頼は 0910gregarious@gmail.com へ

Dmitry Mamulia&"The Criminal Man"/ジョージア、人を殺すということ

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ジョージア映画は歴史を鑑みると絵画的な素養が根底にある作品が多かったように思われる。実在の画家の伝記映画である「放浪の画家ピロスマニ」に始まり、テンギズ・アブラゼ「祈り」、最近公開された作品でもザザ・ハルバシ監督の「聖なる泉の少女」は絵画的素養が存分に発揮されたイメージ重視の映画だった。そんな中で、文学的な素養を背景とした作品は少ないように思われる。だが今回紹介するジョージア映画、Dmitry Mamulia監督の第2長編"The Criminal Man"は正にこの素養に裏打ちされた圧巻の作品となっている。

まずカメラはジョージアの首都トビリシの郊外に広がる荒野を映し出す。この神から見放されたような場所に車がやってくる。そして男が2人出てきたかと思うと、1人がもう片方の男に銃を向ける。そして無慈悲に発砲し、男は倒れてしまう。車はそのまま去るが、そこには1人の目撃者がいた。

この名もなき男(Giorgi Petriashvili)はエンジニアとして働くただの一般人である。彼は成り行きで殺人事件の目撃者となってしまった訳であるが、彼は警察にそのことを証言しようとしない。ニュースで流れる殺人事件の報道を静かに眺めるだけである。殺された人物はサッカチームのGKとして活躍していた……

序盤において本作はそんな男の無色透明な日常を淡々と描き出していく。職場で同僚たちと昼食を食べる、車を運転して荒野を通り抜ける、妻と子供が学校で書いた絵について話す、ベッドで穏やかに眠る。そういった描写の数々が何の脈絡もなしに、淡々と結び付けられていくのである。

だがそんな静かに見える日常の中で、確かに男の精神は変貌を遂げていく。彼は何度も何度も流れる殺人事件のニュースを飽きることなく見据え続ける。そればかりでなく、彼は荒野に舞い戻っていき、1人の人間が死んだ殺害現場を眺めることになる。彼の心で事件はゆっくりと、だが確実に膨張を遂げているのである。

監督の描写は断片的かつ散文的だ。日常を丹念に描き出していくことを延々と繰り返し、際立った事件は何も起きないままに時は過ぎていく。それはある意味で淡泊であり、ある意味でストイックなものだ。だが目前の光景を厳然と見つめる監督とカメラ担当のAnton GromovAlisher Khamidkhodzhaev の眼差しが、観客の興味を持続させる。

そして監督自身とArchil Kikodzeが手掛けた脚本における、ディテールへの奇妙な拘りも興味を持続させる一因だ。例えば男は何度か少年たちと巡り合うのだが、毎回彼は姉妹の有無を確認する。彼はその姉妹の個人情報について異様なまでに知りたがり、深くまで聞き出そうと淡々と問いを重ねていく。この不可解な行動の理由は明かされることがない。そんな描写がいくつも存在しており、これが物語の深度を更なるものとしていくのだ。

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その中で男の執着がとうとうある暴力装置へと結実することになる。彼は闇ルートを通じて、銃を購入する。荒野での殺人に使われた暴力装置だ。男は銃を携帯しながら、街を練り歩くこととなる。時にそれを脅迫に使い、時に心を奮い立たせるのに使う。その果てに彼は引鉄を引くのだ。

ここまでを監督は、細部こそが重要だとばかりに長い長い時間をかけて描き出していく。その冗長さスレスレの泰然たる手捌きは、まるで豊饒な描写を伴った長編小説を綴るかのようだ。ショットそれ自体ではなく、物語の流れそれ自体から人間存在への洞察を浮かび上がらせていく様は、映画体験が読書体験へ限りなく近づいていくような印象を受ける。

今作を観ながら真先に想起されるのは、ドストエフスキーに代表されるロシア文学だろう。執拗なまでの思索的長さを伴った描写の数々に埋没していくような感覚は、ロシア文学を読む悦びにも似ている。実際ジョージアは長年ソ連の属国であったし、今作の資本にはロシアが関わっている。ロシアからの影響は否定できないだろう。

そういった意味で現代映画の文脈に今作を配置するならば、監督はロシアのアンドレイ・ズビャギンツェフやトルコのヌリ・ビルゲ・ジェイランらが受け継いだ流れの最先端に位置すると言えるだろう。彼らは深い文学的素養を持ち、長編小説を執筆するように長編映画を創り出す。この壮大な感覚を、監督は第2作目にして獲得しているのだ。

そして物語は続いていく。今作は男の道筋を通じて殺人という罪に対する倫理的な洞察を深めていく。そこには人間の欲望や愛が絡まり合っていく。ある時、男は殺人を犯した若者の裁判に立ち会い、彼の妻と会話を交わす。"殺人を犯した彼を愛しているか?"という男の問いに、妻は"愛が深まった"と答える。この世で人を殺すことは、殺人者自身にもその周りの人間にも大きな影響を与える。その様を、監督は観察していくのだ。

静かに緊張感が高まる中、その果てに監督が描き出そうとするのは人間存在が不可避的に宿す禍々しさや理解し難さなのだというのが分かってくる。彼は文学的なアプローチを駆使しながら、人間心理の奥の奥へと潜行していく。その様は悠然としながらも、堂々たるものであり、正に圧巻としか言い様がない。"The Criminal Man"ジョージア映画界の新たなる豊饒を告げる大いなる1作だ。

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