鉄腸野郎Z-SQUAD!!!!!

映画痴れ者/ライター済藤鉄腸のブログ。日本では全く観ることができない未公開映画について書いてます。お仕事の依頼は 0910gregarious@gmail.com へ

Marie Grahtø&"Psykosia"/"私"を殺したいという欲望

f:id:razzmatazzrazzledazzle:20180508164359j:plain

自殺というテーマは、比較的若い芸術ジャンルである映画・ドラマでも多く描かれてきた。例えばルイ・マル「鬼火」は人生への虚無と倦怠が自殺へと繋がる様を描き出した作品だったし、最近話題である「13の理由」は少女の自殺が高校生たちの心に波紋を広げる様を描きだし、現実世界にも影響を与えてきた。さて今回紹介する作品は、そんな作品群の先端に位置するデンマーク映画Marie Grahtø監督のデビュー長編"Psykosia"だ。

自殺の研究者であるヴィクトリア(Lisa Carlehed)は、郊外に建てられた精神病棟へとやってくる。ここでの目的は、収容患者の1人であるジェニー(Victoria Carmen Sonne)を診察することだ。彼女は奔放な少女であり、自殺に魅入られている。そして病院を故郷と感じており、ここから離れようとしない。ヴィクトリアはそんな彼女をこの精神病棟から解放しようと試みる。

監督の演出は頗る不気味なものだ。彼女はまるでゆっくりと拳を壁に押し付けるようなスローズームや、登場人物たちの姿を斜めから切り取る奇妙さで以て、恐怖を煽る。更に撮影監督であるCatherine Pattinama Colemanが映し出す風景は端正なもので、美しいとも言える。だがPessi Levantoの鼓膜を震わすような音楽と組み合わさることで、何かがその美の裏側で蠢いているような予感を憶えさせるのだ。

それらの表現方法は、良い意味で70年代や80年代の映画作品へと回帰していっているようだ。特にホラー映画と文芸映画を融合させたような作品群、例えばスウェーデンを代表する名匠であるイングマール・ベルイマンの諸作を彷彿とさせる。そして精神病棟という舞台はその頃のアメリカのB級ホラーには多かった。"Don't Look in the Basement"「ジャンク・イン・ザ・ダーク」などが代表的だが、それらにヨーロッパ的な端正さを付け加えた作品が本作であるかもしれない。

ジェニーは不安定な精神を持ちながらも、それはヴィクトリアも同様である。自殺の研究を生業とする彼女もまた自殺に魅了されており、彼女は日々首を吊るという自殺法を繰り返す。そのせいで首には惨い傷痕がついており、それを隠すために彼女は19世紀の貴婦人のような服装を着ている。まるで武装しているかのようだ。

今作で描かれるのはそんな2人の交流である。最初、ジェニーはヴィクトリアに対して敵愾心を隠すことは無く、その交流は静かに不穏なものである。その距離感はまるで檻越しに対峙する人間と動物といった風であり、常に危険が付き纏っている。そんな心の障壁を取り払うために、ヴィクトリアは行動を続ける。

その行動もあってか、ジェニーは彼女に心を開き始めるが、むしろそのせいで危険は深まっていく。心を剥き出しにし、それを少しずつ近づけていくにつれて、2人の間には友情のようなものが芽生え始める。それでいて自殺という考えに身を委ね、だんだんと挑発的な態度を取り始めるジェニーに、ヴィクトリアは性的にも惹かれ始めるのだ。愛と友情の間に広がる曖昧な感情の中へと、2人は迷いこんでいく。

この一言では形容できない関係性が、今作の主軸である。危険で官能的な雰囲気が満ちる中で、女性たちの間にこそ紡がれるだろう濃密な関係性が立ち現われ始める。彼女たちは互いに惹かれあいながらも、己の自殺衝動へと巻き込むように、静かな殺し合いを繰り広げる。表面上は洗練された映像が浮かびながらも、実際に繰り広げられるものはもっと激しく、異様なものだ。

この闘争の核にあるものは2人の女性を演じる俳優たちの熱演である。まずジェニーを演じるVictoria Carmen Sonne、彼女は日本でも公開された「ビッチ・ホリデイ」で注目を浴びたデンマーク期待の新人である。奔放にして脆い心を持つジェニーを、彼女は感情を炸裂させながら自由に描き出している。そしてヴィクトリアを演じるのはスウェーデン出身のLisa Carlehedだ。常に感情を抑圧し、自己の厳しい規律に従い生きる彼女は、しかしその心の奥に大いなる感情の濁流を抱え込んでおり、それはいつか爆ぜる時を待っている。そんな感情の炸裂と抑圧という相反する要素を持つ2人が対面し合う時に生まれるのは、とてつもなく複雑な死の煌めきなのである。

"Psykosia"は人間存在が抱く、自分を殺すということに対する抗い難い魅力を描き出した作品である。そしてそんな魔物に魅入られた2人はどこまでも洵美なる白い闇へと墜ちていくのである。

f:id:razzmatazzrazzledazzle:20180605231532j:plain

私の好きな監督・俳優シリーズ
その341 Abbas Fahdel&"Yara"/レバノン、時は静かに過ぎていく
その342 Marie Kreutzer&"Der Boden unter den Füßen"/私の足元に広がる秘密
その343 Tonia Mishiali&"Pause"/キプロス、日常の中にある闘争
その344 María Alché&"Familia sumergida"/アルゼンチン、沈みゆく世界に漂う
その345 Marios Piperides&"Smuggling Hendrix"/北キプロスから愛犬を密輸せよ!
その346 César Díaz&"Nuestras madres"/グアテマラ、掘り起こされていく過去
その347 Beatriz Seigner&"Los silencios"/亡霊たちと、戦火を逃れて
その348 Hilal Baydarov&"Xurmalar Yetişən Vaxt"/アゼルバイジャン、永遠と一瞬
その349 Juris Kursietis&"Oļeg"/ラトビアから遠く、受難の地で
その350 済藤鉄腸オリジナル、2010年代注目の映画監督ベスト100!!!!!
その351 Shahrbanoo Sadat&"The Orphanage"/アフガニスタン、ぼくらの青春
その352 Julio Hernández Cordón&"Cómprame un revolver"/メキシコ、この暴力を生き抜いていく
その353 Ivan Marinović&"Igla ispod plaga"/響くモンテネグロ奇想曲
その354 Ruth Schweikert&"Wir eltern"/スイス、親になるっていうのは大変だ
その355 Ivana Mladenović&"Ivana cea groaznică"/サイテー女イヴァナがゆく!
その356 Ines Tanović&"Sin"/ボスニア、家族っていったい何だろう?
その357 Radu Dragomir&"Mo"/父の幻想を追い求めて
その358 Szabó Réka&"A létezés eufóriája"/生きていることの、この幸福
その359 Hassen Ferhani&"143 rue du désert"/アルジェリア、砂漠の真中に独り
その360 Basil da Cunha&"O fim do mundo"/世界の片隅、苦難の道行き
その361 Mona Nicoară&"Distanța dintre mine și mine"/ルーマニア、孤高として生きる
その362 Siniša Gacić&"Hči Camorre"/クリスティーナ、カモッラの娘
その363 Vesela Kazakova&"Cat in the Wall"/ああ、ブレグジットに翻弄されて
その364 Saeed Roustaee&"Just 6.5"/正義の裏の悪、悪の裏の正義
その365 Mani Haghighi&"Pig"/イラン、映画監督連続殺人事件!
その366 Dmitry Mamulia&"The Climinal Man"/ジョージア、人を殺すということ
その367 Valentyn Vasyanovych&"Atlantis"/ウクライナ、荒廃の後にある希望
その368 Théo Court&"Blanco en blanco"/チリ、写し出される虐殺の歴史
その369 Marie Grahtø&"Psykosia"/"私"を殺したいという欲望