今、個人的にマジにモンテネグロがアツい。以前からモンテネグロには注目しており、この鉄腸マガジンでも何作かレビューを書いたり、モンテネグロの映画批評家にインタビューを行っていたりはした。そしてつい先日、Svetlana Kana Radević スヴェトラーナ・カナ・ラデヴィチという、70年代に黒川紀章の東京のアトリエで働いていた建築家モンテネグロ人の存在を知り、俄然モンテネグロが近くなった。これをきっかけにモンテネグロ映画史を様々な面から検証しており、新世代の作家にも興味が湧いている。という訳でいつもながら監督たちに"モンテネグロ映画大好きです、あなたの映画もぜひ観たいです!"と直談判し、嬉しいことに見せてくれる監督いるんですよ、これが。今回はそんな流れで触れた1作、モンテネグロ映画界の新鋭Andrija Mugoša アンドリヤ・ムゴシャの短編"Praskozorje"を紹介していこう。
主人公はマリヤ(Milica Šćepanović ミリツァ・シュチェパノヴィチ)という若い女性だ。彼女はモンテネグロ北部の山間部で、両親とともに暮らしている。彼女の日常は料理や洗濯など日々の雑事だけで終ってしまう平坦なものでありながら、その裏側にはある秘密が隠されていた。
まず監督はマリヤの日常の風景を丹念に描きだしていく。台所で料理を作る、両親と野原で日光浴をする、群青色の闇に包まれながら眠りにつく。そういった日常の親密な時間の数々が浮かんでは消えていく。撮影監督であるIvan Cojbasic イヴァン・コイバシチはクロースアップを駆使しながら、その空気感をもレンズに焼きつけていく。
だが逆に彼女たちを取り囲む自然は息を呑むほどに壮大だ。豊穣なる緑が広がる山間の土地、ここには存在する全てを優しく抱擁するような雰囲気が満ちている。そこで際立つのは"黒い山"の存在だ。野原で心を落ち着けるマリヤ、その背後には山が聳え立っているが、影に包まれてそれは黒く染まる。この国の名前はヴェネト語でモンテネグロ、モンテネグロ語でツルナゴーラというが、両方とも"黒い山"を意味している。正にこれが実際の壮大な風景として映画には現れるのだ。
この日常を映すクロースアップと、モンテネグロの自然を捉えるロングショット、この2つを行きかうダイナミクスが今作の要ともなっている。ここにおいて先述したIvan Cojbasicの存在感は絶大なものだ。彼の技術を初めて体感したのは、2020年のサラエボ映画祭で観たモンテネグロ映画"Velika dostignuca"だった。精神病院を舞台としたこのダーク・コメディは間というものを大事にしており、彼は固定長回しを多用し、時間の流れを大胆に切り取ってみせることで、絶妙な間の笑いを醸造してみせた。今作では距離感を自在に操りながら、モンテネグロの日常へ親密さと崇高の両方を観客に齎すという技を行っている。
そして夜、マリヤは山を下り、町へと赴く。そこで何をするかといえば酒場で男を誘惑し、セックスするのだ。それは自身の肉体を傷つける行為にしか見えず、頗る悲痛に映る。この哀しみの核が主演のMilica Šćepanovićの存在感だ。最新のモンテネグロ映画を観ると必ずといっていいほど顔を見る俳優だが、その人気ぶりも頷けるほど纏う空気感は印象的だ。彼女は拭い難い孤独そのものとして、この映画に在るのだ。
以前、今作に関しては監督のAndrija Mugošaにインタビューを行ったので、ぜひそちらを読んで欲しい。そして今年は2本の新作を既に制作済みで、そのうちの1本である"Ječam žela"はサラエボ映画祭でプレミア上映され、話題を博した。ということでMugoša監督の今後に期待。
私の好きな監督・俳優シリーズ
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その412 Octav Chelaru&"Statul paralel"/ルーマニア、何者かになるために
その413 Shahram Mokri&"Careless Crime"/イラン、炎上するスクリーンに
その414 Ahmad Bahrami&"The Wasteland"/イラン、変わらぬものなど何もない
その415 Azra Deniz Okyay&"Hayaletler"/イスタンブール、不安と戦う者たち
その416 Adilkhan Yerzhanov&"Yellow Cat"/カザフスタン、映画へのこの愛
その417 Hilal Baydarov&"Səpələnmiş ölümlər arasında"/映画の2020年代が幕を開ける
その418 Ru Hasanov&"The Island Within"/アゼルバイジャン、心の彷徨い
その419 More Raça&"Galaktika E Andromedës"/コソボに生きることの深き苦難
その420 Visar Morina&"Exil"/コソボ移民たちの、この受難を
その421 「半沢直樹」 とマスード・キミアイ、そして白色革命の時代
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