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映画痴れ者/ライター済藤鉄腸のブログ。日本では全く観ることができない未公開映画について書いてます。お仕事の依頼は 0910gregarious@gmail.com へ

Azra Deniz Okyay&"Hayaletler"/イスタンブール、不安と戦う者たち

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2016年、トルコで勃発したクーデターは記憶に新しい。トルコ軍の反乱勢力がエルドアン政権に反旗を翻したこのクーデターは未遂に終わったが、これがエルドアン政権の強権をさらに強めることになる。この事件を否応なく思いださせる光景から幕を開けるAzra Deniz Okyay監督作"Hayaletler"は、正にクーデター以降の不安と戦いを描きだした作品である。

今作はイスタンブールを舞台とする群像劇だ。ディデム(Dilayda Günes)はダンスを愛する少女であるが、最近仕事をクビになってしまった。中年女性イフレット(Nalan Kulucim)は息子が刑務所に収監されており、その心労が収まることはない。エラ(Beril Kayar)はフェミニストの活動家であり、日々女性や子供の人権のために戦っている。そしてラシット(Emrah Ozdemir)は不動産業者としてグレーな仕事を続けていた。

まず監督は4人の日常を手持ちカメラのリアリズムで追跡していく。トルコの不安定な政情を背景として、彼らの日常にも微妙な震えが存在している。そこには透明な淀みのようなものが宿っているのだ。イスタンブールに満ちる空気感も息詰まるもので、解放感というものは感じられない。

そして映画はイスタンブールの現在を見据えていく。4人が住んでいる一帯ではいわゆるジェントリフィケーションを押し進められている。低所得者層に位置する彼らの居住区に、富裕層が流入する状況が作られている訳である。そして弱者がさらに逼迫した立場に追いやられていくのだ。

この現象の一端を担っているのがラシットである。不動産業者として彼は地域の古い建物を買い、それを利用しようとしている。そしてイスタンブールに生きるシリア難民たちに対しては高額な家賃をふっかけ、居住地を提供している。彼の行動は弱者の弱みにつけこむ非道なものであり、それはトルコの移民問題にも密接に関わってくるのである。

だがそれに抗うものたちもいる。エラはフェミニストの活動家として仲間たちと積極的に人権活動を行い、政府に対して果敢に弱者の救済を叫ぶ。そしてディデムはダンスを通じて自分の身体を躍動させ、さらに心をも解放しようとするのである。そんな彼らは警察に目をつけられ、何度も襲撃される。だが彼女たちは諦めることはない。そんな彼女らの小さな、しかし偉大な戦いを監督は真っ直ぐと見据えるのだ。

そんな中でイフレットの息子が刑務所で騒動を起こし、彼女は金が必要になってしまう。あちこちを駆け回るのだが、いっこうに金は集まらない。そしてある取引を持ちかけられた彼女はディデムを呼びだし、ともにある場所へ向かう。その夜、イスタンブールで大規模な暴動が勃発することとなる。

"Hayaletler"は移りかわるイスタンブールの現在と、そこで抑圧と戦いつづける人々を描きだした作品だ。今、この都市には鬱屈と不安、怒りが渦巻いている。だが戦いを止めることがなければ、そこに希望はあると監督は強く語るのである。解放の時はそこにあると。

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