いわゆる"放蕩息子の帰還"というべき作品は映画に限らずあらゆる芸術で何度も何度も語られているだろう。そしてそういった作品を何度も何度も私たちが楽しめるのは、文化や言語の違いがこの普遍的な物語に異なる感触を与えるからだ。今回紹介する"放蕩息子の帰還"映画はエストニアからやってきた1作、この国の新人作家Janno Jürgensによる長編デビュー作"Rain"である。
今作の主人公は12歳の少年アッツ(Marcus Borkmann)である。彼の両親であるマリュとカリュ(Laine Mägi&Rein Oja)の心は既に離れ離れであり、ゆえに家族関係もバラバラな状態が続いている。そんなある日家にやってきたのはアッツの年の離れた兄ライン(Indrek Ojari)だった。彼は家の地下室に居座り始め、その姿をアッツは遠くから眺めることになる。
アッツにとって兄はほとんど謎の存在だ。フラフラと外出するかと思えば地下室でドラムを洒脱に叩いたり、しかしいつだって酒を暴飲している。知らなかった兄の様々な側面を目の当たりにするうち、アッツは不信感と好奇心の両方を抱くことになる。しかしうまく兄と交流することがアッツにはできないのだった。そしてアッツ含め他の家族もまた奇妙な状況に追いこまれている。アッツは親友である少年ともう1人、出会ったばかりの少女に淡い思いを抱いており、これをどう表現していいか分からないでいる。母のマリュは職場の若い同僚に恋心を持っており、彼の心に少しずつ近づいていく。カリュは日々の不満を激しい賭けボクシングで発散しており、そのせいで身体はボロボロに傷ついていくのだ。
登場人物たちのどこか奇妙な境遇と性格の数々は、特にアメリカ映画的な感触を宿しているが、今作ににはどこか深い侘しさが付きまとっている。その印象を強めるのは撮影監督Erik Põllumaaが抱えるカメラに映し出されるエストニアの寒々しい風景の数々だろう。どこまでも真っ白な雪に包まれた世界は心に寒風を吹かせ、夏の海にすらもどこか冷たさを感じさせる。この凍てつきの風景はバルト海的な独特さのように思える。
そしてこの侘しさのなかで誰も彼もが孤独なのである。家族こそが彼らの居場所であるべきだと彼ら自身思っているのに、そこが居場所にならない現状に呆然とし、彼らの心は彷徨うことになってしまうのだ。そんななかでラインは謎めいた女性アレクサンドラ(Magdalena Poplawska)と出会い、急速にその仲は深まっていく。しかし彼女にはある秘密があった。
物語は丹念で、かつ繊細な筆致で以て人々の抱える孤独というものを描きだしていく。そこには私たちも時おり感じてしまうだろう、人生のままならなさというものが宿っている。何で自分はこんな目にあってる、人生こんなことになるはずじゃなかったのに。この思いは当然言葉にされることはない、みなこの思いを必死に押しとどめながら日々を生きているからだ。だが監督は物言わぬ人々の表情や挙手挙動の中にこそ静かに浮かぶ思いを、スクリーンに焼きつけていく。
これを支えるのが俳優たちの確かな演技の数々だ。特にLaine MägiやRein Ojaといったエストニアの名優に囲まれながら、力強い演技を見せてくれるアッツ役のMarcus Borkmannの存在感は印象的だ。顔にいつだって不安を浮かべながらも、周りの人々の姿を観察し、自分なりに人生へと考えを巡らす。そして兄であるレインとの距離を近づけていくなかで、自分だけの答えを見つけていく。そんなアッツをBorkmannは美しく演じていく。
"Rain"が語るのは、家族という概念は不完全なものであり、ある意味で家族こそが孤独そのものからできているということだ。だがそうして虚無に陥るのは時期尚早だろう。この孤独について知ることでこそ、人と人とが分かりあえる瞬間というものが存在する。ラインはそのために家族の許へと舞い戻ったのかもしれない。
私の好きな監督・俳優シリーズ
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