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映画痴れ者/ライター済藤鉄腸のブログ。日本では全く観ることができない未公開映画について書いてます。お仕事の依頼は 0910gregarious@gmail.com へ

Nora Martirosyan&"Si le vent tombe"/ナゴルノ・カラバフ、私たちの生きる場所

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皆さんもニュースでご覧になられただろうが、今アルメニアアゼルバイジャンナゴルノ・カラバフという地域を巡って激しい紛争を繰り広げている。Twitterでは紛争の動画が流れ(日本人はまるでこの動画を一種の娯楽作品のように捉え、気軽にTwitterで共有しているように思われてならない)、停戦協定が結ばれたかと思えばすぐに戦闘が再開するなど、かなりの混沌が広がっている。私はアルメニアにもアゼルバイジャンにも友人がおり、Facebookで繋がっているので、両者から自分たちの国の悲惨な境遇を知ってほしいというポストと共に、互いの国がいかに悪辣で残酷かを訴えるポストも流れてくる。それが本当に辛い。罪のない個人が、国に先導されて憎悪を内に宿す様を、まざまざと見せつけられているようだ。私の親友であるアゼルバイジャン人もアルメニアへの怒りを英語とアゼルバイジャン語でポストしており、それを見ると本当にやるせない気分にさせられる。

私はいわゆる中立という立場はとても危うく、ともすれば有害な冷笑主義にまで繋がる危険性を持っていると思われるが、この紛争に関してはどちらの国の友人も心配で、彼ら両方の心に寄り添いたいとそう願っている。ここで私は何ができるのかを考える。紛争を考えると遠く日本に住む私は全くの無力だと感じさせられる。それでも私は、ナイーブすぎるかもしれないが、ここでいつもやってきたことを変わらずに続けていきたい。それは日本未公開映画を紹介するということだ。それによって日本の皆さんにアルメニアアゼルバイジャン、ニュースでは知ることのできない両方の現実を知って欲しいのである。ということで今回は正に紛争の真っただ中にあるナゴルノ・カラバフの現在を、アルメニア人の視点から描きだす1作、Nora Martirosyan監督のデビュー長編"Si le vent tombe"を紹介しよう。

今作の主人公はアラン(「ネネットとボニ」グレゴワール・コラン)というフランス人男性だ。彼はナゴルノ・カラバフにやってきたのは、この地域に建設された空港を再建するため、レポーターとして現実を世界に伝えることが目的だった。空港の再建は地域のアルメニア人たちにとっては悲願であり、アランは彼らの希望でもあった。

まずMartirosyanはナゴルノ・カラバフにおいては異国の民であるアランの視点を通じて、地域の現実を描きだそうとする。宏大でありながら些かの荒廃の印象も抱かされる大地、その大地に疎らに偏在する公共施設、活気ある街並みの間隙に見えてくる貧困の影、のどかさと不穏が音もなく同居するような奇妙な雰囲気。そんな風景の数々をアランと私たちは目撃することになる。

その中で彼は空港再建を指揮するリーダーからこんな言葉を聞くことになる。"空港が再建されて飛行機が飛び立てば、世界の皆が私たちが生きていると知ってくれる。私たちの記憶が守られることになる"と彼は真っ直ぐな視線で言うのだ。観客はそこからナゴルノ・カラバフの悲壮な現在を知ることができるだろう。

そして今作におけるもう1人の主人公がエドガル(Hayk Bakhryan)というアルメニア人の少年だ。彼は家族を養うために、昼間中はずっとこの地域の人々に新鮮な水を売ってる。その苦労に満ちた生活は毎日続く、閉塞感に終りが見えることは一切ない。

Martirosyan監督は、エドガルの目からは更にこの大地に深く根差した人々の日常というものを描きだそうとする。空き地でサッカーをして遊ぶ子供たち、荒廃した廃墟の間を家畜たちとともに練り歩く牧畜人、病院で水を飼う軍人。虚飾なき視線を通じて描かれる彼らの姿からは、豊かで生々しい息遣いが聞こえてくるのだ。

その中でも際立つのが彼らの日常に存在する大いなる貧困だ。エドガルは学校にも行くことができないまま、新鮮な水を売り捌く生活をしている。しかもその新鮮な水というのは件の空港から盗み出した水道水なのだ。空港側の人間たちも黙認はしているようだが、そうやってでしかエドガルは金を稼ぐことができない訳である。そしてそんな状況にあり、空港から街へと行こうとするエドガルの姿を、アランは目撃するのである。

Simon Rocaによる撮影は抒情的なリアリズムによって満たされている。彼の映し出すナゴルノ・カラバフの大地は荒涼を伴った壮絶な美として、私たちの網膜に凍てついた風を吹かせる。そして彼がこの大地とアランら登場人物たちを同時にフレームに入れる時、そこでは彼ら人間のちっぽけさが際立つことになる。この瞬間の数々が何とも言い難いほどの切なさを持っており、私たちの心を打つのだ。

そしてアランは空港の人々、特に運転手を務めるアルメニア人であるセイラネ(Arman Navasardyan)と親交を深めていき、ナゴルノ・カラバフの現実の奥深くまで潜行していくことになる。この過程の中で、彼はこの状況のどうしようもなさを、歴史のままならさと直面し、苦悩すらも深まっていくことになる。

彼を演じるのは「ネネットとボニ」「美しき仕事」などクレール・ドゥニ作品で鮮烈な印象を残してきたフランスの名優グレゴワール・コランであり、ここでは静かな力演を見せてくれる。彼の端正な顔立ちには神経質な不安定さが濃厚で、まるでそれがナゴルノ・カラバフの不安定な状況を反映したかのうであり、彼が現実を知っていくごとにこの不安定さは更に痛切さを増していく。彼の繊細な風貌は、この地における異国の民としての疎外を伴いながら、その実この地の現状自体を意図せず捉えるような複雑さを纏っているのだ。

しかしこの認識すらも甘かったことに、終盤の展開を目の当たりするアランと私たちは悟ることになるだろう。ナゴルノ・カラバフの長き歴史における悲劇は私たちの想像など軽く越えていく。私たちは、アランと共に打ちひしがれるしかないのだ。だからこそMartirosyan監督が"Si le vent tombe"を通じてナゴルノ・カラバフを語ることの意味は大きい。彼女が語らなければ歴史の隅に追いやられていたかもしれない現実を、しかし今作は真摯に、胸掻き毟るような切実を以て描きだしている。私たちはこの声を、聴かなければならない、そして考えなければならないのだ。

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