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映画痴れ者/ライター済藤鉄腸のブログ。日本では全く観ることができない未公開映画について書いてます。お仕事の依頼は 0910gregarious@gmail.com へ

Visar Morina&"Exil"/コソボ移民たちの、この受難を

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セルビアとの度重なる紛争や未だに国に蔓延する貧困故に、コソボの人々には自身の故郷に背を向け、ヨーロッパ各地で移民として生活する者たちも多い。そして彼らはそれぞれに深刻な問題と直面することとなっている。例えば2017年制作の"T'Padashtun"はオランダ・アムステルダムに住むコソボ移民2世の青年が紛争のトラウマと対峙せざるを得なくなる姿を描いた作品だった。そして今回紹介するVisar Morina監督作"Exil"はドイツで生きるコソボ移民の苦難を描いた作品である。

主人公となる人物はジャフェール(「イン・ザ・シャドウ」ミシェル・マティチェヴィチ)というコソボ移民だ。彼はドイツの製薬会社で化学技術者として働きながら、妻のノラ(「裸の診察室」ザンドラ・フュラー)や3人の子供たちと共に平穏に暮らしている。少なくとも表面上、それは平穏なものに見える。

だがある日を境に彼の人生は音を立てて崩れていく。仕事から帰ってきたジャフェールを待っていたのは、玄関ドアに吊るされたネズミの死骸だった。それが徐々にエスカレートしていくと同時に、彼は職場で疎外感を抱き始める。何らかの理由で同僚たちが自分を無視し、時には嫌がらせをしてくるように思われてならないのだ。ジャフェールは真相を突きとめようと奔走するのだが……

冒頭、ジャフェールがネズミの死骸を見つけるその瞬間から、今作には筋肉をピンと張り詰めさせるような緊張感に満ち溢れている。編集を担当するのはLaura LauzemisHansjörg Weißbrich、そしてMorina監督自身の3人、彼らは場面場面をスピーディに繋げていくことにより、ピアノ線さながらの不穏なる緊張を持続し、観客の関心を牽引していく。

そしてMatteo Coccoによる撮影も印象的だ。彼が映しだす世界にはまるで胃液を彷彿とさせる黄色で満たされている。それはジャフェールの不安定な、禍々しさを増していく精神世界を色彩として反映しているのではないか?と思わされる。さらにBenedikt Schieferの不協和音を主体とした音楽もまたその印象を加速させるのである。

この最中、Coccoのカメラが頻繁に映しだすのはジャフェールの背中である。映画では会社の廊下、やはり胃液の色彩に満たされた空間を、彼は何度も歩くのだ。この場面が執拗に反復されていくうちに、言葉なく高まっていくジャフェールの負の感情を、観客は否応なく感じさせられるのである。そして物語が進むにつれ、その負の感情は解剖学的に解きほぐされていくこととなる。

ジャフェールが怪しいと思った人物はウルス(Rainer Bock)という同僚男性だ。彼がいつまで経っても自分が必要とする血液サンプルを持ってこない事実に、日々の嫌がらせが重なっていき、ウルスへの猜疑心は深まっていく。限界を迎えたジャフェールは彼を暴力的に問い詰めるのだが、その日から虐めはさらに苛烈なものへと変貌していく。

このジャフェールの猜疑心にはドイツの外国人差別が密接に関わってくる。東欧移民は西欧において同じ白人でありながらも"white nigger"として蔑まれる存在であり、劣った存在だと見做されている。彼は昔からそんな差別を受けてきたのだろう。神経は過敏になり、彼の表情には常に疲弊の色が浮かんでいるのだ。

だが今作で主に描かれるのは差別というよりももっと小さな、しかしだからこそタチの悪いものかもしれない、いわゆるマイクロアグレッションと呼ばれるものだ。これは"相手を差別したり、傷つけたりする意図がないながら、日常において行われる言動に現れる偏見を基とした見下しや侮辱"を意味している。例えばジャフェールはコソボ人/アルバニア人だが、彼がアルバニア語を話すのを聞いた同僚は"君、クロアチア人だったのか"と適当な類推を行い、彼を苛つかせる(これは私たち日本人が外国人に"君、中国人?"と聞かれ抱く苛立ちと似たものがあるだろう)そして彼が自己紹介をするとアルバニアの名字に馴染みのないドイツ人たちは何度も聞き返し、彼は自身の名前を繰り返さざるを得なくなる。それは表立った差別とは言えないが、こういった偏見に根差した誤解をぶつけられることで、ジャフェールの心には怒りが積もっていく。

そしてジャフェール自身、コソボという国には憎しみに近い感情を持っているのではないかと思わされる。劇中には同じくコソボ移民である清掃婦ハティチェ(Flonja Kodheli)が出てくるのだが、彼女と肉体関係を結びながらも、ドイツ語を話せずアルバニア語を話し続け、ビザのための翻訳を何度も頼んでくるハティチェに対して軽蔑を隠すことがないのだ。ドイツに順応しようとしない、コソボ人であり続けようとする彼女はジェフェールにとってコソボという国それ自体に重なり、それに対する軽蔑を彼は抑えられないでいるのだ。

だがジャフェールはドイツという国に対しても先述した理由で憤怒を抱いていることは確実だろう。ドイツ人である同僚たちは彼の境遇に理解を示そうとしながら、その実それは傲慢な無理解にしか映らない。彼をドイツの多様性の輝かしい一部として称賛する陰で、搾取する素振りも見られる。ドイツ自体が自分を差別する、そんな思いが彼の憤怒を加速度的に膨張させていくのだ。

これを象徴するのが夫婦間の関係性の移り変わりだ。当初ジャフェールとドイツ人の妻モナの仲は良好のように思える。だがモナが時おり見せる同僚たちのような無理解、彼女の母親が見せる攻撃的な差別意識。それらがジャフェールのモナへの猜疑心を更に深めていき、彼らの関係性は脆くも崩れ去っていく。ここにおいてザンドラ・フュラーの存在感は唯一無二だ。「裸の診察室」「ありがとう、トニ・エルドマン」など彼女が出演するとその作品の核が数段上がると私の中で彼女への信頼感は厚いが、今作でも負の感情に支配され変貌を遂げる夫に恐怖と悲哀を抱く妻の姿を、凄まじい密度で体現しているのだ。

だが当然"Exil"の最も重要な核となるのはジャフェールを演じるミシェル・マティチェヴィチに他ならない。彼はドイツ社会の外国人差別に根差したあらゆる負の感情を背中に抱えて、進み続ける。それはヨーロッパ中で繰り広げられるコソボ移民たちの受難を象徴するものだ。彼らの苦しみは圧倒されるほどに深く、壮絶なるものだ。それを知れることこそが"Exil"の大いなる存在理由だ。

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