鉄腸野郎Z-SQUAD!!!!!

映画痴れ者/ライター済藤鉄腸のブログ。日本では全く観ることができない未公開映画について書いてます。お仕事の依頼は 0910gregarious@gmail.com へ

Núria Frigola&"El canto de las mariposas"/ウイトトの血と白鷺の記憶

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ペルーに住むインディオに、ウイトト人と呼ばれる人々がいる。ヨーロッパ人入植者が来る前まで彼らは平穏な暮らしを送っていたが、20世紀初めより彼らは入植者によってゴム栽培の労働力として搾取され、その人口は劇的に減少することになる。それでも独自の文化を保ちながら、彼らもまたペルーという国で生きている。今回紹介する、Núria Frigola ヌリア・フリゴラ監督のデビュー長編"El canto de las mariposas"は、そんなウイトト人の文化と誇りを描き出した1作だ。

今作の主人公はレンベルという男性だ。彼はウイトト人の子孫であり、中でも"白鷺"と呼ばれる一族に属している。だがこの一族はペルーに2家族しか残っていないのだという。今、レンベルはペルーの首都リマに住んでおり、そこで画家として絵画を制作しながら、生計を立てていた。今作はそんな彼の姿を追ったドキュメンタリー作品という訳である。

まず監督はリマにおけるレンベルの生活風景を描きだしていく。薄暗い部屋で、彼は絵画制作に没頭する。まずキャンバスを黒に塗り潰した後、そこに様々な色彩の絵具を重ねていく。アマゾンの密林、鳥の頭を持った人間、奇妙な笑みを浮かべる珍獣。亡くなった彼の祖母マルタから聞いた話に触発されたイメージだ。そういったものが、彼独特の、繊細でしなやかな線によって紡がれていく。

芸術が生まれる部屋の静寂とは真逆に、外では不穏な騒擾が巻き起こっている。人々は腐敗した政治に対して抗議活動を行っており、これを抑えるために警察が厳重な警戒をしている。そこには常に一触即発の緊張が張りつめている。レンベルの住むアパートメントの前にも警官隊が犇めいており、外に出るにも彼らの視線を浴びることになるのだ。

この不穏な状況から逃れて、彼はしばらく故郷で休養することを決める。アマゾンの奥地に住む父や母、きょうだいたちとの再会を喜び、アマゾンの鬱蒼たる豊かな自然に触れ、自分を癒していく。そして両親もまた芸術家であり、彼らとの対話は自身の芸術への思惟というものを更に深めていくことになる。

監督の演出はとても素朴なものだ。目前に広がる風景を、彼女は一切の虚飾なくレンズに焼きつけていく。それ故に出来事の数々は淡々と浮かんでは消えていき、時の静かな流れというものがありのまま紡がれていく。だがその抑制のなかでも際立つのは手の存在だ。Nicolás Landa Tami ニコラス・ランダ・タミのカメラは、特にレンベルたちが芸術を創造しようとする時の手に注目する。絵筆を持つ、絵具に塗れる、マスクを作るため木材を処理する。指の動き、筋の動き、皮膚の動き。こうして芸術という営みにおける手の存在がいかに重要かが、ここに表れる。

先述した通りレンベルの両親もまた芸術家であり、父は彼と同じく画家である。しかし作風は全く異なっている。レンベルの絵画は繊細な印象を与える一方、父の絵画は描写や書き込みの省略を伴った壁画のようなものだ。そして彼が描くのは、ウイトト人が入植者によって奴隷扱いされ、虐殺された歴史である。様々な形で彼らが殺されていく風景は、ヒエロニムス・ボッシュの絵画を彷彿とさせる悍ましさを宿している。しかし2人の絵画はある要素で共鳴する。絵画に描かれる歴史とは彼の母、つまりレンベルの祖母が実際に経験した出来事でもあるからだ。マルタを通じて、彼らの芸術は繋がるのだ。

こうして見てきた通り、レンベルの家族にとって芸術とは無くてはならない存在だ。両親は芸術を以て未だ幼い子供たちに生とは何かを教え、それはこの映画において何度も描かれる。そしてある時、レンベルは父と煙草を吸いながら、芸術のインスピレーションについて語る。何か新しいテーマを探すべきという父の助言に対して、レンベルは答える。ここずっと僕は同じものを描き続けてる、僕は絵画のなかで自分自身というものを繰り返してるんだ。私は映画批評家として以外にも小説家としても活動しているが、この言葉には深く共感してしまう。この言葉にこそ、彼の信念があると思える。

そして彼の芸術への信念とウイトト人たちの文化が繋がっていく。家族のもとを去った後、レンベルが向かうのはコロンビアのラ・ショレラという地だ。ここには彼と同じ"白鷺"一族が住んでいるのだ。彼はここで、同胞たちの高らかな踊りや歌に触れることになる。自分と同じ血が流れている人々が、こんなにも豊かな文化を持っていることの感動、それはレンベルにとって途方もなく重要なものだと彼の表情から悟るはずだ。"El canto de las mariposas"という作品はこのアイデンティティの探求が、いかに芸術と生を繋げ、そこに美しさと誇りを宿すかについての物語なのである。

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