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映画痴れ者/ライター済藤鉄腸のブログ。日本では全く観ることができない未公開映画について書いてます。お仕事の依頼は 0910gregarious@gmail.com へ

Alvaro Gurrea&"Mbah jhiwo"/インドネシア、ウシン人たちの祈り

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インドネシア東ジャワ州にはウシン人という少数民族が住んでいる。元々はヒンドゥー教徒の国で会ったブランバンガン王国の住民だったが、18世紀に東インド会社によってイスラム教に改宗させられ、今はジャワ島の最東端であるバニュワンギ県に居住している。バリ人やジャワ人とはまた微妙に異なった言語や文化を持っており、しかし彼らについてはあまり深く語られてはこなかった。今回紹介する映画はそんなウシン人たちと生活を共にしながら映画製作を行う人物による長編映画Alvaro Gurrea監督作"Mbah jhiwo"を紹介していこう。

今作の主人公はヨノ(Yono Aris Munandar)というウシン人の男性だ。彼の人生は今、岐路に立たされていた。妻であるオリヴ(Sayu Kholif)は彼に愛想が尽きて、家から出ていってしまった。しかも母は健康を害してしまい、病床に臥せっている状態だ。妻を取り戻したい、母の病気を治したい、しかし金もコネもないヨノは必死に硫黄鉱山で働くことしかできない。

まず"Mbah jhiwo"はそんなヨノの日常の風景を淡々と描きだしていく。鉱山での仕事は頗る危険なものだ。常に噴煙が満ちており、視界は全く覚束ない状況で採掘を行わなくてはならない。仕事の後に近くの川で身体を洗うのは数少ない休息の時間となる。だが稼ぎはあまり良くない故に、更に仕事に打ちこむ必要がある。そんな閉塞した毎日をヨノは送っているのだ。

この風景において際立つのはヨノを含むウシン人と自然の関わりあいだ。東ジャワ州は鬱勃として豊穣な緑の自然が広がっており、この恩恵を受けながらウシン人たちは生きている。ジャングルの奥深くで彼らは親密な会話を繰り広げ、時には草原で雑草狩りをしながら自然に恩を返していく。この大いなる自然に息づくウシン人の生が、撮影監督も務めるGurreaの手によって繊細かつ勇大に描かれていく。

だが特に印象に残る風景は過酷な硫黄採掘現場だ。ヨノたち鉱夫は視界もままならない状況で、金のために採掘を行う必要がある。どこまでも濁った白が広がる世界で現れる硫黄は異様な黄色に覆われており、それが輝く一瞬は驚くほど美しい。だがそう美に耽溺できるほど状況は楽観的なものでは有り得ない。それでも濃霧を寡黙に進み続ける鉱夫たちの姿は厳粛さを湛えている。

そしてウシン人にとっては自然と同じように、超自然的な概念も重要だ。ヨノらの会話には黒魔術や呪いなどの言葉が日常的に現れる。ここでは誰が誰を呪ったというのが世間話に成りえるのだ。更にこれがイスラム教信仰とも密接に結びつくことになる。ウシン人にとって黒魔術の隣にはアラーが居て、この信仰もまた日常に息づいているのだ。

Gurrea監督はこうした描写を淡々と積み重ねていくが、この淡々さが緩やかな時間感覚へと繋がっていく。このゆったりとした流れは、都市生活者が味わうような忙しなさとは全く異なっている。今作を観ていくうち、ウシン人の豊穣な文化はこの時間感覚とは切っても切れないものなのだと観客も悟ることだろう。

Alvaro Gurreaは1988年にバルセロナで生まれたスペイン人映画監督であるが、2016年からインドネシアの文化に惹かれ、2国間を行きかう生活をしている。こうして5年の歳月を懸けてウシン人たちと交流を続け、彼らとともに作りあげた作品がこの"Mbah jhiwo"という訳である。ここから監督自身の言葉を紹介しよう。

"他者性という概念が今作のちょうど核に存在しています、人類学的な意味でも形而上学的な意味でもです。そして今作は自己と残りの他者、そして無限との関係性そのものでもあります。語りとしては他者に関する古典的な構築から隔たったうえで、祖先より受け継いだ儀式や信条を描きながら、そして自己のなかにある他者の投影、言い換えるなら私と私という概念の間で繰り広げられるゲームを通じて展開していくんです。それと並行して、この計画が始まってからの4年以上もの間、私と登場人物たちの関係性は同じような展開を遂げました。この作品、そして映画という媒体によって形作られた空間は、距離や現実の構造、コミュニケーションの形を私たちが探求するうえで使用した乗り物であり、これらを越える複層性をも持つことになりました。そして映画において登場人物たちが住んでいるブルサリという小さな村で、私が発見したのは近年のインドネシアにおける植民地化の歴史と同一である、3つの神話的な層でした。技術資本主義、イスラム教とヒンドゥー教それぞれにおけるアニミズムの3つです。この3つの次元において並行して状況、空間、儀式について思惟を深めるのは簡単なことでしたが、更に本能的かつ遊び心あるやり方で以て、私たちはこの思惟から語りを組み立てていきました"

物語が展開していくにつれ、ヨノの状況も少しずつ変わっていく。妻の愛と母の健康を取り戻すため、ヨノは友人たちとともにメッカ巡礼を行うことを決意する。だが当然、インドネシアからメッカのあるサウジアラビアまで行くには相当の旅費がかかる。そうしてヨノは更なる勤勉さで以て仕事に明け暮れることとなる。

前半において今作はウシン人であるヨノの個人的な視点を通じてウシン人の文化を描いてきたが、後半においては共同体という視点、つまりは真逆の大局的な視点から文化を描きはじめる。独自の神秘性とともに生きていくオシン人たちは街を行き、ジャングルを行き、炭鉱を行く。ヨノ以外の名も語られない市井の人々の姿がここで交錯していく。

この風景に、観客はウシン人の共同体が今正に変わっていっている移ろいを感じるだろう。それを象徴するのが硫黄鉱山だ。前半においてそこには鉱夫たちだけがいたが、後半そこには多くの観光客が現れており、スマートフォンで記念写真を撮るなどはしゃぎ回っている。当初の過酷さは不思議と弛緩し、鉱山は観光地と化している。ウシン人の共同体へは、正に監督が言う"他者"存在が流入し始めている。これによって良くも悪くも共同体に変化の時が訪れている。監督自身は観光客とは微妙に異なりながら、やはり彼もウシン人にとっての他者であり、この他者という観点から他者存在が引き起こす化学反応を観察しているのである。この意味で"Mbah jhiwo"は過渡期にあるウシン人の現在を、個人/共同体の視点から見据える野心的な作品なのである。

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