鉄腸野郎Z-SQUAD!!!!!

映画痴れ者/ライター済東鉄腸のブログ。日本では全く観ることができない未公開映画について書いてます。お仕事の依頼は 0910gregarious@gmail.com へ

Ivan Marinović&"Igla ispod plaga"/響くモンテネグロ奇想曲

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映画を観ることの愉しみの1つとして、全く知らない国について知ることができる点が挙げられる。例えばグアテマラチュニジアラオス……そういった国々についてはニュースで流れることもなく、普通に生きているだけでは名前すら聞くことがないかもしれない。そんな中で映画はこういった国々の文化についてどんな芸術よりも豊かで鮮やかな形で、私たちに知らせてくれる。さて、今回紹介するのは旧ユーゴ圏の小国であるモンテネグロを舞台とした1作、Ivan Marinović監督作"Igla ispod plaga"だ。

今作の主人公ペーテル神父(Nikola Ristanovski)は、教区の平和のために静かに奔放し続ける日々を送っていた。彼は厳格で現実的な人物であり、あまり友人も多くない。妻に逃げられた彼はアルツハイマーの母と息子と一緒にひっそりと暮らしている。それでもそんな細やかな生活を彼は享受していた。

まず今作はペーテル神父の日常を淡々と描き出していく。お世辞にも豪華とは言えない教会で信者たちに説教を行う。村人たちと他愛ないお喋りを繰り広げる。家の中を徘徊する母を何とか介護する。こういった日常の積み重ねによって、監督はペーテルという主人公の内面を私たちに披露していく。

そこに重なり合うのは、撮影監督Đorđe Arambašić(写真家としても活躍している)が映し出すモンテネグロの遥かなる大地だ。石造りの家々は昔懐かしき感覚を観客に思い起こさせるし、雄大なる緑の大地は私たちにこの国の豊かさについて思いを馳せさせてくれる。それらは長閑な雰囲気を纏うと共に、どこまでも美しいものだ。

ある時、村の住民たちが自分たちの土地をまとめて外国の企業に売り捌くという計画を立てる。そしてそのためにペーテルの家族が所有する土地が必要であるというのが発覚する。住民たちは彼を説得しにかかるのだが、確固たる意志があるペーテルはその提案に頷くことはなかった。

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そうして神父に対する住民たちによる嫌がらせが始まる。村人たちに彼のわるい噂を流したり、母親がアルツハイマーであることを利用して彼女に生類をサインさせようとしたり……その末に、彼は教区をも奪われて危機的な状況に陥ってしまう。

今作の魅力は何とも言い難い絶妙な緩さにあるだろう。監督はこの村に広がる風景や人々の営みを悠然と見据えることで、その中に宿っているそれぞれの美というものを静かに浮かび上がらせていく。時の流れの中では何もかもが過ぎ去っていくが、そこには確かに美しきものの数々が宿っているのである。

ここで特に際立っているのは監督の独特な笑いのセンスである。全てを悠然と見据える中で、彼は会話や行動に生じる間というものを頗る大切にしている。それ故に今作には緩い笑いと形容すべきものが溢れている。それには監督自身が手掛ける脚本自体の見事さも寄与しているのだろう。

そして危うい状況に追い詰められていくうち、ペーテル神父の心は徐々におかしくなっていく。酒をたらふく飲み、猟銃を持って森へと出かける。真面目で寡黙だった性格は段々と崩れ去っていく。そんな中で愛する母が危篤状態に陥り、住民たちとのバトルも最高潮に達する。神父の明日はどっちにあるのか。

"Igla ispod plaga"には例えばキリスト教の働きや村民たちの生活状況など、モンテネグロ特有の文化が多く反映されている。遠い日本に住む私たちはその全てを理解することはできないだろう。だが文化を知るには、まずそれに触れることから始まる。今作はモンテネグロという国を知る上での滑稽でありながらも美しい1歩となってくれるだろう。

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その334 Miko Revereza&"No Data Plan"/フィリピン、そしてアメリカ
その335 Marius Olteanu&"Monștri"/ルーマニア、この国で生きるということ
その336 Federico Atehortúa Arteaga&"Pirotecnia"/コロンビア、忌まわしき過去の傷
その337 Robert Budina&"A Shelter Among the Clouds"/アルバニア、信仰をめぐる旅路
その338 Anja Kofmel&"Chris the Swiss"/あの日遠い大地で死んだあなた
その339 Gjorce Stavresk&"Secret Ingredient"/マケドニア式ストーナーコメディ登場!
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その341 Abbas Fahdel&"Yara"/レバノン、時は静かに過ぎていく
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その351 Shahrbanoo Sadat&"The Orphanage"/アフガニスタン、ぼくらの青春
その352 Julio Hernández Cordón&"Cómprame un revolver"/メキシコ、この暴力を生き抜いていく
その353 Ivan Marinović&"Igla ispod plaga"/響くモンテネグロ奇想曲

Julio Hernández Cordón&"Cómprame un revolver"/メキシコ、この暴力を生き抜いていく

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現在のメキシコの状況はお世辞にも良好とは言えない。カルテルの暴力が跋扈し、女性や子供たちなどの弱者が真先に踏み躙られる世界がそこには広がってしまっている。だがこんな世界に対して映画を以て立ち向かおうとする人々がいる。今回は現在のメキシコを寓話的に描き出した作品、Julio Hernández Cordón監督作"Cómprame un revolver"を紹介していこう。

近未来のメキシコ、カルテルの暴力によって完全に支配されてしまったこの地で、異変が起こる。不可解にも女性たちが消えてしまっているのだ。それによって国は存亡の時を迎えている、今作の主人公はそんなメキシコで生きる数少ない少女ハック(Matilde Hernandez)と彼女の父ロドリゴ(Rogelio Sosa)だ。

ハックは自分が少女だとバレないように、常に仮面を被りながら行動している。そして毎日カルテルのために、父と一緒に汗水垂らしながら働き続けている。その光景は搾取と同義であるが、暴力を振りかざす彼らに逆らうことはできない。いつカルテルの武器が火を噴くかなど予想できないのだ。

その中では父との交流だけがささやかな幸せだ。家代りの散らかったRVの中で、彼女たちは他愛ない会話を重ねていく。そして夜には誰も居なくなった野球場で、自由に好き勝手に騒ぎ続けるのだ。そういった光景の数々は幸福感に満ちたものだが、事ある毎にその背景には悍ましい暴力が存在していると認識せざるを得なくなる。小さな喜びが輝くその時、そこには確かな恐怖が存在しているのだ。

ある日、ハックが不注意から外へ出た時、見張りの兵士に見つかったことが原因で、命を危機に晒してしまう。そこでロドリゴが見張りを殺害し、何とか危機を脱出するのだったが、そのせいで更なる危機に陥ることとなる。そして彼らは死の恐怖に満ちた旅へと赴く事となる。

監督の演出は淡々としていながらも、頗る不穏なものだ。そこには常に暴力の気配が付き纏っている。それは例えば黙示録ものの傑作である「マッドマックス」などを想起させるものとなっている。その中で彼はどこまでも静かに冷徹に、メキシコにある貧困と暴力を見据え続ける。この厳格さが今作に強度を与えていると言えるだろう。

だがその冷徹さを越える、人々から恐怖を湧き立たせる存在がカルテルだ。彼らのまるで鎧のような武装は常に強者の様相を呈し、弱者を容赦なく踏み躙っていく。彼らの暴力性自体もそれに見合う、全く抑えの効かないものだ。彼らが存在する所、常に暴力の匂いが充満し続ける。それは観客全ての心臓を圧迫する類のものだ。

そんな中で、不思議と浮かび上がってくるものが荒廃の詩情というべき代物だ。例えばメキシコの乾き切った大地の光景、川から飛び立つ何十羽もの汚れた白鳥、砂漠の向こう側に広がる灼熱の夕陽。それらは暴力の予感を越えた所で、私たちの心を打つだろう。そういった視線もここには存在しているのである。

そしてここにおいて監督が明確に希望として描き出している存在がある。それが子供たちだ。劇中では、ハックの友人たちとして少年集団が神出鬼没に表れる。時にはハックの遊び仲間として、時にはパーティー会場から物を盗み出す泥棒集団として。だがどんな時においても彼らは逞しく生存の道を行き続ける。大人たちが暴力に翻弄される時にでもだ。そんな彼らこそがこの混沌のメキシコを生き抜く導となってくれる。そんな思いを私たちは"Cómprame un revolver"に見るのである。

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Shahrbanoo Sadat&"The Orphanage"/アフガニスタン、ぼくらの青春

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アフガニスタンと言えばアルカイダビンラディン、テロリストなど良くないイメージが現在付き纏ってしまっている。だが私たちは煽情的で憎悪をあおるメディアから遠く離れた場所から、この国を見る必要があるだろう。そんな時に寄り添ってくれるのが芸術というものである。ということで今回はこのアフガニスタンという国で生きる市井の人々を描き出した作品である、Shahrbanoo Sadat監督作"The Orphanage"を紹介していこう。

舞台は1989年、ソ連軍が撤退した後のアフガニスタンは首都カブールである。15歳の青年コドラト(Qodratollah Qadiri)は貧困に喘ぐ生活を送っていた。映画館の前でチケットのダフ屋をやりながら、路上生活を続けていたのである。だがこれは当然犯罪だ。長く続けることはできない。最終的にコドラトは警察に捉えられてしまう。

まず、監督はこの時代に生きていたアフガニスタン人の日常を淡々と綴っていく。貧困は誰の元にも降りかかり、容赦なく彼らを疲弊させていく。そんな中で彼らの救いとなるのが映画だ。映画館ではインド映画が上映されており、アクションに熱狂するかと思えば、豪華絢爛な歌に合わせて自分たちも踊り出す。映画はとても人気で、コドラトが正規の料金の数倍をふっかけても買う者が現れるほどだ。

しかし前述の通り、コドラトは警察当局に捕まってしまう。住む家がないと知った警察は、彼を孤児院に送ることとなる。そこには同じような境遇の少年たちが寄り添いあいながら、暮らしていた。そうしてコドラトはこの場所で15歳の時を過ごすことになる。そこでの生活は路上よりは悪くない、むしろかなり良好だと言ってもいい。動くと騒音が響くながらもちゃんとベッドがある。食事も毎回しっかりした料理が出てくる。更に学校にも通わせてくれるので、前と比べれば至れり尽くせりだ。

今作はここから群像劇的に進行していく。マシフラ(Masihullah Feraji)はチェスの達人で、この才能が思わぬ形で輝きを放つことがある。逆にファヤス(Ahmad Fayaz Omani)は気弱な青年で、それが仇となり窮地に追い詰められていく。そしてハシブ(Hasibullah Rasooli)は孤児院のガキ大将的な存在で、彼は青年たちの生活や物語を掻きまわしていく。

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そうして物語は紡がれていくが、そこにアフガニスタンの当時の状況は詳細に浮かび上がってくる。中でも興味深いのはアフガニスタンソ連の蜜月である。ソ連軍撤退後、二国は急速に接近を果たすこととなる。学校でもロシア語の授業が行われるくらいにはその緊密さは日常に波及している。更にコドラトたちはアフガニスタン代表として、ソ連へとサマーキャンプに赴き、この国の最新技術を楽しむことになる。そこまで親密な関係性が築かれていたとはと観客は驚くことになるだろう。

監督の演出は淡々としたもので、劇的な展開などはほとんど起こることがない。だが過酷な状況下において、それでも輝ける青春の時を彼女は鮮やかに描きだし、一瞬一瞬を優しく捉えている。背景にあるものは恐ろしい脅威であるにも関わらず、この時間が永遠に続けばいい、そう私たちは思うことになるだろう。

そんな淡々さの中で、時折際立つものが映画への愛である。例えばハシブが年下の少年から洋服を奪い取るのだが、そこにはあのランボーの姿がある!ランボー3/怒りのアフガン」はアフガンでソ連軍に囚われた上司トラウトマン大佐を、ランボーが源氏のゲリラ部隊と共に助ける物語で、終盤にはムジャヒディーンも登場する。この物語がどう受容されていたかは定かではないが、取り敢えずランボーかっけえ!という十代の想いは世界共通だということだろう。

そしてもう1つの欠かせない愛の対象がインド映画、特にボリウッドである。先述した物語の序盤にも作品が出てきたが、この時代アフガニスタンではボリウッド作品が熱狂的に受け入れられていたそうで、正にコドラトもファンの1人である。更に彼は感情が高ぶると、妄想の中でヒンディー語ウルドゥー語両方を駆使して歌い踊り始めるのだ、あのボリウッド作品のように!その場面は微笑ましいとしか形容しがたく、映画が超新星のように輝く瞬間である。

だがそんな輝きに影が差し始める。1989年はアフガニスタンにとって激動の時代である。ソ連の撤退によりムジャヒディーンが台頭を果たし、内戦の時代がやってくるのである。それは孤児院にも深く影響する。今までの親ソ連的な態度は国辱的として隠さなければならなくなる。食事も一気に貧しいものへと変わってしまった。コドラトたちが恐怖を感じる中で、運命の時がやってくる。

"The Orphanage"は過酷な状況下にあったアフガニスタンで逞しく生きる少年たちの姿を、深く暖かな優しさで以て描き出す作品だ。そしてどんなに辛い時にあっても、映画は傍にあってくれる。映画は勇気を奮い立たせてくれる。そんな力強い愛のメッセージを私たちの心に届けてくれる。

ちなみに今作はSadat監督が構想中の5部作の中の第2作にあたる。ちなみに第1作目である"Wolf and Sheep"でもQodratollah Qadiri演じるコドラトが主人公であり、彼はSadat監督にとってのアントワーヌ・ドワネル的な存在であるようだ。今後の作品がどうなっていくのか、彼女は激動のアフガニスタンをどう描いていくのか、そしてコドラトはそんな世界をどう生き抜いていくのか。今後が楽しみである。

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その350 済藤鉄腸オリジナル、2010年代注目の映画監督ベスト100!!!!!

済藤鉄腸オリジナル、2010年代注目の映画監督ベスト100!!!!![2019 Edition]

まず、まずだ、このブログを何故始めたのかをここに書きたい。始まりは、海外サイト読み漁るうち、何か映画界の最前線で評価されている作品や監督について、海外と日本だと情報量に決定的な差があるなって思った所だった、日本語で読める情報が余りに少ないのだ。マンブルコア受容とか本国でもうマンブルコアって言うの終わり終わり!とか言われていた後だし、"ギリシャの奇妙なる波"も籠の中の乙女がちょっと公開されただけ(という文に違和感を抱く人も多いだろう。これは2016年に書かれた文章の流用なので、ランティモス監督作がとうとう続々公開されたとは書いていない。とはいえ"ギリシャの奇妙なる波"についての情報がないのは変わらない)それでも何の情報もないまま2010年代後半突入って感じだし、周回遅れ感をものすごく抱いていた、マジで。

マジでそういうのとか色々日本語で最新情報教えてくれとずっと思ってたけども、ほぼそんなこともなく、もう既に語られている情報を違う言葉で語り直すってだけのクソどうでもいい文ばっかでウンザリしてる内にね、思ったんですよ、じゃあこれは自分で書くしかないかっていうことを。で、そういう意思を以て書いたのが、カナダの新鋭Chloé Robichaud監督と"Sarah préfère la course"についての記事だったが、書いて感じたのが、こういうこと自分では出来ないと思ったけどいやいや出来るじゃんということ。それでアンドレア・シュタカだとか、マンブルコア以降の作家にはこういう人がいるだとか、今イスラエル映画界がマジで面白いだとか、ヴェネチア国際映画祭を家でも観る方法あるよだとか、色々書いてましたら100人/本以上の日本で全く知られていない監督/作品を紹介してました、何かあっという間。

いや、自分でもこれはなかなかの達成じゃないかと思うんだけども、だけどももっとあるのは私のブログをこう、踏み台にして欲しい、私のブログを読んで日本未公開映画にはこんな映画があるのか!と思ってもらって、どんどん日本未公開映画の大海原に飛び込んで欲しいって思いがものすごくある。昔と違って今は映画館だけでしか映画を観れない時代じゃない、本当に選択肢が増えましたよ。未公開映画を観る方法だって、輸入盤買ったり、MUBIに入会したり、北米版iTunesに入ったり、本当に自由に観れる時代だ。

だけどいやいや海原広すぎて、何を観ればいいのかなんて分からないよって方は多いだろう。と、いうことでその指針として欲しいがために、そしてブログを一区切りつけるという意味もあり"済藤鉄腸オリジナル、2010年代注目の映画監督ベスト100!!!"というのを作ってみた。内容は題名通りである、2010年代に頭角を表し始めた映画作家たちをランキング形式で紹介という訳だ。でも1つだけルールがあり、それはこのランキングで紹介する作家は日本で1本も作品が通常公開されていない作家に限った(映画祭上映・ソフトスルーになった作家は皆殆ど知らないので入れてます)だって通常公開されてるなら他の人がどうせ紹介しているし、わざわざ私が紹介するなんて徒労だし。なのでミア=ハンセン・ラブミシェル・フランコヨルゴス・ランティモスといった作家は私もスゲーなこの才能とは思っているけど、ランキングには入っていないのであしからず。

まあ御託はここまでにして、早速ベスト100行ってみよう!このブログで紹介記事を書いた監督についてはページを張っているので詳しく知りたかったらそれを読んで下さい。全部合わせると20万字くらいは軽く超えていると思うので、夏休みの読み物にはピッタリだ!ということで未公開映画の大海原へと漕ぎ出せ!!!

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100. Iram Haq イラム・ハク (パキスタン/ノルウェー)
長編"Hva vil folk si"パキスタン移民2世の少女の、共同体と家族の尊厳に翻弄されながら、そして過酷な女性差別に直面しながら、2つの国を行き交う姿を描き出した作品だ。テン年代は様々な理由で国から国を行き来する移民たちの物語を描いた作品が多いが、今作もそんな作品の1つと言えるだろう。
記事→Iram Haq&"Hva vil folk si"/パキスタン、尊厳に翻弄されて

99. Suba Sivakumaran スバ・シヴァクマラン (スリランカ)
デビュー長編"House of My Fathers"スリランカの酸鼻に耐えぬ過去の数々を幻想的な筆致で描き出すことによって、苦痛や苦悩を昇華させていくという試みに満ちた作品だ。そして物語は現実と過去が混ざりあいながら、死と生との観念的な領域へと至る。この中で私たちは過去に散っていった魂たちに思いを馳せることになるだろう。
記事→Suba Sivakumaran&“House of the Fathers”/スリランカ、過去は決して死なない

98. Tonia Mishiali トニア・ミシャリ (キプロス)
ギリシャの奇妙なる波は家父長制の残酷さとその崩壊を描き出してきたが、この国のきょうだい的存在であるキプロスでその潮流は受容され始めている。彼女の長編デビュー作"Pafsi"は夫から精神的・肉体的DVを受けている女性の、日常生活の中での苦闘を描き出した作品で、家父長制への静かな打倒を綴っている。
記事→Tonia Mishiali&"Pause"/キプロス、日常の中にある闘争

97. Elina Psykou エリナ・プシコウ (ギリシャ)
ギリシャの奇妙なる波”はランティモスやツァンガリだけではない。籠の中の乙女のあの父親を演じた俳優を主演に据えた彼女のデビュー長編“The Eternal Return of Antonis Paraskevas”は朽ちた名声にしがみつく惨めたらしいハゲ親父にギリシャの惨めな現在を重ねる試みに満ちながら、それなら私たちはその現状をどう乗り越えればいいのか?という問いを胸に肥大した自意識を解体していく凄味をも持った驚きの一作。
記事→Elina Psykou&"The Eternal Return of Antonis Paraskevas"/ギリシャよ、過去の名声にすがるハゲかけのオッサンよ

96. Hadar Morag ハダル・モラグ (イスラエル)
デビュー作"Why hast thou forsaken me?"イスラエルに住むアラブ人青年と年老いたユダヤ人研師の交流を描く作品ですが、2人が手を重ね合わせている最中、灰色の火花が散る様はエロティック。
記事→ハダル・モラグ&"Why hast thou forsaken me?"/性と暴力、灰色の火花

95. Blerta Zeqiri ブレルタ・ゼチリ(コソボ)
旧ユーゴ圏にあった若い小国コソボの新人映画作家。デビュー長編"Martesa"コソボが経験してきた忌まわしき過去を背景として、ままならない愛の彷徨を描き出すメロドラマだ。その道の果ては雪の上を流れる黒い血のように苦い後味を伴うだろう。
記事→Blerta Zeqiri&"Martesa"/コソボ、過去の傷痕に眠る愛

94. Whitney Horn&Lev Kalman ホイットニー・ホーン&レヴ・カルマン (アメリカ)
デビュー長編"L for Leisure"は何か変だ、90年代を舞台に金持ちボンボンが世界をフラフラ旅するんですが、ポワポワしてて圧倒的にノーテンキという独特のヴィジョンがすごい。
記事→Whitney Horn&"L for Leisure"/あの圧倒的にノーテンキだった時代

93. Agustina Comedi アグスティ・コメディ (アルゼンチン)
彼女のドキュメンタリー作品"El silencio es un cuerpo que cae"は同性愛者が弾圧されていた過去のアルゼンチンで、同性を愛しながら最後には女性と結婚し自分を生んだ父、彼が心に秘めていた秘密を探ろうとするという作品。ホームビデオに満ちる暖かな眼差しと"あなたを生んだ時、彼の一部は死んでしまった"という言葉。
記事→Agustina Comedi&"El silencio es un cuerpo que cae"/静寂とは落ちてゆく肉体

92. Paz Encina パス・エンシナ (パラグアイ)
南米の小国パラグアイで、自国の歴史を描き出したドキュメンタリー作品を作り続ける映画作家。2016年製作の"Ejercicios de memoria"は30年もの長きに渡って続いた独裁政権に翻弄された人々の記憶を、詩的実験性を以て語る美しい一作。
記事→パス・エンシナ&"Ejercicios de memoria"/パラグアイ、この忌まわしき記憶をどう語ればいい?

91. Lukas Valenta Rinner ルカス・ファレンタ・リンナー (オーストリア)
"オーストリアの新たなる戦慄"と"ギリシャの奇妙なる波"がアルゼンチンの密林地帯で混ざりあったら……という妙にシュールな中産階級×世紀末映画"Parabellum"で奇妙すぎるデビューを飾ったオーストリア映画作家がこの方。
記事→Lukas Valenta Rinner &"Parabellum"/世界は終わるのか、終わらないのか

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90. Matti Do マッティ・ドゥ (ラオス)
ラオスで初めてホラー映画を製作すると共に、初めて女性として映画を製作した新鋭映画作家。長編"Dearest Sister"は田舎から都会に出てきた主人公と彼女の従姉妹の超常的愛憎劇を通じて、ラオスの今を見据えるホラー映画。
記事→ マッティ・ドゥ&"Dearest Sister"/ラオス、横たわる富と恐怖の溝

89. Miguel Hilari ミゲル・イラリ (ボリビア)
南米はボリビア出身のドキュメンタリー作家。デビュー長編"Compañía"の舞台はアイマラ族の村落、大群のような山々には灰燼色の霧が立ち込め、深緑の大地には石膏色の馬が佇み、美しく濁った大気には清冽な音色が響く。もしかすると将来儚く消えていってしまうかもしれない時間や文化をしなやかに力強く捉えていく、そんな強靭な意志がここに宿っている。

88. Anja Kofmel アーニャ・コフメル (スイス)
アニメーションとドキュメンタリーを横断する映画作家。デビュー長編"Chris the Swiss"はユーゴ内戦へ向かった若きスイス人ジャーナリストの死と秘密を描き出したドキュメンタリー。素朴な線と豊饒なモノクロームで描かれるアニメーションが行き交うのは戦時下のクロアチアで行われた苛烈な非道性、監督の彼に対する郷愁に満ちた親愛、秘密をめぐる残酷な真実。
記事→Anja Kofmel&"Chris the Swiss"/あの日遠い大地で死んだあなた

87. Meryem Benm'Barek メリエム・ベンム=バレク (モロッコ)
生命の誕生というのは、どんな時でも喜ばしきものであるべきなのだろう。しかし“Sofia”においては周囲の人々の人生を破壊していく悪夢に他ならない。それはモロッコの腐敗した社会システム、家父長制に端を発するものに他ならないだろう。監督はこの悪夢の道行きに国家への批判を託していく。それほどにモロッコという国家の闇は深いということなのだろう。
記事→Meryem Benm'Barek&"Sofia"/命は生まれ、人生は壊れゆく

86. Lila Avilés リラ・アビレス (メキシコ)
人生を生き続けるというのはとても難しいことだ。退屈な日常の反復に、それ故積み重なっていく徒労感、そして反復に散りばめられた小さな哀しみと諦めの数々。人生というのは全く思うようには行かない。それでも生きていかなくてはいけない。彼女の"La camarista"はそんな人生の1つの側面を豊かに描き出した作品。2019年最も話題になったメキシコ映画の1つだ。
記事→ Lila Avilés&"La camarista"/ままならない人生を生き続けて

85. Adina Pintilie アディナ・ピンティリエ (ルーマニア)
"Touch Me Not"は親密さについて、私の身体についての洞察を深めていく作品。だがこの作品自体、Pintilie監督自身答えに辿りつけると思ってはいないし、実際明確な答えが提示されることはない。それでもここに映るのが答えを探し求める痛切な過程であるからこそ、親密さとは何かを自分でも探し求め、自分の身体に触れようという1歩を踏み出す勇気に、私たちは触れることが出来るのだ。今作で彼女はベルリン金熊賞を獲得した。
記事→Adina Pintilie&"Touch Me Not"/親密さに触れるその時に

84. Juris Kursietis ユリス・クルシエティス (ラトビア)
バルト三国の一国であるラトビア出身の映画作家。彼の第2長編"Oļeg"は、ブリュッセルを舞台に不法移民として生きるラトビア人青年の姿を通して、ラトビアという国がめぐる苦境と受難を描き出した作品。その深い、深い孤独が心に滲みていくこと請け合いだ。
記事→ Juris Kursietis&"Oļeg"/ラトビアから遠く、受難の地で

83. Federico Atehortua Arteaga フェデリコ・アテオルトゥア・アルテアガ (コロンビア)
コロンビアの歴史を語る時にはまず戦争を語らなくてはならない。しかし戦争を語るには死と墓場について語る必要があるのだ……彼の長編デビュー作"Pirotecnia"を象徴するような言葉だ。私たちは本作を観ながら、こんなにも生々しい死を背負ってコロンビアの人々は生きていかなくてはならないのかと気が遠くなるだろう。霧深い雨の野原を歩く、物言わぬ監督の母の姿からはそんな悲しみが濃厚に滲んでくる。
記事→Federico Atehortúa Arteaga&"Pirotecnia"/コロンビア、忌まわしき過去の傷

82. Argyris Papadimitropoulos アルギリス・パパディミトロポロス (ギリシャ)
ギリシャの奇妙なる波”の主要メンバーの一人。波の幕開けを用意した“Wasted Youth”を経て、2015年には第3長編“Suntan”を製作する。バカンス地で孤独な日々を過ごす島医者が、若いブロンド女性に入れ込んでセックスや若さに惨めにしがみつき、最後にはヤバい領域にまで踏み込んでいく様を描いた、厭すぎる一作。
記事→Argyris Papadimitropoulos&"Suntan"/アンタ、ペニスついてんの?まだ勃起すんの?

81. Min Bahadur Bham ミン・バハドゥル・バム (ミャンマー)
最初は少年たちの絆を描いていたのに、2人の間に隔たるカーストという壁やネパールの不穏な情勢が色濃い影を投げ掛けるデビュー作「黒い雌鳥」が素晴らしい。ネパール映画がもっと観たくなる。
記事→ミン・バハドゥル・バム&「黒い雌鶏」/ネパール、ぼくたちの名前は希望って意味なんだ

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80. Annemarie Jacir アンマリー・ジャシル (パレスチナ)
パレスチナという国への複雑な思いを描き続ける作家で、第2長編"Lamma shoftak"は故郷に対する登場人物それぞれの郷愁を結い合わせたドラマ作品。パレスチナ映画を世界に広めるリーダー的存在としても活躍。最新作"Wajib"は娘の結婚式をパレスチナ様式で行うため右往左往する父と息子の姿を描いた作品だ。
記事→Annemarie Jacir &"Lamma shoftak"/パレスチナ、ぼくたちの故郷に帰りたい

79. Hilal Baydarov ヒラル・バイダロフ (アゼルバイジャン)
南コーカサスに位置するアゼルバイジャンから現れた、期待の新鋭ドキュメンタリー作家。第3長編である"Xurmalar Yetişən Vaxt"はある中年女性が故郷の村落で過ごす日常を叙情的な形で描き出した作品。止まることのない時の流れの中にある日常を、類稀な優しさを以て綴ることで、そこには一瞬の遥かさと永遠の儚さが宿るという。
記事→ Hilal Baydarov&"Xurmalar Yetişən Vaxt"/アゼルバイジャン、永遠と一瞬

78. Cyril Schäublin シリル・シャウブリン (スイス)
デビュー長編"Dene wos guet geit"ロカルノ出品作。オレオレ詐欺を働く若い女性、彼女を追う2人の刑事。ともすれば犯罪劇に仕立てられる題材が、無機物と人物の比率が異様なフレーミング、テクノロジーによる分断と搾取の数々によって一種のディストピアSFへと変貌する。静かで不気味なスリル。
記事→Cyril Schäublin&"Dene wos guet geit"/Wi-Fi スマートフォン ディストピア

77. Perin Esmer ペリン・エスメル (トルコ)
今活気あるトルコ映画界で最も私が好きな作家が彼女。デビュー作"Gözetleme Kulesi"はトルコの緑深き山々で2つの果てしなき孤独が衝突する重厚なドラマ作品、是非一見を。
記事→ペリン・エスメル&"Gözetleme Kulesi"/トルコの山々に深き孤独が2つ

76. Ion de Sosa イオン・デ・ソサ (スペイン)
「マジカル・ガール」といい後述の“El futuroといい、スペインのインディー映画界に満ちるどん詰まりの感覚には凄まじいものがある。彼の作り出したデビュー長編“Sueñan los androides”「電気羊はアンドロイドの夢を見るか?」を原作としているがブレードランナーとは似ても似つかぬ作品となっており、希望が踏みにじられる様を“ギリシャの奇妙なる波”以後のシュールな感覚で描く印象的な一作となっている。
記事→Ion De Sosa&"Sueñan los androides"/電気羊はスペインの夢を見るか?

75. Maja Miloš マヤ・ミロシュ (セルビア)
「フィッシュ・タンク」「リリア4-ever」とタメを張る、荒廃したセルビアの街並みの中、徐々に窒息していく少女のドス黒い青春を描いた「思春期」ロッテルダム映画祭最高賞を獲得、セルビア映画界期待の星。
記事→マヤ・ミロス&「思春期」/Girl in The Hell

74. Jim Hosking ジム・ホスキング (イギリス)
英国随一の狂人ベン・ウィートリーにも認められた変態一番星。彼のデビュー長編"The Greasy Strangler”は脂ギトギト首絞め殺人鬼に怯える街を舞台に、自分の父親がその殺人鬼なのではないか?と疑う息子の姿を脂ギトギト色彩バキバキな映像美で描く作品。親離れのテーマはウィートリーにも顕著だが、変態性の方向が違えば描かれ方もこうまで違うかと驚かされるだろう。
記事→ジム・ホスキング&"The Greasy Strangler"/戦慄!脂ギトギト首絞め野郎の襲来!

73. Teona Strugar Mitevska テオナ・ストルガル・ミテフスカ (マケドニア)
現在のマケドニア映画祭を代表する映画作家。長編"When the Day Had No Name"マケドニアに巣食う圧倒的なまでの虚無を、怠惰で無軌道な若さの彷徨いを通じて、不気味なほどの密度で以て描き出す黒い青春映画だ。そして少年たちの元に、マケドニアの元に最後には黙示録の時が来たるのである。新作"God exists, her name is Petrunija"はベルリンのコンペにも選出。
記事→ Teona Strugar Mitevska&"When the Day Had No Name"/マケドニア、青春は虚無に消えて

72. Kevan Funk ケヴァン・ファンク (カナダ)
彼のデビュー長編"Hello Destroyer"は、スポーツとは暴力の一形態であるということを、1人のホッケー選手の転落人生から痛烈に描き出す異色ホッケー映画。試合の快楽や興奮は一切存在せず、暴力の余波とそれによって崩壊する精神の行く末を、凍てついた視線で描き、そして地獄を叩きつける。
記事→Kevan Funk&"Hello Destroyer"/カナダ、スポーツという名の暴力

71. Hlynur Palmason ハイヌラ・パルマソン (アイスランド)
主にアイスランドデンマークを中心に活躍する映画作家。デビュー長編"Vinterbrødre"デンマークが舞台。大自然の中で、男性性というものが脆くも崩れ去っていく様を丹念に描き出したドラマ作品だ。そして孤独のような白と絶望のような黒の中へと、全ては埋もれていくのだ。
記事→Hlynur Palmason&"Vinterbrødre"/男としての誇りは崩れ去れるのみ

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70. César Díaz セサル・ディアス (グアテマラ)
カンヌ国際映画祭の批評家週間に出品された初長編"Nuestras madres"は、内戦終結後のグアテマラが舞台。解剖学者として働く青年が、失踪した父親の跡を追ってこの国の血塗られた歴史を辿っていくこととなる。描かれる内容は凄まじく思いが、ここには心を締めつける深いヒューマニズムが溢れている。
記事→César Díaz&"Nuestras madres"/グアテマラ、掘り起こされていく過去

69. Julia Murat ジュリア・ミュラト (ブラジル)
ブラジル映画界で個人的にとても好きな作家。デビュー長編"Historia"は死にすら忘れ去られた村を舞台にした、記憶と時についての懐かしく謎めいた寓話として永遠の美しさを湛えるだろう作品。2017年に製作された第2長編"Pendular"は一転、ダンサーと彫刻家カップルの関係性の行方を描き出したドラマ作品となっている。
記事→Julia Murat &"Historia"/私たちが思い出す時にだけ存在する幾つかの物語について

68. Sofia Exarchou ソフィア・エグザルコウ (ギリシャ)
長編デビュー作"Park"で描かれるのは、アテネ五輪開催後、財政破綻によって荒涼の廃墟と化した選手村、そこにしか居場所がない少年少女の未来なきドン詰まり。痛々しい傷と虫のような影に覆われた若い肉体、世代から世代へ受け継がれる野良犬の暴力、オリンピックが自分たちに残した物は一体何だ?絶望だけだろ。
記事→Sofia Exarchou&"Park"/アテネ、オリンピックが一体何を残した?

67. Vetrimaaran ヴェトリマーラン (インド)
武骨なエネルギー溢れる70年代風刑務所映画と、敵は個でなくシステムであるというボーン三部作以降のポリティカル・スリラーが、踏みにじられる人々の怒りによって繋がる驚きのタミル映画"Visaaranai"に心ブチ抜かれました、私。
記事→ヴェトリ・マーラン&"Visaaranai"/タミル、踏み躙られる者たちの叫びを聞け

66. Hana Jušić ハナ・ユシッチ (クロアチア)
クロアチア出身の若手作家。東京国際映画祭で上映された「私に構わないで」クロアチアの田舎町で家族の呪縛から逃れられない女性の悲喜こもごもを、息詰まるほど登場人物へと肉薄するカメラワークで描き出すミニマルな一作。だが内容を極力切り詰めた先にこそ、人生が宿す豊かな真実は浮かび上がるのだと今作は証明している。
記事→ハナ・ユシッチ&「私に構わないで」/みんな嫌い だけど好きで やっぱり嫌い

65. Anna Odell アンナ・オデル (デンマーク)
スウェーデン1のお騒がせアーティストが一転、初長編「同窓会/アンナの場合」は"いじめた奴はすぐ忘れるが、いじめられた奴は一生忘れない"という真理をネチネチと描いてスウェーデンアカデミー賞作品賞を獲得というまさかのスターダムへ。
記事→ アンナ・オデル&「同窓会/アンナの場合」/いじめた奴はすぐ忘れるが、いじめられた奴は一生忘れない

64. Li Cheng リ・チェン (中国/グアテマラ)
2つの愛のジレンマの中で苦悩する果て、この映画の主人公は本当の自分自身を見つけ出すために旅へと出かける。目前に広がる様々な光景を通じて、彼は“自分自身とは何か?”“愛とは何か?”という思索を重ね続けていく。それに対して監督は明確な答えを出すことはない。それでも"Jose"という作品は、抑圧的な状況の中で誰かを真に愛することの瑞々しさを真っ直ぐに、美しく歌い上げている。
記事→ Li Cheng&"José"/グアテマラ、誰かを愛することの美しさ

63. Kiro Russo キロ・ルッソ (ボリビア)
ボリビア出身の若手映画作家。長編デビュー作“Viejo Calavera”ボリビアの鉱山で働く人々の息詰まる現実を描き出した作品。何と言っても特徴的なのはこの世界を満たす闇だ。必死に生きていこうとする底辺の人々をも容赦なく呑み込んでいく全き黒を、彼は崇高なタッチで捉えることで、世界を底知れない地獄として綴る。ラテンアメリカ映画界注目の新人。
記事→ Kiro Russo&"Viejo Calavera"/ボリビア、黒鉄色の絶望の奥へ

62. Marcelino Islas Hernadez マルセリーノ・イスラス・エルナンデス (メキシコ)
メキシコ映画界でも見過ごされがちな老いについてを描くことの多い映画作家"Clases de historia"は2人の全く違う女性たちの交流を通じて老いと若さ、生と死の交錯を鮮やかに描き出す作品だ。ここにはこの世界で生きること、生き続けることの喜びが深く深く滲み渡っている。ちなみに私の友人。
記事→Marcelino Islas Hernadez&"Clases de historia"/心を少しずつ重ねあわせて

61. Pema Tseden ペマ・ツェテン (チベット)
時代の波に取り残されていく中年の羊飼いの悲哀を描き出すチベット映画「タルロ」は序盤コミカルなカフカ、中盤リサンドロ・アロンソ、終盤は唯一無二のペマ・ツェテンへと結実する素晴らしさ。
記事→ペマ・ツェテン&"Tharlo"/チベット、時代に取り残される者たち

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60. Marialy Rivas マリアリー・リバス (チリ)
チリ出身デビュー長編「ダニエラ 17歳の本能」は性に奔放な少女VSキリスト教福音主義、薄紫の苦い抵抗を描いた作品。ポップアート演出にブログやらフェイスブックが掛け合わさると途端に作風が軽薄になりがちな所を、フィルム風の粒子荒めな撮影と思慮深い編集で、窓際で頬骨ついてるようなアンニュイさが生まれる巧みさ。チリ映画と言えばな映画作家パブロ・ララインも製作で参加、"あなたが居なかったら私は無のままだった"ってエンドクレジットの賛辞にチリ映画界の更なる隆盛を見ました。頑張れチリ映画界。
記事→マリアリー・リバス&「ダニエラ 17歳の本能」/イエス様でもありあまる愛は奪えない

59. Marie Kreutzer マリー・クロイツァー (オーストリア)
様々な才能が現れ始めているオーストリア映画界から現れた人物。最新作"Der Boden unter den Füßen"はある秘密を抱えた女性がめぐる激動を通じて、公と私の均衡を保つことの難しさや危うさを描き出す作品で、ベルリンのコンペに選出され大きな話題となった。
記事→ Marie Kreutzer&"Der Boden unter den Füßen"/私の足元に広がる秘密

58. Ronny Trocker ロニー・トロッケル (イタリア)
ヨーロッパに横たわる大いなるアルプス山脈、この地を拠点に国を跨ぎながら活躍する新世代の作家。ヴェネチア国際映画祭でプレミアム上映されたデビュー長編"Die Einsiedler"はアルプスの大いなる自然に生きる親と子の、凄まじいまでの孤独を描き出した作品。観ているとこの大地において人間という存在は余りにもちっぽけすぎるというのを痛感させられる。
記事→Ronny Trocker&"Die Einsiedler"/アルプス、孤独は全てを呑み込んでゆく

57. Vladimir Durán ウラディミル・デュラン (アルゼンチン/コロンビア)
彼のデビュー長編"Adios entusiasmo"は、良い意味で、本当に良い意味で全く意味が解らない映画と快哉を上げた映画。アパートの1室が舞台の、引きこもりのママンを巡る4人きょうだいの物語ですが、メタファーという物から逃れ自由気ままに踊る、クラゲのように純粋無垢な不思議さ。
記事→Vladimir Durán&"Adiós entusiasmo"/コロンビア、親子っていうのは何ともかんとも

56. Talya Lavie タリヤ・ラヴィ (イスラエル)
イスラエルはその出自から、戦争に彩られた歴史を送ってきた。それ故に男性・女性共に18歳以上になると兵役に従事しなくてはならない現実があるのだが、この監督はそんな現実を戯画的に描き、そして作り上げたのが"Zero Motivation"だ。兵役をやり過ごすためやる気ゼロを貫く2人の女性のドタバタを描き出した見事なコメディである。英題も最高だ。
記事→Talya Lavie & "Zero Motivation"/兵役をやりすごすカギは“やる気ゼロ”

55. Desiree Akhavan デジリー・アッカヴァン (アメリカ/イラン)
イラン出身の両親を持つ、アメリカとイギリスを股にかけ活躍する映画作家が彼女。デビュー長編"Appropriate Behavior"(映画祭題「ハンパな私じゃダメかしら?」)は自身をモチーフにしたバイセクシャル女性の愛の珍道中を描いた傑作ラブコメ、それを発展させイギリスでは"Bisexual"というドラマも製作。更に2017年の第2長編"The Miseducation of Cameron Post"(DVD題「ミス・エデュケーション」)はサンダンス映画祭で作品賞をも獲得することとなった。
記事→デジリー・アッカヴァン&「ハンパな私じゃダメかしら?」/失恋の傷はどう癒える?

54. Rosemary Myers ローズマリー・メイヤーズ (オーストラリア)
オーストラリア出身。一人の少女が思春期の吐き気と当惑に満ちたカラフルキャンディの中に閉じ込められ、凄まじい勢いで下り坂を転げ落ちていくような青春映画“Girl Asleep”長編映画デビュー、舞台仕込みの箱庭世界では苦虫潰しまくってる
少女の表情が炸裂しながら、なけなしの勇気をかき集め、その拳で新しい世界へ突き抜けろ!という強いメッセージにこっちも拳を握るという。
記事→Rosemary Myers&"Girl Asleep"/15歳、吐き気と不安の思春期ファンタジー!

53. Jang Woo-jin ジャン・ウージン (韓国)
韓国映画って大きく分けて"悪夢"か"白昼夢"かみたいな所があるが彼の作品群、特に第2長編"Autumn, Autumn"は完全に後者だ。暖かい郷愁と苦い現実が広がる春川で"自分の人生こんな筈じゃなかった"と"幸せになりたいかすら、もう分からない"という思いに苛まれ、彷徨う3つの孤独な魂……
記事→Jang Woo-jin&"Autumn, Autumn"/でも、幸せって一体どんなだっただろう?

52. Ana Urshadze アナ・ウルシャゼ (ジョージア)
デビュー長編"Scary Mother"は母でなく妻でなく、作家として家族を捨て去る決意をした女がめぐる狂気の道行きを描き出した、ジョージア地獄変。硝子玉が鉄板を打つような響きがトビリシの灰色の街並みを満たす中で、女の精神は壊れゆき、家族という名の呪いが肌に黒い螺旋を描き出す……
記事→Ana Urushadze&"Scary Mother"/ジョージア、とある怪物の肖像

51. 工藤梨穂 (日本)
今後、日本映画界を牽引していくだろう若い才能が彼女。長編作品「オーファンズ・ブルース」は記憶が欠落していく病を抱えた女性の、幼馴染に会いに行くための旅路を描いた1作。鮮やかな色彩の中に消えていく物たちへの切なさと郷愁が浮かび上がりながら、失われゆく想い出が最後に行きつく場所は暖かな世界の終り。
記事→ 工藤梨穂&「オーファンズ・ブルース」/記憶の終りは世界の終り

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50. Emir Baigazin エミール・バイガジン (カザフスタン)
カザフスタン映画界期待の新鋭。第2長編"The Wounded Angel"は、少年たちがまるでキリストの如く責め苦を受ける姿が描かれる。それはおぞましいほどの淡々さで以て描かれていき、他者には気にもされず孤独に風化していく。その中でも特に残酷なのは、彼らが輝かしい若さの時代にあることだ。それが消え去り諦めという感情が根づく前に、老いることすらも許されぬまま、美しい声も希望ある未来も全ては潰える運命を彼らは受け入れなくてはならない。
記事→エミール・バイガジン&"Ranenyy angel"/カザフスタン、希望も未来も全ては潰える

49. Syllas Tzoumerkas シラス・ズメルカス (ギリシャ)
俳優であり映画作家でもあるギリシャ期待の才能。希望に満ちた狂騒の過去、財政崩壊と官僚主義に彩られた現在、愛が衝突し合うような激しいセックス、様々な要素が噴出する生命力によって暴力的に織り込まれた末、激発する爆風の凄まじさ。長編"A Blast"は題名の通り、ギリシャの奇妙なる波においても随一の強烈さを誇る1作、強烈。
記事→Syllas Tzoumerkas&"A blast"/ギリシャ、激発へと至る怒り

48. Virgil Vernie ヴィルジル・ヴェルニエ (フランス)
テン年代に現れた不穏の語り手。第2長編"Sophia Antipolis"では何の変哲もない日常の所作、風景の数々がフィルムの心地よくも荒い粒子の中で破滅の予感へ、そしてソフィア・アンティポリスという都市自体が少女の黒き亡霊へ姿を変える。暖かく、郷愁深い黙示録の詩情。
記事→ヴィルジル・ヴェルニエ&"Sophia Antipolis"/ソフィア・アンティポリスという名の少女

47. Urszula Antoniak ウルスラ・アントニャック (ポーランド/オランダ)
ポーランド出身ながらオランダで活躍する映画作家。第2長編"Code Blue"は秘密裏に患者を安楽死させ続ける看護師の精神が、捻れた性欲の中で崩壊していく様を表現主義的な演出で描き出す捻れたドラマ。新作"Beyond Words"はドイツで生きるポーランド移民の弁護士とその父の衝突を描き出した心理スリラーだ。
記事→Urszula Antoniak& "Code Blue"/オランダ、カーテン越しの密やかな欲動

46. Gürcan Keltek ギュルカン・ケルテク (トルコ)
長編ドキュメンタリー"Meteorlar"は人々から畏敬の念を呼び起こす荘厳なる大地の様子やクルド人トルコ人との対立などの歴史的事実、クルド人が直面する余りにも過酷な現実を描き出した作品だ。しかし今作には確かに、この地にも存在している希望をも綴られている。だからこそこの映像詩は空に輝くあの星たちのように、眩いばかりの光を放っている。
記事→ Gürcan Keltek&"Meteorlar"/クルド、廃墟の頭上に輝く流れ星

45. Ignas Jonynas イグナス・ヨニナス (リトアニア)
バルト三国ではおそらく最も世界的に有名なリトアニアから現れた新星。デビュー長編“Lošėjasはギャンブル狂いの救急隊員の姿を通じて、病院組織の腐敗とモラルの崩壊を一切の忌憚なしに描き出す衝撃的な作品。少なくとも新年早々に観るべきではないへヴィーな一作で、2014年のリトアニア映画賞を作品賞含め総なめにした。
記事→Ignas Jonynas & "Lošėjas"/リトアニア、金は命よりも重い

44. Daniel Wolfe ダニエル・ウルフ (イギリス)
パキスタン移民による"名誉の殺人"を軸として、父と娘の余りにも壮絶な愛憎を描き出す"Catch Me Daddy"で以てブリテン諸島において最も凄まじき才能であると証明した映画監督。ここに広がるのは乾ききった地獄だ。
記事→Daniel Wolfe&"Catch Me Daddy"/パパが私を殺しにくる

43. Adrian Sitaru アドリアン・シタル (ルーマニア)
ルーマニアの新たなる波”において個人の倫理と社会の倫理の拮抗をテーマにし続ける映画作家。バカンス地における観光客とロマとの微妙な関係性、愛したペットを食べたい衝動を抑えられない家族たち、家族という小さくも大いなる繋がりが宿す混沌、仕事も私生活もダメダメなジャーナリストが抱く倫理への懊悩など描く範囲はかなり広い。私がルーマニア語で初めて話した人物でもある。
記事一覧
アドリアン・シタル&"Pescuit sportiv"/倫理の網に絡め取られて
アドリアン・シタル&"Din dragoste cu cele mai bune intentii"/俺の親だって死ぬかもしれないんだ……
アドリアン・シタル&"Domestic"/ルーマニア人と動物たちの奇妙な関係
アドリアン・シタル&「フィクサー」/真実と痛み、倫理の一線

42. Alice Lowe アリス・ロウ (イギリス)
本国ではコメディアンとしても活躍する、期待の映画作家。デビュー長編"Prevenge"は胎児がクソ共をブチ殺せと囁いている…とばかりクソ連中の頸動脈を掻っ捌きに行く血まみれ妊婦の逆襲行脚。妊娠によって身体も心も自分のものでなくなっていく感覚と混乱を、漏れる母乳とドス黒い笑いと煌めくディスコ・ミュージックを交え描くアリス・ロウ渾身の一発!
記事→アリス・ロウ&"Prevenge"/私の赤ちゃんがクソ共をブチ殺せと囁いてる

41. Aida Begić アイダ・ベジッチ (ボスニア)
内戦の傷が色濃いサラエボの町で、必死に生きようとする姉弟の姿を独特の視点から描き出した"Djeca"イスラム映画祭で上映して欲しい珠玉の一作。新作"Never Leave Me"はトルコで必死に生き抜こうとするシリア難民の孤児たちを描いた作品だ。
記事→アイダ・ベジッチ&"Djeca"/内戦の深き傷、イスラムの静かな誇り

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40. Elmar Imanov エルマル・イマノフ (アゼルバイジャン)
デビュー長編"End of Season"は瞠目のアゼルバイジャン映画だ。現代において男性性は、女性を失うだけでその基盤をも失い崩壊の一途を辿る、そんな脆弱性を暴き出すと共に、一見すると世界はずっと変わらないように見えながら、その実誰かの世界が完全に変わってしまった、その一部始終を鮮烈に描き出している。

39. María Alché マリア・アルチェ (アルゼンチン)
現代アルゼンチン映画界の巨匠ルクレシア・マルテルに見いだされ女優として活躍した後、初長編"Familia sumergida"でデビューを果たした期待の新人作家。姉を失った中年女性の心の彷徨を描き出した今作は猥雑な大胆さと洗練された繊細さを兼ね備えた作品で、新人作家の域を軽々と越えている。
記事→María Alché&"Familia sumergida"/アルゼンチン、沈みゆく世界に漂う

38. Mariana Rondon マリアナ・ロンドン (ベネズエラ)
1人の少年の髪の悩みが、ベネズエラに内在するジェンダー規範がいかにして人々を抑圧するかという問題定義に繋がる"Pelo Malo"は観るのが辛いながらも、必見の作品。
記事→Mariana Rondón & "Pelo Malo"/ぼくのクセっ毛、男らしくないから嫌いだ

37. Ena Sendijarević エナ・センディヤレヴィッチ (ボスニア/オランダ)
ボスニアとオランダの2国を股にかける映画作家。デビュー長編"Take Me Somewhere Nice"は自分のルーツを探ろうとする少女の不思議な旅路を描いた作品だ。背景にはアイデンティティーの探求やボスニア紛争の深い傷跡など難しいテーマが絡み合っている。しかし観客は、それら全てを包み込んだ、本作の寛大なる愛らしさに深く魅了されること請け合いだろう。
記事→Ena Sendijarević&"Take Me Somewhere Nice"/私をどこか素敵なところへ連れてって

36. Nicolas Pereda ニコラス・ペレダ (メキシコ)
アメリカでマンブルコアが最盛期を迎えているその頃、メキシコで同じように親密で実験的な作品を作り続けていた、いわばラテンアメリカのジョー・スワンバーグというべき映画作家。第2長編“Juntos”はこの人生を変えてくれる何かが来ると信じ続ける若者たちの鬱屈を描き出した最もマンブルコア的作品、その姉妹作である最新作“Minotauro”はそこにアピチャッポンの幻影が混じり合う相当な異色作。
記事→ニコラス・ペレダ&"Juntos"/この人生を変えてくれる"何か"を待ち続けて

35. Ilian Metev イリアン・メテフ (ブルガリア)
現在世界で存在感を発揮しつつあるブルガリアの注目作家。ソフィアのとある夏、父と娘と息子が一緒に過ごす最後の夏。街路樹の枝を折ったり、姉がピアノを弾くのを弟が邪魔したり、日本のトイレについて喋ったり、そうした些細な日常の数々が親密さと共に街をゆっくりと巡っていく。それだけなのに何だろうこの感動、切なさ、愛おしさ。 それを感じられる長編"3/4"は傑作。
記事→Ilian Metev&"3/4"/一緒に過ごす最後の夏のこと

34. Antoine Cuypers アントワーヌ・キュペルス (ベルギー)
どこからともなく現れたベルギー人映画作家。デビュー長編“Prejudice”にはこの世に生まれたことへの憎しみが凄まじいほどの濃密さで描かれる“絶望の箴言家”シオラン的な映画だが、それ以上に異様なのは、またこの憎しみをなかったことにしようとすう社会の圧力がいかに強大な物であるかを更なる悍ましさによって描き出そうとする試みに他ならない。
記事→Antoine Cuypers&"Préjudice"/そして最後には生の苦しみだけが残る

33. Rick Alverson リック・アルヴァーソン (アメリカ)
果てしない倦怠、重すぎる徒労感、全てが無駄、何もかも全てが虚無感に支配されてしまっている……そんな絶望を冷たく焼き付けた"Entertainment"アメリカという名の精神の荒野を描き出した唯一無二の芸術。そして最新作"The Mountain"は更にアメリカのドス黒い歴史を抉り出していくこととなる。
記事一覧
Rick Alverson &"The Comedy"/ヒップスターは精神の荒野を行く
Rick Alverson&"The Mountain"/アメリカ、灰燼色の虚無への道行き

32. Luis Lopez Carrasco ルイス・ロペスカラスコ (スペイン)
1982年、フランコ将軍の死を越えて真の民主主義を勝ち取った選挙前夜、何となく浮き足だった若者たちがパーティーを繰り広げる姿を描いたデビュー長編“El Futuroは、しかしこの年が今へと続く深い絶望の始まりであると私たちに提示する一作。かなり実験的な作風で人を選ぶかもしれないが、その実験性に凄まじく重い意味が宿る虚無の終盤は言葉を越えていく。
記事→Luis López Carrasco&"El Futuro"/スペイン、未来は輝きに満ちている

31. Jérôme Reybaud ジェローム・レイボー (フランス)
百科事典的な知識の数々が、否応なく過ぎ行く時の流れが、フランス全土を股にかけたニヒリズムと愛との絶え間ない闘争へと導かれる。Grindr世代によるジャック・リヴェットは、虚無主義と欲望の肯定が拮抗した果ての止揚へと行き着く。彼の長編作品"Jours de France"は最近のフランス映画界でも突出したデビュー作品。
記事→Jérôme Reybaud&"Jours de France"/われらがGrindr世代のフランスよ

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30. João Nicolau ジョアン・ニコラウ (ポルトガル)
ポルトガル映画界はやはり注目の才能に恵まれている。彼の第2長編“John From”は序盤気だるげな夏休みを過ごす少女の姿を描く、まあ普通にジャック・リヴェット好きなのかなみたいな内容だが、少女の恋が世界を変えてしまう様を滅茶苦茶なやり方で描いていく後半の衝撃はすごい。後述のAlessandro Comodinとは何度も仕事を共にしており、テン年代最高の映画作家コンビと言えるかもしれない。
記事→João Nicolau&"John From"/リスボン、気だるさが夏に魔法をかけていく

29. Marius Olteanu マリウス・オルテアヌ (ルーマニア)
ルーマニア、東欧に位置しながらもスラブ民族ではなくラテン民族で構成された異端の国、EUに所属する中では最貧国の1つとして数えられながらもITなどの面で経済は急成長を遂げている急進国家。そんな過渡期にある国で生きることにはどんな意味があるのだろう。独りで生きる、誰かと共に生きる。男性として生きる、女性として生きる。異性愛者として生きる、同性愛者として生きる。幸福を味わいながら生きる、不幸を抱きながら生きる。そこにどんな意味があるのだろうか。それを突き詰めんとする作品が彼のデビュー長編"Monștri."だ。
記事→ Marius Olteanu&"Monștri"/ルーマニア、この国で生きるということ

28. Kaouther Ben Hania カオサー・ベン・ハニア (チュニジア)
長編"Beauty and the Dogs"は1人の大学生がレイプされた事から起こる悪夢の1夜を描き出した作品。チュニジアに広がる絶望、警察に内在する下劣な腐敗、悍ましき女性差別の実態が、息詰まる臨場感の張り詰める長回しで描き出される様は圧巻。"お前はこの国を、この美しいチュニジアを愛してるか?"
記事→ Kaouther Ben Hania&"Beauty and the Dogs"/お前はこの国を、この美しいチュニジアを愛してるか?

27. Rachel Lang ラシェル・ラング (フランス)
フランス出身、短編2作とデビュー長編“Baden Baden”を合わせたアナ三部作で世界にその名を轟かせることとなる。アナという女性の人生を連なりとして描き出した三部作には、若さを持て余すゆえに、軍隊に入ったり恋人と別れたり祖母の風呂場をリフォームしたり恋人とよりを戻したりとフラフラな姿が描かれる。だがその等身大の迷いは切なさや愛おしさとして、私たちの胸に迫ってくる。
記事→Rachel Lang&"Baden Baden"/26歳、人生のスタートラインに立つ

26. Alessandro Comodin アレッサンドロ・コモダン (イタリア)
イタリア映画界に輝く、時と太陽に祝福された映画作家。長編デビュー作“L' estate di Giacomoは難聴の青年が過ごすとある夏の日を淡々と描き出す一作、第2長編"I tempi felici verranno presto"はある山の中を舞台に2人の脱走兵と病弱な女性の人生が交錯する一作。だがこの2作には言葉を越えた、魔術的としか言い様のない瞬間が存在する。その時私たちはこの映画作家を魔術師ではなく、魔術そのものだと驚くしかない。
記事一覧
Alessandro Comodin&"L' estate di Giacomo"/イタリア、あの夏の日は遥か遠く
Alessandro Comodin&"I tempi felici verranno presto"/陽光の中、世界は静かに姿を変える

25. Joni Shanaj ユニ・シャナイ (アルバニア)
東欧はアルバニア出身。デビュー長編“Pharmakon”は、この世に産まれた時点で虚無は宿命付けられている、それでも人と人とは致命的なまでに理解しあうことは出来ない、唯一確かに存在していると言えるものは究極的な孤独のみである、そういった世界に生まれることに否応なく付き纏う絶望を突き詰めた、ある種の極致に位置する恐ろしい作品。
記事→ Juni Shanaj&"Pharmakon"/アルバニア、誕生の後の救いがたき孤独

24. Benjamin Naishtat ベンハミン・ナイシュタット (アルゼンチン)
昨今台頭著しいアルゼンチン映画界を担う新世代。長編デビュー作“Historia del Miedo”中産階級に属する人々が抱く不安と破滅の予感をモザイク画のように浮かび上がらせる不穏なる一作、そして第2長編“El Movimento”はその不穏なる現代の源を、アルゼンチンの血塗られた誕生の中にこそ幻視するという試みを持った作品で、彼はこの国の200年の歴史を見据え続けている。
記事→Benjamín Naishtat&"Historia del Miedo"/アルゼンチン、世界に連なる恐怖の系譜

23. Lina Rodriguez リナ・ロドリゲス (コロンビア)
長編デビュー作“Señoritas”はコロンビアにレナ・ダナムが現れた!と評判だったが、とある家族の何気ない日常に焦点を当てた第2長編“Mañana a esta hora”は例えばミア=ハンセン・ラブなどを思わす時への感覚によって、過ぎ去る人生が私たちにもたらす悲しみと喜びが豊かに溢れ出す一作。コロンビアは「大河の抱擁」シロ・ゲーラだけじゃないぞ!
記事→Lina Rodríguez&"Mañana a esta hora"/明日の喜び、明日の悲しみ

22. Alice Winocour アリス・ウィノクール (フランス)
日本では裸足の季節の共同脚本として有名、しかし彼女自身もまた優れた映画作家だ。一人の少女の苦しみが社会によって搾取され、今後悪辣な形で女性を規定する“ヒステリー”という概念がいかに仕立てあげられたかを忌憚なく描き出すデビュー長編「博士と私の危険な関係に、PTSDを患った元兵士の荒涼たる心象風景が不気味な予感と暴力的なまでに神々しい轟音と共に描き出されるスリラー「ラスト・ボディーガード」は、世界という名の牢獄への痛烈な一撃ともなる。
記事一覧
アリス・ウィンクール&「博士と私の危険な関係」/ヒステリー、大いなる悪意の誕生
アリス・ウィノクール&「ラスト・ボディガード」/肉体と精神、暴力と幻影

21. Marianne Pistone&Gilles Deroo マリアンヌ・ピストーヌ&ジル・デルー (フランス)
デビュー長編"Mouton"は点と点の集積によって青年の日常を描きながらも、後半から全く別の物語に変わってしまう本当に、本当に言葉すら失ってしまう作品。フランス映画界随一の才能だ、彼女たちこそが。
記事→Marianne Pistone& "Mouton"/だけど、みんな生きていかなくちゃいけない

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20. Eduardo Williams エドゥアルド・ウィリアムス (アルゼンチン)
群雄割拠のアルゼンチン映画界でも異彩を放つ新人監督。短編“”は世界の終わりに世界の果てへと旅を始める青年たちの姿を描き出した謎めいた一作。2016年にデビュー長編“El auge del humano”を製作、全く別の世界で生きる若者たちの怠惰な日々がある瞬間に繋がりあうという作品で、ロカルノ映画祭の新人監督部門で作品賞を獲得するなど最高のスタートを切った。
記事→Edualdo Williams&"El auge del humano"/うつむく世代の生温き黙示録

19. Benjamin Crotty ベンジャミン・クロッティ (アメリカ/フランス)
世界を股にかけ変な映画を作り続けるテン年代の“恐るべき子供たち”の1人。初長編“Fort Buchanan”は派兵された軍人をパートナーに持つ人々が共同で生活する基地で繰り広げられる、内容についても演出についても余りにも自由すぎるメロドラマ。ここまでクィアで自由な精神を持ち合わせた作品そうはお目にかかれない!
記事→Benjamin Crotty&"Fort Buchnan"/全く新しいメロドラマ、全く新しい映画

18. Alex Ross Perry アレックス・ロス・ペリー (アメリカ)
今、米インディー映画界で最も物議を醸す映画作家といえば彼しかいない。アメリカに巣食う強大なるエゴを描かせたら天下一品、どこまでも嫌われ者たらんとする孤高の人々が長広舌で暴れ回る様は正に悪夢。彼の第6長編"Her Smell"はその真骨頂であり、全てを喰い尽す暗黒物質の狂態が見られる。とにもかくにも圧巻。
記事一覧
今すぐに貴方を殺せば、誰にも知られることはないでしょう"Queen of Earth"
Alex Ross Perry&"Her Smell"/お前ら、アタシの叫びを聞け!

17. Nelson Carlo de Los Santos Arias ネルソン・カルロ・デ・ロス・サントス・アリアス (ドミニカ共和国)
ドミニカ共和国は映画界においてあまり存在感がないが、そんな辺境から現れた驚きの才能。新作長編"Cocote"という作品はただ復讐や文化を描こうとしている訳ではなく、もっと大きなもの、つまりは数えきれない様々な側面を持つだろうドミニカ共和国という国家それ自体を描く壮大な野心に満ちている作品なのだと。
記事→Nelson Carlo de Los Santos Arias&"Cocote"/ドミニカ共和国、この大いなる国よ

16. Andrea Štakaアンドレア・シュタカ (スイス/ユーゴスラビア)
スイス出身、ユーゴスラビア移民である両親を持つ映画作家。彼女の作品は故郷に郷愁を抱くユーゴ移民の姿を描いた作品が多く、デビュー長編"Das Fraulein"セルビア移民とボスニア移民の孤独と友情を綴った作品、次回作"Cure: The Life of Another"はユーゴの血を受け継いだスイス人の少女が文化の狭間で絶望を見据えるという作品だった。
記事→アンドレア・シュタカ&“Das Fräulein”/ユーゴスラビアの血と共に生きる

15. Simona Kostova シモーナ・コストヴァ (ブルガリア/ドイツ)
ドイツを拠点に活躍するブルガリア人作家。デビュー長編である"Dreissig"は“30”を示す単語だ。先述した通り、この年齢は若くもないし老いてもいない微妙な年代である。その狭間で自分たちは何をすればいいのか、どうやって生きればいいのか。そんな問いを真摯に考え続ける今作からは、こんな切ない叫びが聞こえてくる。“僕たちは人生に何かを求めてる。でもそれって一体何なんだ?”
記事→ Simona Kostova&"Dreissig"/30歳、求めているものは何?

14. Milagros Mumenthaler ミラグロス・ムメンタレル (アルゼンチン)
時々"自分は映画という名の奇跡"を目撃しているとしか言えない経験をすることが人生の中で何度かあるが、彼女の第2長編"La idea de un lago"は正にそんな体験をさせてくれる映画だった。観ながら、ずっと目に涙を溜めざるを得なかった作品はこれ以外になし。
記事→Milagros Mumenthaler&"La idea de un lago"/湖に揺らめく記憶たちについて

13. Natalia Almada ナタリア・アルマダ (メキシコ)
メキシコの映画作家、長年ドキュメンタリー作品を製作してきたが今年初の劇長編“Todo lo demás”を監督、虚ろな孤独を抱える中年女性のの日常が救いがたいほどの淡々さで描かれる中で、自身の老いゆく身体への慈しみが生まれ、それが他者への愛へと至り、そして最後にはこのかけがえない人生を受け入れる導となる。そんな姿を描き出した余りに美しい一作。
記事→Natalia Almada&"Todo lo demás"/孤独を あなたを わたしを慈しむこと

12. Phuttiphong Aroonpheng プッティポン・アルンペン (タイ)
撮影監督として研鑽を積んだ後、映画作家としてデビューしたタイ映画界期待の新人。長編デビュー作"Manta Ray"においては、漁師として働く若者と森に流れ着いたロヒンギャ難民、若者が男を甲斐甲斐しく世話する内2人の間に友情とも愛情ともつかぬ曖昧な感情が漂い、異様な緊張が張り詰める…という所から予想もつかない場所へと飛躍を遂げる悪夢的白昼夢/白昼夢的悪夢。タイから現れた異形の傑作。
記事→Phuttiphong Aroonpheng&"Manta Ray"/タイ、紡がれる友情と煌めく七色と

11. Ralitza Petrova ラリツァ・ペトロヴァ (ブルガリア)
ブルガリアで最も期待される映画作家こそが彼女。デビュー長編"Bezbog"は、介護士としての職務の裏で犯罪を犯しながら生存を図る女性が、神なき世界で贖罪を求める姿を描くブルガリア産ハードボイルド映画。人間性も生の輝きも良心も愛も全て根絶やしにされた先に広がる、凍てついた虚無の詩情に息を呑む心地。現代ブルガリア映画の極致を見た。
記事→Ralitza Petrova&"Godless"/神なき後に、贖罪の歌声を

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10. Ramon Zürcher ラモン・チュルヒャー (スイス)
シャンタル・アケルマンの禁欲性+ジャック・タチの過剰さ=映画の未来!1つの家族の日常を私たちが全く観たことのない視点から描き出す"Das merkwürdige Kätzchen"は驚異のデビュー長編だ。2013年から新作を作っていないが、本当に本当に新作が待たれる監督である。
記事→Ramon Zürcher&"Das merkwürdige Kätzchen"/映画の未来は奇妙な子猫と共に

9. Nele Wohlatz ネレ・ヴォルハッツ (ドイツ/アルゼンチン)
ドイツ出身ながらアルゼンチンへと移住し作家活動を開始、初の単独長編“El futuro perfecto”は家族と共に言葉も知らないままアルゼンチンへと移住してきた中国人の少女が、スペイン語を学ぶ過程で世界が開いていく……という内容の作品。新しい言語を学ぶ時の不安と喜びがこれ以上ない瑞々しさで描かれていて、今ルーマニア語を学んでる自分も大感動。
記事→Nele Wohlatz&"El futuro perfecto"/新しい言葉を知る、新しい"私"と出会う

8. Cristi Puiu クリスティ・プイウ (ルーマニア
ルーマニアの新たなる波”という大いなる潮流の頂点に君臨するルーマニア映画界の巨人。医療制度の腐敗と死の惨めすぎる真実を描く「ラザレスク氏の最期」、とある平凡な中年男性が殺人を犯す姿を徹底したリアリズムで描く禍々しいエピック“Aurora”、そして法要に集まった親族たちの姿に混沌たる小宇宙を見出だす大いなる一作「シエラネバダに比肩する映画はどこにも存在しないだろう。
記事一覧
クリスティ・プイウ&"Marfa şi Banii"/ルーマニアの新たなる波、その起源
クリスティ・プイウ&「ラザレスク氏の最期」/それは命の終りであり、世界の終りであり
クリスティ・プイウ&"Aurora"/ある平凡な殺人者についての記録

7. Chloe Robichaud クロエ・ロビショー (カナダ)
群雄割拠のカナダ映画界の中でも、最も才能のある映画作家。25歳で手掛けた長編デビュー作"Sarah prefere la course"は陸上に青春を懸ける少女の姿を独特の明晰な視点から描き出した作品。長編2作目"Pays"は3人の女性たちの人生が交錯する瞬間の豊かさを活き活きと描き出す傑作だ。女性たちの複雑な心情を描く手腕に定評がある。
記事一覧
Chloé Robichaud &"Sarah préfère la course" /カナダ映画界を駆け抜けて
Chloé Robichaud&"FÉMININ/FÉMININ"/愛について、言葉にしてみる
Chloé Robichaud&"Pays"/彼女たちの人生が交わるその時に

6. Radu Jude ラドゥ・ジュデ (ルーマニア)
ルーマニアの新たなる波第二世代を代表する映画作家。長編"Inimi cicatrizate"は、今まで数あるルーマニア映画を観てきたがこの豊饒さ、悲痛さ、美しさは今までにないほど胸を打つもので息を飲む。黒海沿岸のサナトリウムで死を待つ者たちの溌剌な饗宴と、迫りくる死と世界崩壊の予感が衝突し躍動する詩へと昇華される。超絶大傑作。
記事一覧
ラドゥ・ジュデ&"Cea mai fericită fată din ume"/わたしは世界で一番幸せな少女
Radu Jude&"Toată lumea din familia noastră"/黙って俺に娘を渡しやがれ!
Radu Jude & "Aferim!"/ルーマニア、差別の歴史をめぐる旅
ラドゥ・ジュデ&"Inimi cicatrizate"/生と死の、飽くなき饗宴
Radu Jude&"Țara moartă"/ルーマニア、反ユダヤ主義の悍ましき系譜

5. Noah Buschel ノア・ブシェル (アメリカ)
米インディー映画界ひいては世界を見渡したとて彼に似た人物はどこにも存在しない、真の意味で孤高を貫き続ける唯一無二の映画作家。彼ほど映画に拘り、映画にしか出来ない表現を探し求める作家はいない。“The Missing Person”においてマイケル・シャノンが体現する孤独、“Glass Chin”における主人公に肉薄するサイレンの輝き、“The Phenomにおける肉体の世界と精神の世界を自由に行き交うその手捌き、そして“Sparrows Dance”のあの息を呑むほど美しいダンスシーンを観た時の衝撃と感動は一生忘れることが出来ない。彼こそ不世出の天才だ。
Noah Buschel&"Bringing Rain"/米インディー映画界、孤高の禅僧
Noah Buschel&"Neal Cassady"/ビート・ジェネレーションの栄光と挫折
Noah Buschel&"The Missing Person"/彼らは9月11日の影に消え
Noah Buschel&"Sparrows Dance"/引きこもってるのは気がラクだけれど……
Noah Buschel&”Glass Chin”/持たざる者、なけなしの一発

4. S. Craig Zahler S. クレイグ・ザラー (アメリカ)
最新作"Dragged Across Concrete"。永遠にまで引き延ばされた緩やかで泥臭い時間の中で男たちが語り、銃をブッ放し、そして血潮と肉片をブチ撒けていく。寛大かつ壮大なるあの"遅さ"が、乱暴なまでに粗雑で超暴力的な聖性へと高められる様は圧巻。これぞ正にS. クレイグ・ザラーの世界。そして第2長編"Brawl in Cell Block 99"。蒼い掃き溜めに血で紡がれる、薄汚れた拳についての圧倒的叙事詩。剥き出の頭皮に刻まれた十字架が、ある種陳腐でシンプルな暴力の物語を、ジャンル映画への崇高なる殉教の詩へと高める。S.クレイグ・ザラーは現代に蘇ったブレッソンだ……
記事→ S.クレイグ・ザラー&"Brawl in Cell Block"/蒼い掃き溜め、拳の叙事詩

3. Kleber Mendonca Filho クレベール・メンドンサ・フィーリョ (ブラジル)
ブラジル・レシフェを拠点とする映画作家。この地に広がる不穏な死の予感を音によって紡ぎ出す驚異のデビュー長編「ネイバリング・サウンズ」と、老いゆく身体への愛と暖かな郷愁と共に前へ前へと進もうとする中年女性の姿を力強く描いた第2長編アクエリアスによって一躍映画界のトップランナーに躍り出た期待の新鋭。保守政権が力を握る現在のブラジルに抵抗を続ける気骨の人でもある。
記事一覧
クレベール・メンドーサ・フィーリョ&「ネイバリング・サウンズ」/ブラジル、見えない恐怖が鼓膜を震わす
クレベール・メンドンサ・フィリオ&「アクエリアス」/あの暖かな記憶と、この老いゆく身体と共に

2. Anocha Suwichakornpong アノーチャ・スイッチャーゴーンポン (タイ)
足の自由を失った青年と彼をケアする介護士の心の交流が、何処までも自由な語りによって、宇宙的スケールで誕生の喜びを高らかに歌い上げる"Mundane History"は奇跡と呼ぶに相応しい作品。そして待望の新作"By the Time It Gets Dark"はタイの歴史を追った複層的な作品となって、彼女の手腕は更に進化を遂げている。

1. Ana Rose Holmer アナ・ローズ・ホルマー (アメリカ)
青春、スポ魂、ホラー、SF……そのどれでもありどれでもない、私たちが居るべき場所を見つけ出す旅路についての物語"The Fits"は奇跡すら越えた何かとして一生私の心に残り続ける作品だ。2010年代を代表する珠玉の一作として映画史に燦然と輝くことだろう。
記事→アナ・ローズ・ホルマー&"The Fits"/世界に、私に、何かが起こり始めている

ということで、このサイト経由以外で知っていた映画監督は何人いたかな?5人以上知っていたあなたは、日本の映画評論家を引き摺り下ろしてあなたが次世代の映画評論家になった方がいいぞ!もしくはあなたが映画関係者だったら、私に仕事を下さい、お願いします。ということで以上"済藤鉄腸オリジナル、2010年代注目の映画監督ベスト100!!!"でした。みんな、夏休みいっぱい映画観ようぜ!!!


ベロベロベロベロベロベロベロベロベロベロベロベロベロベロ……

Juris Kursietis&"Oļeg"/ラトビアから遠く、受難の地で

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東欧の国々は貧困に喘ぐ国が多く、よりよい未来を求めて国外へと移住する若者たちが後を絶たない。バルト三国の一国であるラトビアも今現在そんな現実に直面することとなっている。今回紹介する作品はそんな国外生活を送るラトビア移民の姿を描き出した、Juris Kursietis監督作"Oļeg"を紹介していこう。

オレグ(Valentin Novopolskij)はベルギーのブリュッセルで暮らす不法移民のラトビア人だ。彼は愛する祖母と離れ離れになりながら、精肉工場で働き続けている。だがもちろん市民権は持っておらず、いつ首を切られるかも分からない不安定な状況が続いている。そんな中でオレグは何とか生きていた。

まず今作はオレグという青年が置かれた逼迫した状況を描き出している。貧困と孤独の中で、彼の生活は荒れ果てている。ラトビア移民が住むシェアハウスに住んではいるが、心を開ける友人も存在しない。精肉工場の環境も劣悪で、目の前で凄惨な事故が起こることも有り得る。そんな生活ぶりは確実にオレグの精神を疲弊させていく。

この映画のスタイルはいわゆるダルデンヌ兄弟に代表される社会派リアリズムだ。撮影監督であるBogumil Godfrejowが持つ、激しい揺れを伴ったカメラは、常にオレグの傍らに居続け、彼の一挙手一投足を映し出し続ける。そして彼が生きる空間の狭苦しさ、薄暗さ、そういった空気感までも生々しく切り取っていくのである。私たちはオレグが吸っている淀んだ空気を共に吸うこととなる。

ある日、精肉工場で作業員が指を切断するという事故が起こるのだが、オレグはこの罪を被せられて馘首されてしまう。食い扶持を一瞬にして失ってしまう彼だったが、そこで出会ったのがポーランド移民のアンジェイ(「最後の家族」Dawid Ogrodnik)だった。彼はオレグを雇い、更に住居まで提供する。最初は感謝しきりのオレグだったが、徐々にアンジェイは本性を見せ始める。

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今作にはヨーロッパにおいて移民が直面する現実が存在している。不法移民として生きる人々は何の権利も持たないままで何とか生存しよう必死に行動を続ける。そして表通りの影で密やかに生きることになる。そんな中である者たちは犯罪に走るが、アンジェイはその1人だ。彼は移民労働者斡旋のブローカーとして暗躍しており、移民たちを搾取しながら生きている。監督はこの弱い立場にある者が更に弱い立場にある者を傷つける負の構造を描き出しているのだ。

オレグはそんな彼の獲物として罠にかかってしまった訳であるが、そんな彼の転落劇が悲惨なまでのリアリズムで以て描かれていく。金もない、住居もない、仕事もない、頼れる友人もいない。故に彼は搾取と引き換えに全てを提供してくれるアンジェイに依存する他ない。こうして泥沼に絡め取られる様は正に地獄だ。ここにおいてブリュッセルの地は歴史ある古都ではなく、寒々しき牢獄でしかないのである。

俳優陣では傑出した人物が2人いる。まず1人がアンジェイを演じるDawid Ogrodnikだ。彼はテン年代ポーランド映画において最も才能ある俳優の一人であり、ここでもその演技力を遺憾なく発揮している。彼は脳性麻痺を抱えた青年からから自殺衝動に満ちた若者まで様々な役柄を演じわけるカメレオン俳優だが、ここではいつ爆発するか分からない怒りを抱えたブローカー役を不気味に演じている。

しかしMVPは主人公であるオレグを演じたValentin Novopolskijだろう。異国で過酷な生活をオレグは、その全身に切実な孤独を纏っている。そして如何ともし難い苦境に直面して、様々な感情を燻らせている。そんな難しい人物を、Novopolskijは灰色の肉体性で以て、静かに力強く演じている。この2人が衝突する様には異様な緊張感が宿っている。

劇中において、オレグは"自分の存在は誰にとっても異星人のようなものだ"と、自身の心情を吐露する場面がある。そしてこの言葉は愛する祖母が話してくれた生贄の羊についての昔話と呼応し合い、ラトビア人がめぐる受難の物語が浮かび上がってくるのだ。この"Oļeg"という作品は、そんなラトビアの長く苦しい歴史を背負う青年の姿を描いているのである。

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私の好きな監督・俳優シリーズ
その331 Katharina Mückstein&"L'animale"/オーストリア、恋が花を咲かせる頃
その332 Simona Kostova&"Dreissig"/30歳、求めているものは何?
その333 Ena Sendijarević&"Take Me Somewhere Nice"/私をどこか素敵なところへ連れてって
その334 Miko Revereza&"No Data Plan"/フィリピン、そしてアメリカ
その335 Marius Olteanu&"Monștri"/ルーマニア、この国で生きるということ
その336 Federico Atehortúa Arteaga&"Pirotecnia"/コロンビア、忌まわしき過去の傷
その337 Robert Budina&"A Shelter Among the Clouds"/アルバニア、信仰をめぐる旅路
その338 Anja Kofmel&"Chris the Swiss"/あの日遠い大地で死んだあなた
その339 Gjorce Stavresk&"Secret Ingredient"/マケドニア式ストーナーコメディ登場!
その340 Ísold Uggadóttir&"Andið eðlilega"/アイスランド、彼女たちは共に歩む
その341 Abbas Fahdel&"Yara"/レバノン、時は静かに過ぎていく
その342 Marie Kreutzer&"Der Boden unter den Füßen"/私の足元に広がる秘密
その343 Tonia Mishiali&"Pause"/キプロス、日常の中にある闘争
その344 María Alché&"Familia sumergida"/アルゼンチン、沈みゆく世界に漂う
その345 Marios Piperides&"Smuggling Hendrix"/北キプロスから愛犬を密輸せよ!
その346 César Díaz&"Nuestras madres"/グアテマラ、掘り起こされていく過去
その347 Beatriz Seigner&"Los silencios"/亡霊たちと、戦火を逃れて
その348 Hilal Baydarov&"Xurmalar Yetişən Vaxt"/アゼルバイジャン、永遠と一瞬
その349 Juris Kursietis&"Oļeg"/ラトビアから遠く、受難の地で
その350 [http://razzmatazzrazzledazzle.hatenablog.com/entry/2019/07/23/184540:title=済藤鉄腸オリジナル、2010年代注目の映画監督ベスト100!!!!![2019 Edition]]

Hilal Baydarov&"Xurmalar Yetişən Vaxt"/アゼルバイジャン、永遠と一瞬

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さて、アゼルバイジャンである。旧ソ連の構成国であり、アジアとヨーロッパに跨るコーカサス山脈の傍らに位置している。首都バクーは新たな観光地として話題になり始めている。映画製作においては影の薄いこの国であるが、もちろんこの国独自の映画史は存在しているし、新しい映画史を紡いでいくだろう才能たちも現れ始めている。ということで今回はそんな才能の1人であるHilal Baydarov(ヒラル・バイダロフ)と彼の長編作品"Xurmalar Yetişən Vaxt"を紹介していこう。

物語はまずある中年女性の姿を映しだしていく。朽ち果てていこうとする白い壁、その前に腰を据えている中年女性。彼女は笑顔を浮かべることはなく、渋い表情を浮かべたままでいる。その周りには古びた写真の数々が飾られており、彼女の背後にある歴史を語っている。彼女は何者なのか、彼女は何をしている人物なのか。そういった問いが静かに現れては消えていく。

今作はそんな女性の平凡な日常の素描で構成されている。例えば椅子に座っている姿、食事をしている姿、家の近くにある森を散策する姿、そういった光景が浮かんでは消えていく。それらは断片的な物であり、繋がりと形容できるものはほとんど存在していない。観客はそういった細切れの日常を目撃することになるだろう。

そして1人の日常は村そのものの日常へと拡張されていく。夕日の橙が空を満たす頃、子供たちが野原に集まり空に向かって石を投げ続ける。そして主婦たちは部屋に集まり、お喋りをしながら柿の皮むきをする。羊飼いは羊の群れを引き連れて、村の中を大移動する。監督自身が持つカメラは彼らに対して静かに寄り添っていく。それ故に、そこには微笑ましい空気感が満ちている。

そして更に印象的なのは、このアゼルバイジャンの村を取り囲む自然の豊かさだ。おそらく冬に直面しているこの地において、木々は緑を失いながらも、太い幹を勇大なまでに天へと伸ばしている。その下では、清冽な水が音を立てながら大地を流れている。もっと広い目で見ると、それらを抱く山々には濃厚な霧がかかり、神々しい雰囲気を湛えている。それらを観る度、私たちは息を呑まざるを得ないだろう。

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そんな中で村の光景とは異なるものも現れることともなる。私たちは1人の男性が列車に乗る姿を目撃することになるだろう。寝台列車の席に寝転がりながら天井を眺め、彼は思索に耽っている。この描写に呼応するように、村では中年女性が線路の傍らに立って列車を待ち続ける姿が描き出されていく。映画はその関係性がどういったものかを説明しない。ただただ静かに見据えるだけなのである。だがある時、私たちは悟るだろう。彼は女性の息子なのだと。彼女たちは再会を喜び合う。

そして二人はあの朽ち果てる最中にある白い壁の前で、様々な事柄について対話を始める。例えば愛について、自殺について。そういった簡単には答えのでないだろう抽象的ながら重要な事柄について、彼らは言葉を重ね続けるのだ。その様は親密ながら、時には意見を衝突させ、緊張感が生まれることともなる。その複雑微妙な対話を、監督は静かに描き出すこととなる。

こうして日常の風景や勇大な自然の数々、親子の間での親密な対話。こういったものが積み重なることによって、今作は紡ぎだされていく。ここにおいてアゼルバイジャンという国を描き出すといった、大それた意志は存在していない。本当にただただ日常と言えるものだけを淡々と描き出しているのである。

だがその筆致は、アゼルバイジャンの寒々しい風景とは裏腹に胸を揺さぶられるほどに優しいものだ。そんな監督の類稀な手捌きによって、時の流れの中に位置する日常がいかに切実で美しいか描かれることによって、今作には一瞬の遥かさと永遠の儚さというものが宿ることとなっているのだ。

"Xurmalar Yetişən Vaxt"アゼルバイジャンという国に広がる日常を通じて、人生が湛えている普遍的な美しさを描き出した作品だ。私たちの人生には何も際立ったものは無いように思えるかもしれない。だがその傍らに存在している日常こそが、正に美そのものであるということを今作は教えてくれる。

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私の好きな監督・俳優シリーズ
その331 Katharina Mückstein&"L'animale"/オーストリア、恋が花を咲かせる頃
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その337 Robert Budina&"A Shelter Among the Clouds"/アルバニア、信仰をめぐる旅路
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その339 Gjorce Stavresk&"Secret Ingredient"/マケドニア式ストーナーコメディ登場!
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Alex Ross Perry&"Her Smell"/お前ら、アタシの叫びを聞け!

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カリスマ性のあるロック歌手というのは、当然というべきか映画の題材になることが多い。最近でもQueenフレディ・マーキュリーを描き出した伝記映画ボヘミアン・ラプソディーが話題になったことは記憶に新しいだろう。しかしニューヨーク・インディー映画界の最前線に位置する作家Alex Ross Perry アレックス・ロス・ペリーの新作“Her Smell”ほど、観客にインパクトを与える作品は存在しているだろうか?

ボーカリストベッキー・サムシング(「犬と私とダンナのカンケイ」エリザベス・モス)率いるロックバンドSomething Sheはそのカリスマ性で以て一世を風靡することとなった。しかしそれも今は昔、ベッキーの創作意欲は枯渇し、バンドは危機的状況に陥っていた。それでもライブを開けば客は殺到しながらも、その裏側では目も当てられない醜態が繰り広げられていた。

という訳で、まず本作は舞台裏で繰り広げられる人間ドラマを描き出していく。ベッキーは常時ハイになった状態で場を掻き回し続けるのに対し、バンドメンバーであるマリエルとアリ(ゲイル・ランキン&アギネス・ディーン)は呆れ気味だ。しかもこの日は元夫である歌手のダニー(「靴職人と魔法のミシン」ダン・スティーヴンス)が娘であるタマの他に、恋人のティファニー(“The Mountain” ハンナ・グロス)まで連れてくるのでベッキーは憤激、御付きのブードゥー魔術師とティファニーへ呪いをかける用意を始め、事態は更に悪化の一途を辿っていく。

今作の撮影監督ショーン・プライス・ウィリアムスはそんな狂態を異様な熱気と共に描き出していく。画面の切り取り方は閉所恐怖症的で空間が圧縮されたような感触を覚えさせるが、そうして映し出される狭苦しい楽屋には様々な登場人物が入れ替わり立ち替わり現れては消えていく。このフレーム・アウト/インの忙しない反復は、その場に漂う熱気を更に濃密なものにしていく。そして照明の鮮血さながらの赤も相まって、この空間は伏魔殿のような悪魔的雰囲気をも獲得していくのだ。

監督であるロス・ペリーとウィリアムスはほぼ全ての作品で協同している盟友だが、彼らは作品ごとに新たな映像言語を開発していく。例えば第2長編“The Color Wheel”はフィルムの質感が濃厚なモノクローム撮影で以て、ウディ・アレン作品のような洒落た雰囲気を醸し出す試みを行っている。第4長編Queen of Earth”ではクロースアップを多用することでイングマール・ベルイマンを彷彿とさせる聖性を画面に宿している。今作においては、例えばポール・トーマス・アンダーソンブギーナイツなどを想起させる長回しを主体として、途切れない時間の流れの中に、空間に満ちる異様な熱気を生々しく刻み込んでいると言えるだろう。

そんな狂態を繰り返すベッキーだったが、今後もキャリアを続けるには新作アルバムを完成させる必要があった。しかし酒やヤクで脳髄がボロボロのベッキーにそんな力は残っていない。それでも場を掻き回す不機嫌さだけは健在であり、それが元でマリエルやアリは呆れ果て、姿を消してしまう。とそこに現れたのが、キャシー(「チューリップ・フィーバー 肖像画に秘めた愛」カーラ・デルヴィーニュ)率いる新人バンドThe Akergirlだった。自分のファンであるという彼女たちを巻き込んで、ベッキーは新作を完成させようとするのだが……

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今作の核となる存在は愛すべき暗黒パンクビッチであるベッキーを演じるエリザベス・モスに他ならない。モスは主にテレビ界で数々の名声を獲得してきた。ザ・ホワイトハウスに始まり「マッド・メン」「トップ・オブ・レイク」ときて、最近では「ハンドメイズ・テイル」で主演を演じ、エミー賞を獲得するなどの名誉にも浴してきた。映画界では割合インディー方面の印象的な脇役として出演することが多かったが、そんなキャリアを一新させたのがロス・ペリーとの出会いだった。第3長編“Listen Up, Phillip”では主人公の恋人役を演じた後、続くQueen of Earth”で主役に抜擢、無二の親友との愛憎劇を通じて凄まじい圧の演技力を見せた。そこでの密接な関係が最新作である“Her Smell”に繋がったと言ってもいい。

そんなモスだが、今作では自分のことのみを考えるエゴの塊のような存在の彼女を、神憑り的な迫力で以て演じ続け、熱い血をブチ撒け続ける。誰彼構わず崇高なまでに独創的な罵詈雑言を吐き散らかす様は、まるでシェイクスピア劇でも見ているかのような錯覚に襲われる。パンクとは何か分からない人でも、モスによる一挙手一投足を目撃したなら、その概念の何たるかを言葉ではなく心で理解することができるだろう。

さて、今作の舞台となるのは90年代であるが、この時代に隆盛を誇っていた音楽的潮流といえばRiot Grrrlムーブメントをおいて他にはないだろう。この流行は男性中心主義的な音楽界に対して中指を突き立てるように、女性たちが主体となって作られた画期的なものだ。例えば代表的なバンドにはBikini KillSleater Kinneyなどがいるが、彼女たちは自分たちの叫びを聞け!とばかりに、轟音を響かせて自己を解放するような音楽を奏でていた。それは徹頭徹尾“私”の音だった。

この文化を背景として、ロス・ペリーは“私”を極私的エゴへと接続していく。“私”を解放することに否応なく付きまとう暗部、それは“私”が周りの全てを欲望のままに破壊する暗黒物質へと変容してしまうことだ。監督は正にそんなアメリカの片隅で旋風を巻き起こすエゴを描き続けてきた訳であるが、今作においてはRiot Grrrlというアメリカの歴史が複雑に編み込まれることによって、今までの集大成的な作品が爆誕することと相成っている。

だが、そんな今までの要素だけではない進歩すらもここには見られる。アメリカのエゴを体現する堂々たるクズたちに対して、今まではどこか突き放すような視線を監督は向けていた。彼は解剖学者のような冷徹さでクズたちの生態を観察し続けていたのだ。負け犬クズの究極の傷の舐めあいが結末であった“The Color Wheel”も、それを描く上での淡々たるな長回しは同情というよりも距離を取った観察という触感を感じさせるものだった。

しかし彼にとっては異色作であった第5長編“Golden Exit” aka「君がいた日々」(どう異色であったかはこの記事を参照)を経て、今作にはどこか暖かな優しさが宿っているのである。ロス・ペリーはここにおいてベッキー・サムシングという超弩級のクズに、辛辣ながらも深い優しさを捧げているのである。そしてその優しさは思わぬところへと終着を遂げる。それは愛にも憎しみにも似た女性たちの絆だ。ベッキーの周りにいる女性たち、例えばかけがえのないSomething Sheのバンドメンバーたち、自分に尊敬の念を向けるThe Akergirlsのメンバー。みなは何度もベッキーのクズさに呆れ果て背を向けながら、最後には彼女の元に戻ってくる。ロス・ペリーは6作中4作が女性主人公であり、女性の描き方の濃密さには定評があるが、それがここでは優しさへと、女性たちの複雑な連帯へと結実しているのである。それが描かれるラストは今までにない感動があるのだ。

“Her Smell”はロックが生来的に宿すだろう破壊衝動と、思いがけない女性たちの優しさのせめぎあいを描き出した強烈な音楽映画だ。今作はロス・ペリーにとっての集大成であり、彼のフィルモグラフィは喜ばしい一区切りを迎えたといっていい。それでいて今作に宿った新たな感覚は、彼が新境地を切り開いたことを高らかに語っている。次は一体どんな作品を作るのか。次回作がこんなにも楽しみな映画作家はいない。

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