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映画痴れ者/ライター済藤鉄腸のブログ。日本では全く観ることができない未公開映画について書いてます。お仕事の依頼は 0910gregarious@gmail.com へ

David Pérez Sañudo&"Ane"/バスク、激動の歴史と母娘の運命

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2018年にバスク自由と祖国(ETA)が解散宣言を行ったことは記憶に新しい。しかしそれがバスク紛争の終りを告げたかと言えばそうではないし、人々の心には未だ過去が憑りついている。それはバスクの芸術家たちがこの長きに渡る紛争の時代を描き続けていることからも明らかだろう。今回紹介するのはそんな激動のバスク現代史をある親子の視点から描きだす作品、 David Pérez Sañudo監督の長編デビュー作"Ane"だ。

舞台は2009年、リデ(Patricia López Arnaiz)は夜の駅を見回る警備員として働きながら、娘のアネ(Jone Laspiur)を育てる日々を送っていた。バスク独立の機運が高まり、デモ活動が激しくなる頃、夜勤から帰ってきたリデは家にアネが居ないことに気づく。最初は気にしていなかったが不在の時間が長くなるにつれ、リデの心に不安が巣食いだす。そしてそれが限界に達した頃、彼女はアネを探し始める。

そしてこの娘探しの過程で、リデはアネの隠された側面を知ることになる。アネは学校で問題を起こすに留まらず、同級生からお金を借りていたというのだ。さらに今は離れて暮らす夫のフェルナンドに、アネは自身が政治活動を行う団体に入ったことを話していたのに、リデには秘密にしていたことを知ることになる。リデは心配と同時に、アネへの不信を深めていく。

今作はスリラー映画として理想的な小気味良さとともに展開していく。リデたちはあらゆる場所で口論を繰り広げ、それ故に大量に流れていく言葉の数々は激流さながら私たちの鼓膜へ衝突していく。これを軽快に捌いていくのがLluís Muruaによる編集だ。彼はその手腕で物語をタイトなものにしていき、私たちをスリリングな捜索譚の核へと誘っていくのだ。

更に明らかになるのは、アネの所属する政治組織が予想以上に過激なものであるかもしれないことだった。彼女はこの団体で破壊活動を行っている可能性があるのだ。その裏側には彼女を組織に引きこんだ恋人の存在があるという。そんな真相を探求するうち、アネは歴史の闇へと足を踏み入れることになる。ここにおいてSañudo監督とMarina Parésによる脚本で頗る巧みなのは、バスクの不安定な情勢が1人の少女の隠された人生に密接に絡みあう点だ。ミクロとマクロが交錯することで、スリルは増幅していくのだ。

が、予想に反してアネはリデの元へと帰ってくることになる。リデはそれに安堵する一方で、アネは失踪していた理由を曖昧な言葉で濁そうとする。そして実際にはここからこそが物語の本領であると言えるだろう。私たちが目撃するのは親世代と子世代の価値観がいかに断絶を果たしているかということだ。母は娘を心配しながらその節々に親としての傲慢を露にし、娘をそれを忌避して無鉄砲なまでに混沌へと飛びこんでいく。ここにある互いの理解し難さは酷く痛切なものでありうる。

これを支えるのがリデとアネという母娘を演じるPatricia López ArnáizJone Laspiurの存在感だ。再会の後、彼女たちの視線は重なりあうかと思えば、冷ややかに離れていく。そして無理解が互いの心を傷つける時、2人の唇からは激しい言葉の数々が放たれることになる。監督はこの母と娘の熾烈な激突を、バスク現代史の熾烈さに重ねていき、物語は思わぬ展開を迎える。

"Ane"において、激動のバスク現代史は1人の少女の、1人の女性の、1つの親子の人生に重なっていく。その様は正に"The personal is political"の精神の極みであり、歴史と個人が巧みに重なり生まれる力強さに心打たれる。この運命こそが、今の私たちが目撃すべきものなのだ。

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