鉄腸野郎Z-SQUAD!!!!!

映画痴れ者/ライター済藤鉄腸のブログ。日本では全く観ることができない未公開映画について書いてます。お仕事の依頼は 0910gregarious@gmail.com へ

Hannah Marks&“Mark, Mary & Some Other People”/ノン・モノガミーについて考える

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性指向にしろ性自認にしろ、性というものが多様になってきている。いや、多様な性を持つ人々というのは以前から存在していたに決まっているが、彼らが“私たちはここにいる!”と叫んできた行動の数々がとうとう実を結んで、多様性が可視化されてきたという方が正しいだろう。その中で、では例えば異性愛だとか男性/女性のバイナリー的価値観、1対1の関係を示すモノガミーなど、そういったマジョリティ的な概念を持つ人々は一体どこへ向かうのだろう、どこへ向かえばいいのだろうか? Hannah Marks ハンナ・マークス“Mark, Mary & Some Other People”はその答えをもたらしてはくれない。だがマジョリティが進んでいくべきなのかもしれない道をいかに模索していけばいいのか? これを考える、考え続ける勇気をくれるのではないか……とか思ってたんですけど、このレビューを書き進めているうちに、ちょっと疑問を持ち始めてきたというか、いや取り敢えず読んでほしい。文章がどんどん揺らいでいくのが分かるはずだ。

今作の主人公はメアリーとマーク(Hayley Law へイリー・ロウ&Ben Rosenfield ベン・ローゼンフィールド)という男女である。彼らは幼馴染みであったのだが、偶然の再会を果たす。旧交を暖める、なんてレベルを速攻で突き抜けて、2人の関係性はあれよあれよと発展、あっという間に恋人同士になる。だが蜜月も束の間に、メアリーはマークに驚きの提案をする、“ちょっとオープン・リレーションシップ試してみない?”と。

今作はこうした現代的なスピード感を伴いながら突っ走っていくロマンティック・コメディであり、まず最初にテーマとなるのがこのオープン・リレーションシップだ。詳しくはまあググってほしいが、恋人が他の人物と恋愛関係やそれに準ずる親密な関係をもつことを受け入れる、そんな関係性のことだ。先述したモノガミー、その逆のノン・モノガミー的な関係の1つという訳である。メアリーたちは自分たちの愛を見つめ直すため、割と軽薄な形でこれに打ってでて、恋愛にセックスにと楽しむのであるが、行き当たりばったりゆえ早々に行き詰まりを見せて、この開かれた関係を真剣に見据えざるを得なくなる。

さて、このオープン・リレーションシップ、映画に限らず物語芸術においては便利な道具として扱われがちだろう。軽薄、非人間的、嫉妬の後に瓦解といった風に、ほとんどがネガティヴな形で終わり、これを乗り越えた先に真のモノガミー的な愛が……みたいな風だ。何にしろ物語芸術で描かれるこの関係性は実体が感じられない思考実験のようで、想像力不足ゆえの地に足ついてなさばかりが際立つ。

だが今作におけるこの関係性の描かれ方はまた異なるものだ。最初こそかなり軽薄な意図からメアリーたちはこれを実践する訳だが、徐々にその切実さは増していく。私自身モノガミーなので偉そうなことは書けないし、調べてはいるが未だ無知なことには変わりないので、このレビュー内で“いや、それは違うだろ”という記述があればぜひ指摘してほしいが、私としては、今作におけるオープン・リレーションシップはまず他人の性に誠実であるための姿勢というのが印象に残った。そしてこれは自分の性に誠実であることにも繋がっていき、そういった性における七転八起の真摯さの象徴として際立つのである。これがまた良いと思った訳だ。だがこれはいちモノガミー者の意見というのは強調しても、しすぎることはないだろう。当事者から見れば、自分たちの関係性を芸術として搾取してんじゃねーよという意見が出るかもしれない。今も、この映画はノン・モノガミーに対して搾取的だったか否かを現在進行形で考えながら、このレビューを書き進めている。

で、1回、多様性とマジョリティの話に戻っていきたい。私が思うに不平等をなくす、世界を変える、そういったことを成すためには、マイノリティでなく、まずマジョリティ側が変わる必要がある。そして、そこにおいて芸術家は何ができるか。多様性に学び、自身の無徴性を相対化によって有徴性に押し上げながら、マジョリティであることの意味を内省する作品を作ることだと私は考えた訳である。

2020年、感銘を受けた作品に「クワイエット・プレイス 破られた沈黙」がある。アメリカの白人健常者男性が真摯な加害者意識を以て、この世界で善くあらんとする様を描く白人映画、健常者映画だと私は思ったんだった。その文脈で今作は、今の時代を異性愛者として自分たちはどう生きるか?をめぐる映画だと、今作は多様性に学びながら自分たちの明日を探す、正にヘテロ映画というべき1作だと思えた次第なのだ。

がそのために、実際にノン・モノガミーの人々がこの映画を観て搾取されていると思ったら意味がないだろう。いや、Twitterには “アメリカン・コメディの2020年代が始まった!”なんていってはしゃいでいたが(しかもポリアモリーって書いてるが明らかにこの関係性はオープン・リレーションシップだ)もしかすると所詮モノガミーの悪ふざけ的反応かもしれないとも思えてきた。今そのラストを振り返ると、正直初見ではその切なさに大分感動したのだが割と“軽薄、非人間的、嫉妬の後に瓦解といった風に、ほとんどがネガティヴな形で終わり、これを乗り越えた先に真のモノガミー的な愛が……”って正にそれでは?とすら思えてきた。オープン・リレーションシップが主人公の成長のダシに使われたみたいな。いやあどうなのか、考えても答えがでない。

何にしろこれに関してはとにかく学んで、考えを深めていく義務がマジョリティの私にはあるだろう。ということで、そこに至るまでの思考の流れをここに残しておこうと思う。

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