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映画痴れ者/ライター済藤鉄腸のブログ。日本では全く観ることができない未公開映画について書いてます。お仕事の依頼は 0910gregarious@gmail.com へ

Jo Sol&"Armugan"/私の肉体が、物語を紡ぐ

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最近、LGBTQである人々や発達障害を持つ人々が、それを公にしたうえで俳優として活躍する機会が少しずつ多くなってきている。だが一方で身体に障害を持つ人々、例えば車椅子ユーザーや脳性マヒ患者など、その当事者が俳優として活躍している例は余りに少ない。精神以上に身体に差異がある人々を、マジョリティがどう扱っていいか分からない、そしてそういった人々の声を映画に取り入れる勇気を持つ映画監督がいない、これはその証左なのかもしれない。そんな中で身体障害者たちとともに歩み、その声を聞くことで映画を作る芸術家も確かに存在する。今回紹介するのはそんな芸術家の1人である、スペイン出身の映画監督Jo Solによる第4長編"Armugan"だ。

今作の主人公はアルムガン(Íñigo Martínez)という中年男性だ。彼は身体に障害を抱えながらも、山奥で静かで平和な暮らしを送っている。まず"Armugan"はそんな彼の日常生活を映しだしていく。朝早く起床し、食事を行った後には、家の外で育てている羊たちと戯れながら時間を過ごす。その光景には心洗われるような牧歌性が宿っているのだ。

しかしある理由で麓の人々から助けを請われた時、彼は友人であるアンヘル(Gonzalo Cunill)のサポートで山を下りていく。アルムガンが行うのは病に苦しむ人々に安らぎを齎すことだ。ある意味で安楽死のように見えるが、彼自身はそれ以上の神秘的な力により人々を苦しみから解放し、死へと誘う行為だと自覚している。そして1人の生の終りを見届けた後、アルムガンはアンヘルの背中に乗り、自身の住まいへと帰っていく。

こうしてアルムガンの日常の合間には、彼が行う儀式を描く場面が挿入される訳だが、ここで重要視されるのは身体的感覚だ。最も印象的な場面は、アルムガンが病の者の足の裏をマッサージする場面だ。彼は小さな指を足の固い皮膚に押し当てて、優しく解きほぐそうとする。この風景が親密さを以て描かれるのだ。その時、私たちは自身の足の裏に彼の指の感触を味わうかもしれない。

そしてこの親密な眼差しはアルムガン自身の身体へも注がれる。彼は障害ゆえに着替えにすらもかなりの困難を伴う。そんな彼の着替えをカメラが見据えるといった瞬間が何度か存在する。大きな労力を割きながら、彼はズボンを何とか腰へと引きあげていく。この困難にアルムガンは毎日直面するのだ。白黒映像も相まって、その視線は最初冷えたもののように思われる。だが奥には大切な人が日々に苦闘する姿を見つめる友人のような、温もりある親愛があることにも気づくだろう。

Jo Solは2000年代から長編を製作し始めた人物であるが、ブレイクを果たしたのは2016年に制作した第3長編"Vivir y otras ficciones"からだ。ここで監督は様々な障害を持つ人々を俳優として起用し、新たな映画言語を探求していた。ここではその試みが深化している訳である。ただ無関心に生きていては、私たち健常者は身体障害者がいかに身体を動かし生きているかについて知ることはできない。この知られざる彼らの身体性をSol監督はレンズに真摯に焼きつけていくことで、映画に新たな、鮮やかなる意味を宿そうと試みているのだ。

さらにSol監督はこの親密さをアルムガンとアンケルという男性同士の関係性にも適用する。彼らは互いを労わり、特にアンケルは無私の献身を以てアルムガンに寄り添うように見える。男性同士が互いの精神と肉体をケアし、柔らかな絆を紡ぎだすという光景を描きだした作品はそう多くない。だがいわゆる有害な男性性が1つの明確なテーマとして描かれ始めたテン年代、その応答として男性同士のケアを描く作品も増えてきたように思える。この"Armugan"は正にその系譜に位置する作品だ。

それを象徴する場面がある。アルムガンとアンケルがその剥き出しになった肉体を川の冷水に沈みこませ、互いに抱きあうのだ。彼らはまるで互いが信頼できる唯一の相手とでもいう風に、切実な表情を浮かべて無言で抱擁を続ける。この静謐は男性たちに互いを労わることの意味を強く問いかけるものだ。

しかし彼らの関係性にも危機が訪れることになる。実はアンケルはアルムガンの持つ神秘的な力に魅了され、自分でもその力を身につけようと試みていた。そんな中でオクタビア(Núria Prims)という女性が自分の息子を楽にして欲しいとアルムガンの許へやってくる。しかし子供に力を使うことに抵抗感を抱く彼は依頼を断るが、アンケルは自身の力を使って欲しいとオクタビアに接触を図る。

このアンケルの裏切りとも言える行為によって、アルムガンは打ちひしがれ、孤独な精神世界へと埋没していく。ここで監督はその親密な視線を彼の肉体から、精神へと向けることとなる。映像はリアリズムから詩的断片性を湛えはじめ、彼の網膜に映る映像と心に去来する映像が交わり、そこにはアルムガンの思索的な言葉が重なる。死と生を語るうえで、肉体と精神そのどちらかを欠くことはできないのだ。ここでSol監督はこの瞬くような霊的映像詩を紡ぐことによって、観客をそれぞれの洞察へ導くのだ。"Armugan"はこうして身体と精神の関係性を通じて、死と生を描きだそうとする。その様に障害者の声をめぐる新たな映画言語が織りこまれ、観客を新たな世界へ導くのだ。

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